解決策は留学
「二人がお付き合いするのは、駄目なのかしら」
ニコラは首を振った。
「妹が十四歳の頃、ポルト国から婚約の打診が来て、早いからと断ったけど、毎年懲りずに申し込んできて、それが次第に威圧的になってきている」
「相手とは会った事があるの? どんな人」
「二十一歳の王子で、あんまり良い噂は聞かないかな。三年前に婚約破棄騒ぎを起こしている。妹に目をつけたのは、その少し後だ」
全然いい男ではない。聞いているだけで腹が立ってきて、私は2人に向かって、力を貸すと約束していた。
「気持ちはありがたい。でも今年、妹が十七になったので、まだ早いという言い訳ができないと思う。去年は国境付近で、軍事行動を起こして、威嚇してきたよ。今では妹に、他国からの縁談が来なくなってしまった」
ソロモンは、深刻な顔つきで、カップをいじっている。
「始めは縁談が幾つもあったけど、妹が承知しなかった。3年でこんな風に追い込まれるとは、思っていなかった」
私が思っていたより、深刻な話のようだ。
「今年も断ったら、どう出て来ると思っているの」
「最悪、戦争だ。そして我が国には勝算がない」
ニコラは、だいぶ考え尽くしたのだろう。内容に反して、淡々とした言い方だった。
「それでレジーナ侯爵の引っ越しに繋がるわけね。でもこの国が、それを許すかしら」
それには、すぐにソロモンが答えてくれた。
「レジーナ侯爵が望めば、それで良いのさ。この国だって、レジーナ侯爵の敵に回りたくないからね。だから僕が王配の座を勝ち取って、王女と共にマーシアに引っ越す」
「婚約者を伴って帰国したら、王女様は泣くわよ。良いの?」
「あんな男よりマシな結婚相手を選べる。それが、僕にできる精一杯だ」
何とかして助けてあげたい。引き裂かれる恋人に、味方したい。女の子なら皆そう思うだろう。
考え込んでいた私は、あることに気付いた。
この思いをダンは無視できるわけね。友達より地位とは、見下げ果てた奴。
「内緒だけど、私も結構強いのよ。何か役に立てないかしら」
ソロモンがフッと笑った。バカにしているわけではないけど、全く当てにしていないのは、丸わかりだった。
ムカついた私は、力の圧を上げて、ソロモンにぶつけてやった。弾かれたように、ソロモンがのけぞり、ニコラも椅子にへばりついた。重力が増したように、感じられるはずだ。
それでも全開ではない。ソロモンが自分より弱いのを知っているので、手加減は必須なのだ。
「ミーア、この力は何?普通じゃないぞ」
ソロモンが苦しげに言うので、フッと力を切った。ぐったりしたソロモンを、ダンが引き起こしてあげている。いつ来たのか分からないが、彼は大丈夫そうだ。
「これでわかったでしょ。私は力になれると思うわよ」
ソロモンとニコラの、私を観る目が変わった。多分、少しは希望が見えたのだろう。
「何をしていたの。こんなところで力を解放するなんて、何があった?」
ダンが私に駆け寄り腕を掴んだ。そのまま引き寄せて、心配そうに顔を覗きこむ。
「まさかお前たち、何かしたのか」
怒りを含んだ声で問いただされ、二人は驚いているようだ。
「ミーアが僕たちに、力を披露してくれただけだよ。王女の件で、力添えしてくれるって言ってね」
ソロモンが説明したが、ダンはすごく不機嫌そうだ。
私はダンが近寄りすぎていて、ドギマギしていたので、座りましょうよ、と言って手を振りほどいた。
「ニコラの妹姫の婚約を阻止する方法を考えましょう。私、良いことを思いついたわ」
ダンのお茶と一緒に、お茶とお菓子のおかわりを、使用人が持ってきてくれた。それらを用意する間、カチャカチャいう音と、湯気や甘い匂いを嗅いでいた。それで大分、気持ちが落ち着いた。
