最終話 ミーアの一歩め
最終回です。この回だけ少し長めになります。
屋根の穴を塞ぐのが先か、突入が先か。
当然、防御に当たっていたダン達も、阻止しに駆けつけている。
彼らが集団で当たったら、多分勝ち目がなくなる。そう思った私は、水色の龍を使って、彼らの行く手を邪魔することにした。
水色の龍は、突入チームやその他メンバーに、敵が手を出せないよう、女子用トイレットと書いた壁を立てた。ピンクの花柄の壁紙に、男子禁制と赤で書いてある。
必死で走ってきた男たちは、ピンクの壁の迷路に迷い込んでいく。魔法の壁は、ジャンプしても、その高さまで伸びて、ショートカットを許さない。
この戦いの様子は、いつの間にか拡大映像で、何箇所かで放映されている。ニマニマして見ている女性達と、迷路を教えたい男たちで、ここでも場外乱闘が起こり始めていた。
男たちの何人かが、バーナードの人数が女学院の3分の1に満たないのに文句をつけ始めた。こんなに人数の差があっては卑怯だ、という抗議の声が高くなっていっている。
現に、屋根の大穴の修復に必要な魔力が集められず、まだ穴がふさがっていない。
女学院は例年の2倍以上の人数をまとめ上げて、襲い掛かっているのだ。完璧に作戦勝ち。やはり、総司令官はやり手なのだ。
陸軍大将が、夜空に浮かんでいる剣と盾の真ん中に、白い書面を打ち上げた。そこには大きく文字が書かれている。
「バーナード学院の増員を認めてください」
そんなの有りなの? と驚いた。白い書面は白旗の様に見える。
少ししてから、赤と青のラインで囲まれた書面が打ち上げられた。
『五十人までの増員を許す』
ワッと声が上がり、男達が、我勝ちに屋敷に駆け寄っていく。
もう一つ、金色のリボンが打ち上がった。
『王配も参加するからね』
エーッと驚いていると、青い虎が水色龍に飛びかかってきた。首にかぶり付かれ、ヒョイッと持ち上げられてしまった。
迷路はフルオープンになり、迷っていた者も、新たに参加した者も、屋敷に向かってまっすぐに走っていく。
私は龍を縄に変え、虎をぐるぐる巻きにし、ヒュッと回した。虎は駒のようにくるくる回り、そのまま夜空に消えていった。
やれやれ、あれは多分ネイトね。私の水色龍は、魔力量が多く込められていて、強いし重い。そう簡単にヒョイと、どけられるものではないのだ。
やはりネイトは強い。
さて突入班は、と見回したら、上空に拡大映像が幾つも広がっていた。走る人や、屋敷の外でバリアを張って防いでいる人、戦っている人が映されている。
声援もすごく大きくなっている。
屋根の穴は、すでに塞がっていた。協力に駆けつけた男たちが塞いだようだ。
しかし屋根の上での戦いは、かなり激しさを増していっている。大画面で放映されていて、風や水しぶきは襲いかかってきそうな迫力で、のけぞってしまう。
何組かがやり合っていて、混戦状態だが、中でも見ごたえがあるのが、両方のリーダー同士の戦いだった。説明会で肖像画を見せてもらった陸軍大将は、がっしりとした大柄な黒髪の男性だ。司祭長様とは互角の力量のようだ。彼が放つ洪水のような水を、司祭長様は竜巻ではじき返している。他の戦いとは一線を画した規模と迫力だ。
大勢の観客やチームメンバーが、彼らの戦いに見入っている内、力の限界が来たのか、水と風が弱くなり、二人の距離が近付き始めた。
そこにネイトの虎が現れ、二人をまとめて屋根から吹き飛ばした。二人は手を伸ばし合い、互いの体を庇うようにして飛ばされて行く。
何とか無事に着地した二人に、ネイトの虎が近寄り、何事かを言ってから消えた。二人は見つめ合っている。そこで映像が消えてしまった。
周囲からブーイングが出まくった後、映像が復活した。
『今回の襲撃戦は、リーダー間の和解で引き分け』
でかでかとコメントが表示され、二人の幸せそうな様子が映し出された。
私はチームリーダーの撤収の合図で、女学院の屋敷に戻った。
総司令官と同年代の先輩が、あの二人は前回の時にケンカして、そのまま意地を張り続けていたのよ、王配殿下は二人の友達なの、と教えてくれた。
その話に、キャーという歓声が沸き起こり、女学院の屋敷はお祝いムードに変わった。
