大会に向けた準備
「今回も三千人集まるのかしらね」
たぶんね、と言うパーシーに、何故三千人になるのかを、ミーアは聞いてみた。
それにはパーシーが答えてくれた。こういう事はいつもパーシーが受け持つ。だからビリーが頭脳派に見えないのだろう。
「毎回、出場者は貴族猫の総数の0.1パーセントと言われている。前回はこの国で二千人、他国から千人だった。総数が大きく変わらなければ、同じくらいになるはずだよ」
「つまり総数三百万人で、その0.1パーセントだからってことね。大雑把な話ね。でも、どんな計算でそうなるの?」
それに対して、パーシーは逆だよと答えた。
「出場者数から逆算して、総数を出すのさ。適齢期の男が6パーセント。平均以上の力がある者をその半分として、結婚、婚約をしていなくて、人間界で暮らす者を、そのまた半分とする。その内三分の二が挑戦し、10%が試験をクリアする」
この話に一番驚いたのは、たぶん私だろう。王宮から迎えが来て、登録をしたので、全員の情報が揃っていると思っていたのだ。
「貴族猫の数は、把握されていないってこと?」
「そうさ。定住しない者や、人間や猫になりきって、貴族猫とは係わらない者もいる。それに人数を把握する必要も、特には無いからね」
「どうして?」
「人間の世界なり、猫の世界なりで生きているから、特別、貴族猫の世界に属さなくても問題ないだろ。全部で百人しかいないとかなら、滅亡を防ぐ対策が必要だけど、現在何の問題も無い」
私が考えていたより、ずっと緩い。やはり私は、考え方が思いっきり人間寄りなのだろう。
「宗教団体に属しているメンバー、程度に考えれば良いってことかしらね」
バーバラが冷静に言った一言が、ツボに嵌ってしまった。
貴族猫教団の信者は、猫にもなれる人間三百万人プラス全世界の猫。プラス秘密を共有する人間で、その数は全く不明だが、私の周囲ではこの屋敷で6名、それにニコラ。こんな感じなら、結構な数に上るのかもしれない。
私は、思わず吹き出してしまった。
結構ゆるゆると、人間社会と馴染んで、共存しているのだ。
「丁度、ダンとソロモンもいて、合格証を持っていたよ。彼らも出場権を得たようだ。どこかで対戦するかもしれないから、楽しみだな」
「それは楽しみね。ぜひぜひ見に行きたいわ」
バーバラがそういうのを聞いて、考え込んだ。
当日の会場がどれくらい荒れるのか、全く予想できない。リミッターを外した貴族猫達が戦う場で、しかも恋の鞘当てがあちこちで起こるのだ。
貴族猫同士なら軽い接触で済んでも、人間は弾き飛ばされてしまう。会場内は人間には危険だ。
可哀想だけど、お父様とバーバラは、お留守番してもらいます。
私は、そう決めた。
ところがその数日後、王宮から招待状が届いた。
ネイトの名で、私達三人を、ロイヤルシートに招待するという内容だった。そこならば、安全に観戦できるから大丈夫だよ、と書いてある。
お父様とバーバラは大喜びし、そして私の心配事が増えたのだった。
それから準備が始まった。
昼の観戦用のドレス三着と、夜会用のドレス二着、寝間着、その他の細々したもの。最低限でそれなのだが、目いっぱい楽しみたいので、ドレスも予備が二着くらい欲しい。トランクを一人に二個と決めたが、三個に変わりそうな様子だ。
大会は郊外の、レジーナ家の別邸で行われる。森に囲まれた、広大な敷地の真ん中に、屋敷と競技場があるそうだ。
大会を運営するメンバーは、リーダーだけで二十人いて、半年前から準備に追われている。会場には推定10万人が集まるので、その宿泊の割り振りだけでも大変だろう。