しばらくしてニコラが、私の案を聞かせて欲しいと頼んだ。
「プリンセス・ブルーにマーシアへ留学してもらうの。そうすればマーシアも、レジーナ侯爵家の庇護下に入るわ」
思いがけないことを聞いたように、ポカンとしている二人に、もう一度言った。
「隣国に次期女王が滞在すれば、レジーナ侯爵家は、その国も守るはずよ」
「あ、そうだね。王女には家臣もある程度付いて行くし、滞在先の国の安全をレジーナ侯爵家がバックアップするよね」
ダンがニコラに、何の話かと聞いている。しばらく二人で話した後、納得したようだ。
「話はわかったけど、そもそも、王女は国から出ることができるのか?」
ダンの言いたいことは分かる。今まで王女は、全く世間に顔を出していない。外国に留学など、信じられないのだろう。
でも、婚約者さえ決まれば、そこからはもっと自由だし、積極的に外の世界を勉強することになる。
リンスも侍女達もそう言っていたし、それならば説得できると思う。
私もリンスに付いて行くし、絶対に守ると約束する。
「大丈夫よ。大会の後、王女は自由になるの。留学の件は私に任せて。一番の難物は女王かしら。まずは宰相から始めて、ネイトを引き込むわ。頑張る」
ソロモンがおずおずと、私の手を取った。床に片膝を付いて、うるんだ目で見上げる。
胸がキュンとした。恋する男の真剣なまなざしに、ドキドキしてきた。容姿の美しさもあって、物語の王子様みたいだ。
すると突然ソロモンがポンと居なくなり、別人の足が目の前に現れた。見上げると、それはダンだった。ソロモンは部屋の端に飛ばされている。
ニコラが噴き出した。どうも彼は笑い上戸なようだ。
「酷いな、ダン。何するんだよ」
文句を言うソロモンに、うるさいと言って、ダンはそのまま私の隣に座り込んだ。
ソロモンが椅子に座り、ニコラが笑いやんで、ようやく話せる雰囲気になった。
そして息を整えたニコラが、もし実現できたら、それはいい牽制になると賛成した。
「我が国の迎え入れ態勢も、準備しておいた方がいいだろうね。王家の客人として扱った方が、効果的だ」
「それには、婚約者も付いて行くのかな、それとも別々に暮らすの?」
ダンは本気で王配になるつもりのようだ。
考えてみたら、婚約後の王配のことなんて、全く話題に登ったことがない。多分リンスも知らないだろう。でもネイトに聞けばわかるだろうと、気楽に答えた。
「婚約後の王配がどうなるのか、全く知らないの。今度ネイトに聞いておくわ。明日にでも連絡してみる。お父様を説得しなければ。それが一番厄介かも」
「ミーア、君、相変わらず、王家の事を気軽に話すね。僕は毎回衝撃を受けるよ」
横でダンがまた、不機嫌なオーラを出し始めている。
「二人共、ごめんなさい。もっと気をつけるわ」
「そうじゃない」
ダンが文句をつけてきた。
「それじゃあ、何に怒っているの」
「いつの間に、名前で呼ぶようになった? 前はミーア嬢とか、レディって呼んでたじゃないか」
あれ? いつの間にだったかしら、と考えた。覚えていない。
「何となくいつの間にか、そうなっていたわ。だってソロモンは友達だもの」
ちょっと別行動したらこれだ、と苦々しげに言っているが、私には、誰に向かって怒っているのか、分からない。
「僕は先ほどからだよね、ミーア」
ニコラが明るく話しかけてきたが、これはダンをからかっているのだろう。それにはダンも気付いたようで、苦笑している。
私はすかさずフォローに入った。
「ダンのことは、最初からダンと呼んでいたでしょ。だからその友達も、名前呼びでいいと思うの。違う?」
そう、かな? と言いながらお茶を飲んでいる。その様子が何となく、お父様と重なって見えた。




