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捨てられ猫姫の憂鬱  作者:
第三章 隣国から来た男達

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ダンとの再会

「やあ、久しぶりだね、ミーア。僕の事、覚えている?」


 そう言って声を掛けてきたのは、ダンだった。

 オペラの幕間に、劇場の廊下に出てきた私の前に、彼は突然現れたのだった。


 十一歳の時の誘拐事件から四年が経ち、私は事件のことをすっかり忘れていたが、ダンの事は見た途端に思い出した。それと共に嫌なことも思い出していた。


 四年前のあの当時、一番早く行われる大人の貴族猫教育の受講グループに急遽混ぜてもらった結果、私にもお父様達の不快感の理由がわかるようになった。


 一緒に教育を受けた少女たちは、皆気分を害したし、私も同じだった。

 だが、教育係の先生は、若い貴族猫の雄が、平民猫の大人に勝てるようになるのは12歳くらいからで、その時期に平民猫と付き合うことが多いのは、大人になるための通過儀礼のようなものだと言って皆をなだめた。


 そう言えば、パーシーとビリーにも平民猫のガールフレンドがいたことを思い出し、しばらくの間は二人の事も避けていたのだった。彼らに何人のガールフレンドがいたかは知らないが、ダンには少なくとも三人ものガールフレンドがいたのだ。


 この時それを思い出し、私は改めてムカッとした。


「お久しぶりね、ダン。では、ごきげんよう」


 私は挨拶し、さっさと自分の席に戻ろうとした。そこにちょうど、バーバラが出てきた。伯爵家令嬢にふさわしく、すっかり淑女らしくなったバーバラは、ダンを見ると愛想よく微笑んだ。


「ミーア、こちらは?」

「ダンよ」


 名前を聞いたバーバラは、ダンに向かってにっこりと微笑み、私の腕を掴んで黙ったまま座席に連れ戻した。戻って来た二人を見て、お父様が驚いている。


「二人共早かったね。今出たばかりじゃないか。少し歩き回ってこなくていいのかい。足が辛いだろう。私も今から出ようと思っていたところだよ」


 バーバラが立ち上がろうとしたお父様の肩に手を置いた。

「ダンがミーアに話しかけてきたの」


「何だって。ダンって、あの女たらしのダンか?」

「そう。そのダンらしいわ。そうなのでしょ、ミーア」


 二人に揃ってそう言われると、なんとなく庇いたくなってしまうのが不思議だった。私だって、思い出してむかついたばかりなのに変なものだ。


「そう。その女たらしでオッドアイのダンよ。どこから沸いて出たのかわからないけど、私が廊下に出たら、すぐ目の前に立っていたので、挨拶してすぐ戻ろうとしていたところよ」


「ミーアはここに一緒に居なさい。私達から離れてはいけないよ」


 お父様は鼻息荒くそう言うと、辺りを見回し始めた。ダンが近付くのを断固阻止する構えだ。


 ダンはあの事件の少し後に隣国に留学して行った。

 大人教育を受けた後、不機嫌になっていた私と、私を心配して不機嫌だったお父様に、パーシーが朗報だよと言って教えてくれたのだ。

 あれから四年たった今、彼は十九歳なので、もう学校は卒業したはずだ。それで帰国したのだろうか。


「ミーアはここに座って、落ち着いてね。また寄ってきたら私が撃退してあげるから、安心してね」


 バーバラの言葉はありがたいが、考えてみたら、ダンが何かしたわけでも何でもない。私が平民猫のガールフレンドがたくさんいるダンを、嫌だなと思っただけなのだ。助けてもらったお礼も未だにしていないので、失礼なのはこちらかもしれない。


 不意打ちを受けて、咄嗟に拒否してしまったが、冷静になったら、恥ずかしく思えてきた。


「お父様、彼が女たらしなのと、私が助けてもらったのは別問題です。彼にはお世話になったわけだし、失礼な態度を取るのは間違っています」


「だけど、ミーア、あの男はお前に、なんだ、その」


 お父様が言いよどむと、バーバラが続きを言ってくれた。


「彼はミーアに気があるようね。見たらすぐにわかるわ」


 お父様が、ビクッとして首をぶんぶん振った。


「そんなことは無い。無いが、女たらしなのだから、警戒するに越したことはないよ」


「彼がミーアに本気で魅かれていることを、お父様は四年前からわかっていたのでしょ。オス同士の本能か、父親の勘かしらね。だから、あんなにダンの事を警戒していたのでしょ」


