バレエの準備
私は、周囲を見回した。
リンスが来ている。ちょうどドアを開けて、テラスに入り込んだところだ。
「リンス、助けて」
私が飛びつくと、リンスは押されて後ろによろけた。その体を支えたのは女王だった。
「あ、失礼しました。ごめんなさい」
謝る私に、女王とリンスが理由を聞いた。私は明日の夜のお楽しみについて、かいつまんで話した。
「バーバラを連れて行けないから、内緒にしていたのに、つい話してしまって、睨まれているところです」
女王とリンスが、2人して言った。
「まあ、面白そうね」
バーバラが、ダッと走り寄って来て、リンスに飛びついた。
「絶対に面白いでしょ。見に行きたいわよね、リンス」
「じゃあ見物に行きましょうか。私たちがついていれば、大丈夫よ、バーバラ」
そう言ったのは、驚くことに女王だった。バーバラが最上級の上から目線で、私を見下ろした。
「周囲に相談もしないで、勝手に無理とか、決めつけないでちょうだいね」
「ごめんなさい」
私は素直に謝った。久しぶりに六歳に戻ったような気分だった。それにしても、女王がこんなに好奇心旺盛で、おちゃめな性格だったとはびっくりだ。
「じゃあ、女学院のリーダーに連絡しておきます」
「私たちも、リーダーに連絡しておきます。危険が及ばないように気をつけます」
パーシーがそう言うと、女王が笑った。
「火の粉が飛んできたら、吹き飛ばすから、私たちの事は気にしなくていいわ。ネイトも誘っていくから、ニコラもどう?」
ニコラが、すっと寄ってきて、リンスの横に立った。
「一緒に観戦できるなんて、うれしいよ」
「楽しみね」
2人の様子は、ずっと以前からの恋人同士のようで、しっくりと馴染んでいた。ソロモンとダンは、そんな友人の様子に面食らっている。
「ほらほら、君たち時間だよ。行って勝っておいで」
明らかにホッとして、機嫌良さげなお父様が、出場する4人を追い立てた。
女王を間近に見て、舞い上がっているソロモン以外の三人は、揃ってムッツリと不機嫌そうだった。
第5回戦は第二、第四回戦と同じ条件のものだった。
ダンは、すごい勢いで相手をぶん投げた。憂さ晴らしかもしれない。
パーシーとビリーもむっつりしたまま、相手の顎にパンチを叩き込んだ。
ソロモンだけが、夢見心地な様子で、ふわふわひらひらと、対戦相手をかわしている。まるでダンスを踊っているようだ。
その様子を見て閃いた。今夜の夜会で、彼にも少し手伝ってもらおう。彼は見栄えがするし、身のこなしも非常に優雅だ。補助があれば、もっと色々な踊りが試せる。
その時、対戦相手が、ソロモンのシャツを掴んだ。そのまま引っ張られ、体勢を崩してしまう。
「ソロモン、真面目にやりなさい」
私が特大の大声で一喝すると、ソロモンがピシッと体勢を立て直した。そのまま相手に飛びかかり、胴を抱えて後ろへ大きく投げ飛ばした。
他と違う様子で注目を集めていたソロモンは、大喝采された。会場中に向けて、優雅に挨拶をしてから、私の方に向かって何か言った。
「呆れた。褒めて、ですって」
私がこっちにおいで、のゼスチャーをすると、ソロモンは弾むような足取りで会場を後にした。
「彼はミーアが好きなの? ミーアも?」
女王とリンスの問いかけに、バーバラが答えた。
「ミーアは、ソロモンを可愛がっているし、ソロモンはミーアに懐いています」
バーバラの端的すぎる説明に、私は付け加えた。
「ソロモンは、あの容姿に反して、犬のような性格で、面白くて可愛いのです。そしてニコラの妹姫に恋しています」
リンスが、その恋は叶いそうなの、とニコラに聞いた。
「レジーナ侯爵家の抑止力が効いて、隣国からの圧力が無くなれば、多分ね」
「そうしたら、ソロモンも妹姫も、私の身内になるのね」
二人は幸せそうに、見つめ合った。