打ち上げのために用意した飲み物やお菓子を出して、お祝いの準備をしていると、バーナードの男達が、一緒に祝わないか、と言ってやって来た。
それで、女学院の屋敷で二人の仲直り兼、両軍の健闘をたたえ合うパーティーが開かれ、それは一晩中続いた。
その楽しいパーティーの途中、ダンは私に最終試合での勝利を誓った。
「明日は、俺の四年間の成果をミーアに見てもらいたい。楽しみにしていて」
勝負は時の運もあるし、と思いつつ答えた。
「勝ってくれたらうれしいわ」
じゃあ誓いのキスと言って、またもや唇を盗まれてしまった。
翌朝、目覚めた私が朝食室に出掛けると、そこには見知らぬ女性と子供が同席していた。オレンジ色っぽい茶髪で、明るい目をした、かわいらしい印象の女性だ。年齢は30歳前後だろうか。
子供は8歳位に見える。クリンとした大きな目が印象的な、かわいい男の子で、はにかんだように微笑んだ。
お父様とバーバラは、にこやかに女性と話をしている。
「おはようございます」
とりあえずの挨拶をして紹介を待った。
「ミーア、紹介するよ。こちらはベクター夫人とご子息のモーリス君だ」
「初めまして。長女のミーア・ノーザンと申します」
すると驚くべき言葉が続いた。
「私達は結婚することになったんだ。祝福してもらえるかな?」
のけぞりそうな気分だったが、何とか堪えた。バーバラを見ると、彼女はウインクした。この話を受け入れている様子だ。しかし、昨日までは、そんな話は出ていなかったのに?
「昨夜の観戦の時に知り合ったのだけど、一目で、彼女に心を奪われてしまった。それは、ありがたい事に彼女もだった。それからずっと話をして、そしてこうなったんだ」
お父様が若返って見えた。お父様は37歳で、まだ若いのだ。寂しいような、悲しいような気分になったが、それを押しのけて、次第にうれしさが勝って行った。
私達が嫁いで行った後、お父様が一人にならないで済む。それに弟まで出来るのだ。それはとっても嬉しい。お兄様代わりやお姉様代わりはいても、弟はいない。
「うれしいわ。おめでとうございます。お父様、ベクター夫人。それと、ようこそ弟のモーリス君」
にぎやかに朝食を始めた頃、パーシーとビリーが挨拶にやって来た。試合の準備で会場に向かう前に、私達に会いたかったそうで、わざわざ来てくれたのだ。
パーシーは、もし勝っても、途中で辞退する予定だと打ち明けた。
そして二人揃って、お父様の結婚を、盛大に喜んでくれた。二人共、弟がいないので、新しい弟に、私と同じように目を輝かせている。
「ありがとう。こんな光景を、8年前の私は、思いもしていなかった。あの頃の私はたった一人だったのだよ。妻を亡くし、毎日一人でバーバラを探し回っていた。こんな風にずっと過ごしていくのだと、あきらめていた」
そう話すお父様は、少し涙ぐんでいる。パーシーとビリーが肩に手をかけて、うんうん、と頷いている。お父様から、そのころの辛い話も聞いているのだろう。
「それがミーアが来てくれてから変わって行った。ミーアの兄代わりのパーシーとビリーが加わり、バーバラが戻り、姉の美しいリンスに婚約者の頼もしいニコラ、嫌だけどミーアの婚約者になりそうなダン……やっぱり嫌だ」
お父様、ダンだけ扱いがひどいです。私は心の中で小さくつぶやいた。
「そして今度は妻と息子までが僕の元にやって来た。この幸せは夢じゃなかろうかと、怖くなるよ」
私はお父様を抱きしめた。
「この先、パーシーとビリーの結婚相手や、リンスの子供も加わるかもしれないし、バーバラの結婚相手も現れるでしょう。もっともっと増えていくのですよ」
お父様が、バーバラの結婚の所で、びくっと反応したのは無視しよう。
ノーザン伯爵家にとって、この朝は、とても幸せで、特別な記念日になった。
最終日の試合は、正午から始まった。この日の戦いには剣を使い、補助戦力として、魔法を使う事が許されている。
まず5試合が行われ、勝者5人が残った。この5人に、パーシーとビリー、ダンとソロモンが残っている。私が思っていたよりずっと、彼らは強かったようだ。
この後、くじで一人が不戦勝、残り四人が戦うのだが、パーシーがリタイアを宣言した。
このレベルの者達と本気で戦うのは、音楽家として危険だと判断した。その彼のスピーチに、初日の公演でファンになった人々が、惜しみない拍手で答え、パーシーは華やかに退場していった。