10万人中、レジーナ邸に滞在するのは、七千人程度だそうだ。人間社会で、貴族籍を持つ者優先で、希望を聞いていく。
これは、貴族として働いてくれることへの、ご褒美の一つでもある。
参加者の半分程度は、猫の姿で好きな場所で、過ごすそうだ。それ用に居心地の良い繁みがたくさん作られている。人間としての荷物を預かる施設が数か所あり、そこに宿泊することもできる。
それ以外の者達は、好きな場所に魔法で家を建てて、過ごすようだ。
敷地が広大なので、したいようにできる。そのため期間中は、親族や友人グループ用の、大きな屋敷が出現するそうだ。
パーシーは、バーナード学院のOBハウスに宿泊して、騒ぐと言っている。
相棒のビリーは、レジーナ邸に滞在するので、残念そうだ。母親から結婚相手を探せと、強く迫られているからだった。時々パーシー達の所に、逃げる予定だと言う。
ミーアも行ってみたいと言ったら、女は立ち入り禁止だと言われた。
思わず猫になって潜り込もうと考えたが、人間、猫共に、女が入れない結界が敷かれていると、パーシーに言われた。
「何で忍び込もうと考えたのが、分かったの?」
「そりゃあ、毎回忍び込む女達がいるからさ。その攻防戦は語り草だよ。今だかつて突破された事がない」
「過激なのね」
「自分だってやろうとしたくせに。ミーアとバーバラも、女学園の屋敷があるでしょ」
一応聞いてはいたが、レジーナ邸に泊まるのが決まっていたので、説明会に参加していない。一応聞きに行っておこうかな、と考えた。ビリーの言葉で俄然興味がわいてきたのだ。
「女学院が最強の敵だからね。迎え撃つ準備はバッチリだ。今回は人間界の陸軍大将がリーダーだから完璧だね」
「何、それ。貴族猫は、そんな職にも就いているの?」
「そうだよ。前回の時にあわや突破ってところまで、追い詰められたらしい。それで、その頃学院の寮長だった彼は、軍事方面を目指したのだそうだ。人間界の要職に就いている人は多いよ」
私は色々な意味で驚いたが、そのうち一番驚いた事を聞いた。
「女学院のOBが、侵入攻撃を仕掛けるの?」
「そう。伝統だそうだよ。男子校が女子校に仕掛けるのは、モラル的に問題ありって言って、こっちは防衛のみだ。おかしくないか?」
ビリーの不満に、パーシーも同調した。
「今回はレジーナ聖母教会の司祭長が、女学院のリーダーだろ。こっちのリーダーと、若い頃因縁があったらしくて、かなり気合が入っているそうだ。彼女なら、神が裸足で逃げ出す、えげつない作戦で来るって話だ。たまには攻める側に周りたいって、先輩達がぼやいている」
話を聞いて、私は淑やかに微笑んだ。自分ではそのつもりだったのに、二人には思いっきりけん制されてしまった。
「ミーアは力を抑えろよ。全開で暴れたら、君が王配になってしまう。洒落にもならないよ」
「別に大会に乱入するわけでもないし、良いじゃない。私だって、一度は全力を出してみたいわ。ついでに全力のバレエも踊りたい。余興をやりたいって、宰相に頼もうかしら」
ナターシャ先生は結婚して、つい先日妊娠が判明した。引退が決まり、プリマドンナを私が継ぐことに決まっている。
できたら一緒にアクロバットバレエをしたいけど、こればかりは仕方がない。
ビリーが私にストップをかけた。
「宰相様は大変お疲れの様子だ。これ以上負担をかけると倒れる。別部署の僕らでさえ、仕事量が通常の五割増しだよ」
これにはパーシーが異を唱えた。
「僕は初日の夜会で、演奏を頼まれているけど、他にもいくつか準備したいって言っていたから、申し出たら喜ばれると思うよ」
これは楽しみな事になって来た。全開で全力のバレエが出来る。私は思いっきり晴れ晴れと笑った。




