リンスの恋、白状しました
私はこのお忍び行動を激しく後悔した。三日後にリンスの婚約者が決まる。それなのに、今恋してしまうなんて。しかも相手は人間。王女には絶対に許されない。
どうしよう。困りすぎて頭が痛くなってきた。
リンスが王女だと知らないダンとソロモンは、二人に近付き冷やかし始め、バーバラも一緒になっている。
ニコラの横に寄り添うリンスの目は潤み、頰が上気している。幸せそうに微笑むさまは、光り輝くようだ。こんなに綺麗なリンスは始めて見た。
だけど、私は心を鬼にして、リンスの手を引っ張り、ニコラから引き離した。
全員から驚きと不平の声が上がったが、それを無視して引っ張る。
「もう遅いから帰るわ。バーバラ、行くわよ」
リンスが腕を振り解こうとしていたが、全く力を緩めず、強制的に引きずっていった。その力にリンスは抗えない。
ダン達が駆け寄り、明日会えるかと聞いてきたが、それも無視してリンスを引きずる。
そのあたりでようやく、私の様子がおかしいと、皆が気付いたようだった。
「もしかしてミーアは、ニコラが好きだったのかな」
ソロモンが小声でダンに言った見当違いな言葉に、思わず振り向き、殺気を放った。
ソロモンとニコラが、体を折り曲げているのが見える。宿舎の方にも、届いたかも知れない。
とにかく、この場から早く逃れないと。
それだけを考えながら、ずんずんと進むと、ダンに声をかけられた。
「ミーア、どうしたんだよ。何をそんなに怒っている?」
それも無視した。何を言ったらいいか分からない。振り向きもしない私の横顔に、ダンが小声でささやいた。
「王女は大会の優勝者と婚約する決まりだろ。自由な恋愛は許されないはずだ」
リンスとバーバラを前方に押しやって、ダンに向けて思い切り力をぶつけた。
ダンが驚いた顔のまま、後方に吹っ飛び、ダンに巻き込まれて、ソロモンも一緒に飛ばされていく。
無言で、またリンスの腕を引き、部屋に向かう。今度はリンスも素直に従っている。
部屋に戻り、着替えてからソファに沈み込み、ようやく普通に息をした。ずっと緊張して、浅い息使いでいたようだ。
リンスは青ざめて、沈んでいる。
そしてバーバラは怒っていた。
「何であんなに乱暴に連れ帰ったの。ひどいわよ」
私が黙っていると、リンスが代わりに答えてくれた。
「王女は恋してはいけないのよ。この大会の勝者と婚約するのだもの」
バーバラが使用人のキャップを取り、髪をバサッと後ろに振って二人の前に立った。
「バカバカしいわ。王女なら、一番わがままを通せるはずよ。大会の勝者に、あなたは好みじゃ無いわって、猫パンチしてやったら良いじゃない」
不謹慎ながら、ブハッと噴き出してしまった。緊張していたので、余計に抑えが効かなかったのだ。
でも、きっと前代未聞だろう。リンスも笑顔になっている。
私とバーバラが見つめると、リンスがニッコリとした。
「私、わがままを言ってみようかしら」
バーバラがリンスに抱きついた。やはり、バーバラの方が私より、貴族猫っぽい。
その夜の夕食の席で、先ほどの私の攻撃の事が話題にのぼった。
今年の出場者には、すごい実力者がいると、噂になっているそうだ。数人の出場者が、宿舎の外で訓練をしていて、その余波が宿舎内にも届いたという。
「わー。すごいわね。そんな強い人の顔を見てみたいわ」
わざとらしくバーバラが感心してみせ、リンスも乗っかって、楽しみだわ~と言っている。
ネイトは疑うような目でこっちを見るし、お父様はひたすら楽しそうだ。
女王とバチッと目が合ってしまい、私は視線を外せず、ガッチリ凝視してしまった。
「何か、あったのかしら? あるのなら言ってちょうだい」
言えない。怖すぎる。
「質問があるのですが、いいでしょうか」
恐れ知らずにも、声を上げたのは、バーバラだ。女王が頷いたのを見て、ニコッとして聞いた。
「前から疑問に思っていたことです。もし大会の勝者が気にいらなければ、リンスは断ってもいいのでしょうか」
「いいわよ」
驚くほどあっさりと、女王が答えた。
