女王との話し合い
女王は困ったことになったわね、と言ったまま考え込んでいる。
私は先ほどの話についてもっと突っ込んで聞いてみた。
「リンスが優勝者を断ったら、婚約はどうなるのでしょうか」
「その場合、婚約者を一から探すことになるわ。大会は猫の流儀にのっとっていて、雌が雄を無条件に受け入れる必要は無いのよ。ただ、王女は子を残さないといけないし、一人で女王の重責を担うのは大変なので、婚姻は必須よ」
それは、そうだろう。女王は孤独であり、重責を担う定めを持つ。それを補うために、傍らに生涯寄り添うのが王配なのだ。
「宰相からは、王女なら人間との間に、子供を成せるかもしれない、と聞いています。どう思われますか?」
「解らないわ。一度も試した例がないのよ」
私はバーバラの気楽さを思い浮かべた。自分自身は人間レベルの重さを、身に着けてしまっているのだと思う。宰相との付き合いで苦労性になっているのかもしれない。
この際、貴族猫らしく、思いっきり気楽に考えてみようと腹を括った。
「では、今回試してみませんか。これはいい機会だと思います。王女の生活も、改善点したほうがいいと思うし、リンスの子供達には、もっと自由に成長して欲しいとも思います」
女王が私をじっと見つめた。
それからネイトの胸に寄り掛かり、その顔を見上げた。
「新しい事に挑戦する姿勢が、ミーアと似ていると言っていたわね。それならミーアのこれは、私譲りってことね」
ネイトがにっこり笑って、女王を見つめ返してる。
私はドキッとした。自分が女王と似ていると聞いたのは、初めてだった。容姿が女王似だと言われたことはある。だが、性格が似ているというのは、それ以上に血の繫がりを強く感じさせられた。
「やってみましょうか。踏襲するのも大切だけど、新しい試みを排除するのは危険なことよ」
やった。私は心の中で小躍りした。まさか、リンスの恋が許されるなんて。夕方の時点では100%無理だと思っていたのだ。
そんな私に女王がにっこりして、爆弾発言を付け加えた。
「ミーアに女王の座が回る可能性も、出てきたってことよ。覚悟しておいてね」
「それ、どういうことですか?」
「リンスに子供が出来なかったら、あなたが女王になって子供を作るのよ。この試みは、あなたというスペアがいるから、踏み出せるものだもの」
そう言ってから、女王は少し眉根を寄せた。
「ミーア、人間の恋人がいたりする?」
「いいえ、今までに恋人は一人もいません」
女王とネイトが、ほっとして笑顔になった。
「とりあえず、今は大丈夫ってことね。ところで大会の優勝者はどうしましょう。飛び切り優秀な男猫が、史上初の公開大失恋する事になるのよ。そっちも、困りものね」
私は思いつきを言ってみた。
「会場の女性達からの、逆プロポーズを募るのはどうでしょう」
「あら、面白そうね。でも、それは一時間やそこらでは終わらないと思うわよ」
それは、確かに大争奪戦になりそうだ。
ネイトがニヤッと笑った。
「じゃあ、ミーアが婚約したらどう?」
冗談ではない。まっぴらごめんだわ。そう思って、ネイトを睨み付けた。緊張がほぐれた所だったので、つい、力を放出してしまい、女王とネイトを軽くのけぞらせてしまった。
「ミーア、冗談だよ。しかし、君の力すごいね。大会に出たら、たぶんダントツで優勝だ」
ネイトが笑ってくれたから助かったが、悪い事をしてしまった。
ここは貴族猫関係者しかいないので、心のガードが緩んでいるようだ。すみません、と謝って息を整えた。
「でもね、冗談抜きで、君の今後の処遇を考えないといけない。君の身分を、この機会に王女に戻すこともありうる。君が女王になる可能性があるなら、今の内から状況を整えないといけないからね」
「私は王女に戻った場合、今と何か変わるのでしょうか」
