ソロモンの本当の理由
私はダンと睨み合った。
お茶会の和やかさが吹っ飛び、季節の花で飾られた華やかな部屋は、決闘会場のような殺伐とした緊迫感に包まれた。
パーシーとビリーと伯爵は、驚いて口を開けている。ソロモンもだが、それは急に膨れ上がった、私の力に対してだろう。ニコラは意味が分からなそうだ。
口を挟むのが難しい程、緊迫した場面で、本領を発揮したのはバーバラだった。
「つまり、王配の座を狙うってことかしら」
これ以上ない冷やかさでそう言うと、顎を上げてダンを睨み据えた。伯爵や茶黒コンビもそれに加わった。
「力に自信がある奴は大抵出るよ。基準にパスすれば、誰だって出られるのだから。僕も出場するつもりだしね」
ソロモンがそう言うと、お前もかとバーバラが改めて睨む。
ついでにニコラも睨まれ、おずおずと言った。
「力自慢大会でもあるのでしょう。だからお祭り気分で、出場者が殺到するって聞いたけど、違うのかな」
フンッと鼻息をさせて、バーバラがパーシーを見た。パーシーは、まあ、そうだけど、とぼそぼそとつぶやいた。
「僕も出場予定だよ」
そう言って周囲を驚かせたのは、ビリーだった。
「親から聞いた話だと、良いお見合いの場でもあるそうだ。貴族猫が大勢集まるから、普段とは違う出会いがある。出場者は結婚相手を探す年代だし、良いところを見せられる場でもある。だから盛大な、お見合いパーティーとも言えるらしい」
「相手の居る人が、そこで違う相手を好きになってしまったら大変ね」
「そういった事態もたくさん起きるので、会場のあちこちで、キャットファイトが起こるらしい。熱気ムンムンだよ」
バーバラが呆れた。
「場外乱闘、歓迎ってこと?」
「場内でも、意中の子にアピールしようと、わざわざわ彼女の目の前で戦った挙句、観覧席に飛び込んでプロポーズする奴も居る。つまり最大の婚活イベントで、どう使うも自由なんだよ」
今度はニコラが呆れた。
「それを知っていながら、ダンを睨んだってことですか?」
「うん。なんとなくね」
バツが悪そうに、ビリーが頬を掻いている。
なあんだ、と言ってバーバラが淑女に戻った。お父様がコホン、と咳払いをして、にこやかに言った。
「まあ、頑張り給え。女性にアピールする良い機会じゃないか。良いお相手が見つかるといいね。我々は遠くから見守っておくよ」
お父様が急に余裕の態度に変わった。ビリーの肩を叩き、ダンにも微笑みかけている。ダンの狙いがリンスでもミーアでもなければ良し、と思っているのが見え見えだ。
ダンはむっつりしたまま言った。
「僕は王配の座を本気で取りに行くつもりでいる」
私はすぐに聞き返した。
「何故よ」
「王配になりたいから」
またもや気が膨れ上がりそうになったが、ソロモンが口を挟んだことで、中断された。
「僕も本気だよ」
「あなたもなの? 何故よ」
「王配になって、隣国への移住を提言するんだ」
それはどういうことだ、と誰もが思ったようで、緊迫感が弾けた。
「ねえ、さっきからそう言っているけど、レジーナ侯爵家を隣国に移動させたい、本当の理由は何?」
こういうときのバーバラは鋭い。独特の勘が働くようだ。私はいつも感心している。
「レジーナ侯爵家がある国は、防衛に苦心しなくていいからだよ。さっき言ったでしょ」
「つまりあなたが隣国に住みたいから、移住しろって事?自分勝手な物言いね。それより、あなたがこの国に戻るほうが簡単だし、意味がわからないわ」
ぐうの音も出ない様子だが、ソロモンはあきらめなかった。
「隣国の王族のほうが、この国より価値が高いんだ。だから味方をするなら、隣国のほうが良い」
「何をもって価値を測るの? 国土の大きさも経済力も、こっちのほうが上よ」
さすが淑女。国と国力については勉強済みなのだ。バーバラは、経済面が特に強い。商団で商いをして回っていたせいかもしれない。