女王以外の、使用人たち含む全員が驚いて動きを止め、リンスが叫んだ。
「女王陛下、それは本当ですか。私にも選ぶ権利があるのですか?」
「当たり前でしょ。あなたは王女よ」
リンスが立ち上がらんばかりに喜んだ。隣に座るバーバラに抱きつき、感謝の言葉を並べ立てている。
「今まで一度も無いようだけどね。僕は彼女を見た途端に恋に落ちたし、彼女も同じだ」
ネイトがその時の様子を話してくれた。
三日に渡る試合で、かなり体力を消耗していたという。優勝して王女に引き合わされた途端に、疲れが吹っ飛び、自分は世界一の幸せ者だと思ったそうだ。
女王も珍しく、ちょっといたずらっぽい目をして、自分の体験を話してくれた。
「三日目になると十人程度になるから、皆自分のお気に入りができてくるのよ。私はネイトを応援していたわ。だってすごく強くて素敵だったもの」
女王のノロケなど、始めて聞く。ミーアはなんだか面食らってしまった。
「こんなに美しい男女なら、お互いに好きにならずに、いられないでしょうね」
お父様がのんびりと言う。
確かに、リンスを断る男は居ないと思う。それを目標に大会に出場しているのだ。ソロモンのような出場者は、珍しい部類だろう。
王女だって、三日間自分のために戦い続け、勝ち残った男、しかも非常にいい男であれば、嫌う方が珍しいはずだ。
きっと、とても感動的な場面だろう。大会の熱気で盛り上がり、気分が高揚しきったところに、絶世の美少女と、強く美しい騎士が進み出ての対面だもの。
ミーアの乙女心は、グンと盛り上がった。
「素敵ね」
夢見るように中空を見つめる私を、リンスとバーバラが、キッと睨んだ。ニコラと引き離した件だろうか。それとも、猫パンチで撃退するつもりの二人の、逆の想像をしたせいだろうか。
そこでハタと思い出した。何でニコラがいるの? 大丈夫じゃないと思うわ。
こうして一番初めの疑問に戻ったのだった。
それで、この会場に人間は来ているのかを、ネイトに聞いてみた。
「居ると思うよ。出場する友人の応援とかが多いね」
「危険はないのでしょうか」
「それなりに注意して、場所取りしていると思うよ。フィールドから少し遠目の、とばっちりの来ない観覧席とか」
「知人を一人見かけたのですが、私たちの席に招待してもいいでしょうか」
バーバラがすかさず言った。私達は王族の席近くの、広い観覧席を貰っている。
リンスの目が、またもやキラキラし始めている。
了承を得て、バーバラとリンスは、既に立ち上がって飛び跳ね始めた。
ふと視線を感じて振り向くと、女王とネイトが、揃って私を見ていた。
聞くなら本人のリンスに、と逃げたくなったが、あきらめた。
これは長年、リンスのために、交渉してきたせいだろう。宰相とネイトと三人で、時には女王も含めて、色々と検討してきている。
私はいつの間にか、リンスのお守役のようになっていた。
とりあえず、抵抗してみようと、疲れて眠くなってきたわ、と誰にともなく言ってみた。
「じゃあ、今から私の部屋に来てちょうだい」
女王が微笑んだ。
なぜか私一人が別室に連行された。目の前には女王とネイトが座っている。
「それで、何があったか教えてちょうだい」
言い逃れは無理だと諦めて、全て打ち明けることにした。
「出場者の宿舎を見学に行って、知人たちに出くわしました。リンスがその一人に一目惚れにしたようです。彼は、人間です」
我ながら、良くまとまった説明だと思う。それに対して、どんな答えが来るかは、考えないことにした。
「それは困った話だね。宰相が聞いたら卒倒するよ」
ネイトは難しい顔をしている。
「どんな出会い方をしたの?」
「ニコラは隣国の第二王子です。リンスもニコラも、一目見た途端に惹かれ合ったようです。自然に寄り添って、とてもお似合いでした。でもまだ一言も話していないし、お互いの名前すら知らないはずです」
女王がネイトとアイコンタクトしている。
「とても相性の良い相手のようね。一目ぼれは本能からのシグナルよ。それにしても、なんてタイミング」