私は一人で室内に戻り、ソロモンを待つことにした。
バレエの事を頼みたいし、引き受けてもらえたら、少し練習もしたい。女王たちと会えば、違う話が、長引きそうだった。
部屋にソロモンが現れると、まず褒めた。それからバレエの手伝いについて話をすると、彼は、快く引き受けてくれた。主に私を放り投げたり、キャッチしたりの簡単なサポート役なので、気楽にね、と言っておいた。
早速、打ち合わせと、ちょっとした練習をしようと外に出ると、不機嫌な男3人が、たむろしているのに出くわした。
「ミーア、ソロモンと何処に行くんだ?」
「聞いてくれよ、ダン。今夜のバレエに僕も出演することになった。見に来てくれよ」
「俺も出る」
ダンが驚く事を言い出した。
「ちょっと。何を勝手なこと言ってるの? バレエなんか踊ったことないでしょ」
「ソロモンだって、そうだろ。だったら俺にもできる」
ソロモンは大喜びした。
「ミーアがやりたがっていたアクロバットバレエには、サポート役が二人いた方が演技の幅が広がるよ。僕は賛成だ」
そう言われて見れば、そうだが、ダンのサポートはなんとなく抵抗を感じる。
私が迷っているうちに、二人で勝手に話をまとめて、さっさと空き地に移動して行ってしまった。
パーシーとビリーも、興味があるようで、少し見ていくと言ってついてきた。私は諦めて、ダンたちと似たようなシャツ姿に変身し、二人に指示を出した。
「始めは普通のバレエを踊って、途中からアクロバットを入れようと思うの。私が合図をするから、そうしたら舞台に立ってね。何をするかは、私から指示するわ。じゃあ、やってみましょう」
魔法で音楽を流すと、つま先で立って、ソロモンの前まで移動した。ソロモンに手を前で組んでもらい、片足を乗せ、このままダンの方へ高く飛ばしてと頼んだ。
後ろに回転しながら高く飛び上がり、ダンに捕まえてと頼むと、ダンがジャンプして、腰を掴んでキャッチしてくれた。
着地し、くるくるとコマのように回転しながら、ソロモンの前まで移動し、今度は真上に投げてもらい、コマ回りのままどんどん上に登っていった。ジャンプには自信があるので、滞空時間はかなりのものだ。
地上に戻ってお辞儀をすると、こんな感じね、と二人に言い、見物していたパーシー達に、どうかしらと尋ねた。
「すごいね。アクロバットだけど、ミーアの動きは踊りだし、ダンとソロモンは対照的な雰囲気だから、いい味が出ている」
「でも、会場は室内だろ? あんなに高く飛んだら天井に当たるよ」
「大丈夫、競技場でやるから。明日以降の競技用の、拡大モニタを使わせて貰うのよ。どこからでも、ちょうどよく見えるようにしてあるわよ」
そんなに大がかりだと思っていなかった二人は、ちょっと引いている。
「二人とも、見栄えのする衣装で来てね。私は青いふわふわの長い衣装を着るからね」
「仕方がない、ここは、お兄様である僕たちが、ひと肌脱がなくては」
すっかり機嫌を直したパーシーとビリーが、ドレスアップを手伝うと言い出し、私に安心していいよと言ってくれた。
◇◇◇
ダンとソロモンが連れて行かれた伯爵の部屋には、女性達が集まっていたので、全員が当たり前のように衣装選びに参加した。
パーシーは王子様っぽい衣装がいいと言い、ビリーはワイルドな雰囲気の方が引き立つ、と反論している。
折衷案でソロモンを王子様、ダンを海賊に見立てようと決まった。
バーバラが、お父様のドレスシャツを引っ張り出し、大きめだから丁度いいわ、と言っている。
ネイトは騎士のブーツとコートを借りて来てくれた。帽子は隊長の帽子から飾りを引っこ抜いた。
二人に服一式をドサッと渡し、これに着替えてちょうだいと指示する。
反論する間もなく2人はおとなしく指示に従った。隣の部屋で着替えて戻ると、キャーと声が上がった。二人とも、ピッタリと役にはまっている。