「経済が全てではない。隣国の王族の方が美しい。そう、非常に美しい」
侍女のベルとルルを含めた伯爵家側の面々は、あれえ、という顔をしている。
ダンとニコラは、苦笑しているので、何か知っているようだ。
「ねえ、それってもしかしたら、隣国にすごく綺麗なお姫様がいるって事?」
ソロモンが真っ赤になった。
「何故わかるんだよ」
またバーバラが口を開こうとしたら、ニコラがそれを止めた。
「ソロモンでは、太刀打ちできそうに無いので、変わるね。私は隣国の王子なんだ。ソロモンが言っているのは僕の妹のこと。彼が隣国にレジーナ侯爵家を移住させたいのは、妹の政略結婚を止めたいからだよ」
バーバラが、大体わかったわと言って頷くと、ニコラがソロモンの肩を軽く叩いた。
「妹に、大国の王子との縁談が持ち上がっている。それを止めるためなんだ。気持ちはうれしいよ、ソロモン」
「妹姫が乗り気ではないのに、結婚させられそうって事なの?」
「簡単に言うと、そういうことかな」
「そこにソロモンは、どう関わるのかしら。恋人なら王配になってはまずいでしょう」
バーバラが切り込んだ。私が思うに、そこはたぶん痛いところだと思う。こういうとき、バーバラは情け容赦がない。
案の定、ソロモンが痛そうな表情に変わった。
「彼女が幸せになれるなら、僕はいいんだ。ほっといてくれ」
私は感動した。だって好きな女性の幸せのためであって、自分のためでは全くない。なんてロマンティックなの。
「彼女はあなたのことを好きなの? そもそも、その思いを知っているの?」
畳み掛けたのはバーバラだった。
「知っていると思う。だけどダンスに誘ったことも、プレゼントを贈ったこともない。だって僕と彼女では子供が出来ない。それに隣国の子爵家では王女の相手にならない」
「理由はそれだけ?」
バーバラは、追求の手を緩めようとしない。
「子供の出来ない夫婦は結構居るわよ。それに王配になるより、隣国の王女の結婚相手になる方が、難易度が低いと思うのだけど。違う?」
ソロモンがぺしゃんこになっている。机に突っ伏して、腕に頭を入れ耳を塞いだ状態だ。これは叱られた犬がやる動作ね。麗しい容姿と違って、なかなか面白い男性だわ。
「バーバラ、そんなにポンポン言わないのよ。怖い淑女じゃなくて、優しい淑女になって欲しいわ」
「あら、淑女ってこういうものでしょう」
ホホホと笑うバーバラが怖い。何故か淑女になるにつれて、迫力が加わっていった。それも商団時代の経験の賜物だろうか。
私はソロモンの横に行って、背を起こさせ、お茶を勧めた。
まるで子供のようだったので、もう少し幼い時だったら、背中をポンポンしてあげただろう。
ついでに、最新流行の生クリームたっぷりのケーキを、もう一切れ切って勧めた。すると、ソロモンは、きれいな顔でにっこり微笑んだ。
少し気を取り直した様子に、私もなんとなく嬉しくなった。この男性とは友達になれそうだ。
「ミーア、席に戻りなさい」
お父様に言われて周囲を見ると、皆に注目されていた。
「ソロモン、王配になる以外のことなら、相談に乗るわよ」
彼の耳元にそう告げてから席に戻ると、何故かダンに睨まれた。
王配になりたいダンと、恋する女性のために王配を目指すソロモンとでは、思いの純粋さの点で比べ物にならない。
結局ダンは女好きの、権力志向男なのだ。私も負けずに睨み返してやった。
お茶会の後、お父様達はご機嫌だった。脅威に感じていたダンが、あっさり引いたからだろう。王配を目指すということは、狙いは私では無い。
リンスの夫の座を狙っているとはいえ、そうなる可能性は低い。
そのせいでお茶会は、途中からとても穏やかに進んだ。
ダンだけがむっつりしたままだったが、彼を無視して、話は弾んだのだった。