「女王になるということは、レジーナ侯爵になるということだ。16歳以降の社交の場に、レジーナ侯爵家の令嬢として、顔を出す必要が出て来る」
そう言えば、16歳からは社交を始めるのだった。婚約者のいないレジーナ侯爵家令嬢には、どれだけの人たちが群がって来るだろう。考えただけでも、げんなりする。
「ところでリンスの恋人の事だけど、以前質問されて教えてあげたから、王配に決まった者のスケジュールは知っているよね」
そうだった。王配に決まった者は、その後、歴史、外交、財政などの国を統治する諸々の知識を学ぶことになるのだ。人間界での、貴族としての礼儀作法や社交術も必要だ。そうやって学びながら、レジーナ侯爵家で4年間、みっちりと修行するのだった。
「リンスの恋の相手は、第二王子だと言ったね。それなら統治の勉強や貴族教育を省くことが出来ると思っておいていいかな。その分、相手国との交渉も、余裕を持って出来る。隣国の侯爵家への婿入りを、了解してもらうのは簡単ではないだろう」
その問いかけには、首を横に振った。
「それは、たぶんすぐに同意が得られると思います。マーシア国は今、ポルト国の王子から強引な婚姻を迫られていて、開戦の危機を迎えているそうです。先日提案したリンスの留学は、レジーナ侯爵家の軍事力を頼んだ、抑止の為なのです」
ネイトが、それでは、この話はマーシア国にとって、願ったりかなったりだろうな、とつぶやいた。
「それならば、リンスが隣国の第二王子に輿入れして、レジーナ侯爵家をミーアが継いだ方が自然じゃないか?」
そう言った後、ネイトが私の表情を見て慌てた。
「あ、御免。これは冗談じゃなく、状況を踏まえたら、それが一番すっきりするという話だよ。君は嫌かもしれないが、誰もがそう考えるはずだ」
言われてみればそうなのだ。自分にお鉢が回ってこなければ、私だってそう考える。ついでに、大会の優勝者と私が婚約したら、全てがそれで丸く収まる。
でも、考えてもいなかったことなので、気持ちが全く付いて行かない。
それに、まだリンスとニコラは、実際に付き合っているわけでもないのだ。
「ちょっと待ってくださいね。リンスの恋だって、まだ両想いかもわからないですし、全てが仮定に過ぎないです。もう少しはっきりしてからにしてください」
黙って聞いていた女王が、いいわよ、と言った。
「宰相から聞いていると思うけど、あなたの成長を見て、別の王国を作ることも考えていたの。だから私達にとっては、急な話でもないのよ」
そう言えば、お父様と二人で、そんな話を聞いた覚えがある。今まで、すっかり忘れていた。
「リンスの恋の行方を確かめてから、考えたいです」
先に延ばそうと頑張る私に、ネイトが残念そうな顔を向けた。
「貴族猫の一目惚れは、運命の相手だと言われている。外れることは少ないのだよ、ミーア」
自分の部屋に戻ると、お父様とバーバラが待ってくれていた。
「ミーア、へこんだ顔付きしているわよ。どんな話をしたの?」
バーバラが気使って、すぐに座り心地の良い椅子に座らせてくれた。
「まだ、分からないけど、リンスの代わりに、私が女王になる可能性も有るって言われたの。でもリンスの恋は、まだどうなるかわからないわよね」
バーバラが私の肩を抱きしめた。
「リンスのあの様子は本気よ。ニコラもね。二人が付き合うとして、それで、ミーアの何が変わるの?」
「王女に戻るのと、レジーナ侯爵家の令嬢として、リンスと一緒に社交界に出る事になるらしいわ」
お父様が慌てて飛びついて来た。
「ミーアを連れ去ろうって言うのかい?」
「それが、そういう感じでもなかったし、よくわからないわ。明日、また話し合うことにして、終わったの。今夜のうちに、ニコラに招待状が届けられるはずよ。きっと、二人の様子を確かめてから、考えようということね」