次の試合の組合わせが決まった。ダンと、アーサーという男、ビリーとソロモン。
ここからはひと試合ずつになる。ダンの組が先になった。
私はもしダンが負けて、アーサーが最終勝者になったら、と考えてみた。もし断ることが出来なくて、アーサーと婚約することになったら、そう考えてみただけで、全身の毛が逆立ってしまった。ダンでなければ嫌なのだ。それを初めて自覚した。
ダンとアーサーはどちらも良い腕で、観客は喜んで見ていたが、私は気が気ではなかった。
その内に、剣で弾き飛ばされたアーサーが、私達の観覧席に向かって飛ばされてきた。魔法で逆噴射して勢いを抑え、一旦猫になり、くるくると回って私達の前で人間に戻った。
しかし焦っていたのか、人間に戻った姿は素っ裸だった。
キャーとバーバラが叫び、顔を手で隠したが、その指が全開なのを、私は見逃さなかった。
ぎょっとして固まったアーサーを、私は思いっきり叩いて競技場に送り返した。
審判は彼に、服装規制の違反で失格、と宣言した。
すぐ後にアーサーが謝罪に訪れたが、なぜかバーバラは彼が気に入ったようで、愛想よく応対し、デートの約束なんかもしている。その様子を、お父様が不安そうに見ていた。
私はバーバラを隅にひっぱって行って、聞いてみた。
「アーサーが気に入ったの?」
「あのびっくりした顔と、飛ばされて行くときの呆然とした顔が、なんだか、かわいくて。それに白と黒の縞模様の猫って好みなの」
バーバラも貴族猫と縁を結ぶのだろうか。目をパチクリさせていたら、バーバラがこそっと耳打ちした。
「私は人間と結婚するつもりでいるわよ。私の理想はお父様だし、孫を見せてあげたいもの。お父様みたいな人間の男性を探すわ。でも、お友達はたくさん欲しいものね」
さすが、バーバラだ。この妹には勝てない。
ビリーとソロモンの試合は、ビリーの勝利で終わり、ソロモンはがっくりして戻って来た。
「ソロモン、頑張ったわね。偉いわ」
私が慰めつつ褒めると、ソロモンはすぐに機嫌を直してくれた。
バーバラが、相変わらずママだわ、と言っていたが、無視することにした。ソロモンを前にすると、どうしてもそうなってしまうのだ。
最後のダンとビリーの戦いは、すごい接戦だった。私はビリーの剣の腕を知らなかった。この試合で知ったことがたくさんある。今までの付き合いで見たことのなかった面を、いくつも知ることになった。
考えてみれば、私との連絡役を仰せつかったのも、二人が特別に優秀だったからだろう。やっぱり自慢のお兄様たちなのだ。
そう思ったら、なんだか落ち着いて二人の戦いを見ることが出来るようになった。
私も楽しんで観戦し、応援した。
試合はダンの勝利に終わった。
ダンは約束通り、私のために勝ち残った。
女王のスピーチが始まり、王女の紹介が始まると、今までと違い、二人の王女が観衆の前に進み出た。
「捨てられ猫姫が、神の采配で貴族猫として戻り、王女としてここに立つことになった。捨てられ猫姫だったミーアが女王への道を歩む。今ここで、皆にその姿を披露する」
そう女王が宣言し、私とリンスは猫の姿に変身した。
ブルーを通り越し、ラピスラズリ色に輝く私と、ブルーのリンスが並んだ。その姿は拡大映像で、全員に見えるよう配信された。
すごい、という声が上がっている。ここまで濃いブルーを持つ、つまり魔力の強い女王は今だかつてないのだ。私が次期女王になることに、意義を唱える者はいなかった。
一旦下がった二人は、ドレスを着なおしてから、再び前に出た。そして私一人がそのまま優勝者のダンの前に進み、ダンはその手を恭しく取った。顔が緊張している。
「ミーア、俺はここまで来た。結婚してくれ」
「いいわ。私もダンでなければ嫌だと思ったの」
ダンは子供のように素直で、うれしそうな顔をした。
そしてミーアを抱き寄せようとして、ネイトに引き離された。
「この場では厳粛に」
女王とネイトが二人の前に立ち、二人の婚約を祝福し、会場は歓喜の渦に巻き込まれた。私は、この先の長い道を思いながら、ダンの手を取り、微笑みかけた。
捨てられ猫姫だった私は、こうして次期女王としての一歩を踏み出したのだった。
FIN