 こういうたぐいの話になると、バーバラは鋭くなる。


「ミーア、ダンは今、少しずつ近くに寄って来て、ご機嫌を取ろうとしているのかもしれないわよ。ミーアはお呼びじゃないわって叩く?」


 バーバラは、パーシーとビリーの説明をよく覚えているようだ。

 私は雄が雌を一生懸命に口説こうとしている様と、以前自分が言った、『お疲れ様です』 という言葉を思い出して、笑いそうになってしまった。思わず口元を手で押さえたが、ツンとして雄の顔に猫パンチをかます自分の姿が浮かんできたので、ハンカチで顔を押さえて下を向いて堪えた。

 淑女たるもの、公の場で爆笑は出来ない。


「ごめんなさい、バーバラ。何か違うことを言って、気分を変えさせてくれない。私、げらげら笑ってしまいそうで辛いの」


 バーバラは、オペラの筋を話し始めた。悲恋ものの筋を聞いているうちに、気分が落ち着いてきたので、はーっと息を付き、ハンカチを取って顔を上げた。腹筋と喉が引きつって、とっても疲れてしまった。


「ありがとう。落ち着いたわ」


 そんなことをしているうちに次の幕が始まり、いつの間にかオペラに引き込まれて、うっとりと悲恋のヒロインの声に聞きほれた。

 

 フィナーレを迎え拍手の渦が収まった後、感動の涙をハンカチで拭い、この演目良かったわね、とバーバラと二人で感想を述べ合ってから、ゆっくりと廊下に出た。

 興奮しながら話し合う二人の前方に、またもやダンが立っていた。

 バーバラが、すかさず小声で言った。


「猫パンチする?」


 思わず笑ってしまい、バーバラの耳元にささやいた。


「まだ、ご機嫌取りも毛繕いもされていないし、プレゼントも受け取っていないわよ」


 バーバラが笑いをかみ殺していると、後ろから出てきたお父様が、すかさず前に出て、間に立ちはだかった。


 お父様の背中越しに前を見ると、ダンの横に二人の男性が立っていた。ダンと同じくらいの年齢で、一人は貴族猫で、もう一人は人間だった。


 ダンは、記憶にあるのと同じグレイの髪の毛を短く整えている。四年前よりずっと背が高くなり、引き締まった体は俊敏そうに見えた。

 横に立つ貴族猫の男性は、ダンより少し背が高く細身で、とても美しい顔立ちをしている。優雅で気怠げな雰囲気にライラック色の長い髪がとても似合っている。シャム系の猫だろうかとミーアは想像した。

 もう一人の人間の男性は、銀色の髪の毛と、紫の瞳をしていて、優しげな雰囲気をしている。三人の中で一番大人しそうに見えた。

 三人共見栄えがするので、周りの視線を集めていた。


 ダンが先頭に立って、私達の方に歩いて来た。


「ご無沙汰しております、ノーザン伯爵。先日、隣国から戻り、今日はオペラを聞きに来ていました。偶然に、皆様を御見掛けしたのでご挨拶をと思いました。この後もし時間がありましたら、ご一緒にお茶でもいかがでしょうか」


「ありがとう。久しぶりだね。ダン・パークス君。お二人はご友人だろうか」


「はい。留学先の友人で、イーグル伯爵家のサムソンと、隣国のニコラ・ボーンズです」


 お父様がダンの友人たちと挨拶を交わし、その後に私とバーバラを紹介してくれた。二人の男性は、ごく愛想よくふるまい、私達もお行儀よく会話を交わした。


「さて、すまないが、私達は先約があるので、家に戻らないといけないのだよ。残念ながら、ご一緒できないので、これで失礼する」


 そう言ってお父様が私達をその場から追い立てるように連れ出した。

 私は少し、いや、かなり残念な気分になっていた。



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