ソロモンは、自前のシルバーグレイのスーツに、ニコラの刺繍入りの豪華なベストと、シルクのタイで華やかさを添えている。
その姿は、舞台俳優のような、まばゆい王子様だ。
ダンは、ワイルドな海賊に変身していた。大きめの白いシャツの上に、コートを羽織り帽子を被っている。
バーバラが近付いて眺めまわした。
「きまっているわね。でも、少しお行儀が良すぎる気がするわ。髪をもう少し乱して、このシャツはもっとはだけないと」
ダンがボタンを一つ外すと女王が声を掛けた。
「あら、もう一つ外したほうがいいと思うわ」
女王の命令に従って、ダンは、もう一つ外した。
全員で少し離れて吟味し、これで良しと決まった。男達もその方がいいと認め、誰も止めなかった。
「ダン。なんかセクシーでいいよ。女性にもてると思う」
ソロモンが慰めると、その横から、バーバラがささやいた。
「ミーアはお堅いから、なかなか気持ちに気付かないわよ。その恰好でアピールしたら、少しは何か感じるかもね」
ダンが、そうかなとつぶやきながら、自分のはだけた胸を見ている。
「あの、あんまりバーバラの言葉を、うのみにしないほうがいいと思うわ。それで迫ったら、本気の全力で、叩き飛ばされると思うの。そうしたら、明日の試合が危ういかも」
リンスが慌てて、フォローの言葉を入れた。
「僕は、ミーアに嫌われているのかな?」
ダンがしょんぼりしている。
「四年前の誘拐事件の時は、二人の息がぴったり合っていると思ったわ。その後、何かあったのかしら」
リンスが問い掛けると、バーバラがそれに答えた。
「ミーアを心配したお父様とお兄様たちが、ダンを偵察しに行って、雌猫に囲まれている姿を見てきたの。それから我が家では、あなたを女たらしのダンと呼んでいるのよ」
ダンを含め、男達は全員、バツが悪そうにうろたえた。そして、女達は冷たい目で彼らを眺めた。
「一度聞きたいと思っていたの。あの頃何匹と付き合っていたの?」
バーバラの追及に、ダンの目が泳いだ。
「二匹? かな」
「私達が知っているだけで、三匹いたけど」
「ミーアに会ってから、すぐに全員と別れたよ。それは断言する」
「ふ~ん。それなのに、ミーアに何も言わずに留学したのね。なんとも不思議だわ」
「ミーアの横に立つ資格が欲しかったから、留学を決めた。気持ちが揺らがないよう、会わずに国を出たんだ」
「本気なのだったら、ミーアにもちゃんと話すことね」
慌てて身を乗り出してきた、お父様の腕を取り、バーバラはニコッとした。
「ダンなら文句ないでしょ。というか、二人が惹かれ合っているのを、分かっていたから、必死であら探しをしたのでしょ。そろそろ諦めて」
パーシーが優しくその肩を叩いて、慰めている。
その様子を見ながら、バーバラがダンに釘を刺した。
「四年前はそうでも、今のミーアの気持ちはわからないわよ。私達と一緒で、あなたの事、すっかり忘れていたもの。それにミーアは、毎年綺麗になっていくから、言い寄りたい男が、列をなしているわ。ね、お父様」
「ああ、うるさくて仕方がない。私はどの申し込みも、一切断っている。まだ十五歳なんだぞ。早すぎる」
「あと二日でミーアは十六歳になるわ。そして、すぐにデビューよ。それなのにダンは、言い寄るどころか、毛繕いもプレゼントも、何もしていないじゃない」
ショックを受けているダンに、両横からニコラとソロモンが、まさか手紙すら送っていなかったのか? と聞きただしている。
「忘れられていたのか?」
「当たり前でしょ」
スパンと言い返したバーバラに、お父様が懇願した。
「同じ男として、なにか、いたたまれない。ダンがしくじったらしい事は分かったけれど、まだ挽回できるさ。とりあえず、バレエの手伝いを頼んだよ」




