大人の貴族猫教育は大切らしい
第二章の最終話です。
部屋の中がシンとした。
パーシーとビルは引きつっているし、お父様はオロオロしている。
そしてバーバラは膝に手を重ねて置き、背筋を伸ばした完璧な姿で座っている。
私はお芝居を観ているような気分になり、椅子を少し後ろに移動させて座り直した。
「ミーア、何をしているんだね」
お父様に聞かれて、ふ、ふんと胸を張ってごまかした。お父様はこれで誤魔化されてくれるが、茶黒コンビは面白がられているのに気付いたようだ。
「元はと言えば、ミーアのために調べたんだぞ。何で僕たちが責められる羽目になるのさ」
パーシーの言葉にビリーも乗っかった。
「そうだ、話がズレている」
「別にズレていないわよ。そこが核心だと思うわ」
バーバラがピシッと言うと、二人が言葉に詰まった。
先程からバーバラの舌鋒が鋭い。どんどん鋭さを増していく。
今度はビリーが先に降参した。
「貴族猫の女性は平民猫との付き合いを嫌がる。理由は……」
バーバラが、それは? と促すと、なぜかパーシーがビリーの肩を叩き、代わって答えた。
「それは、貴族猫の大人教育で習ってくれ」
私が調査を依頼した時に、大人教育を受け終わったか聞かれた事を思い出した。どうやら、とても大切な事を教わるようだ。
パーシーは続けて言った。
「大雑把にまとめると、平民猫は強いオスを求めるので、貴族猫の男はすごくモテるんだ。普通の猫よりずっと強いからね。黙っていてもメスが寄ってくる」
「ただモテるだけなら問題はないと思うけど」
バーバラが首を傾げたので、そうなんだけれど、と言い淀んでからパーシーは続けた。
「平民猫は子供を作りたくて寄ってくるんだ。だけど貴族猫が相手では子供が出来ない。だからあまり好ましくない」
私は以前聞いた話を思い出し、口を挟んだ。
「平民猫と恋に落ちることもあるって聞いたけど?」
「そういうこともあるよ。でもさ平民猫は早く年を取ってしまうから、辛い思いをするよ。だから恋人でいる期間は短いのが普通だ」
ミーアはダンがすごくもてている様子を想像してみた。すると、嫌な気分が湧き上がってきたので、それを振り払おうと頭を振ってみる。
そこでバーバラがもっと具体的なことを質問した。
「ねえ、強いオス猫ってどう決まるの?」
「それはメスを争ってバトルするんだよ。最終勝者が強いオスだ」
「何匹もの雄が集まって戦うの? 何で集まってくるの」
そこからはビリーが説明を買って出た。
「雌が匂いを出して誘うんだ。その匂いで雄達が集まり戦う。それに勝ち残った雄がやっと、雌に近付くことができる。その一匹だけに権利が与えられるのさ」
ふ~ん、とバーバラと私が半分頷いた。
「それから少しずつ傍に近寄っていって、毛繕いをしてあげたり、何かプレゼントしたりしてご機嫌を取る」
私は感心した。
「大変ね」
「そうなんだよ。そうして少しずつ仲良くなって、彼女に引っかかれたり、叩かれたりしないのを確認しつつ、やっとカップルになれるんだよ」
やれやれという様子でビリーが締めくくったので、私は労っておいた。
「お疲れ様です」
そこで、バーバラがまた質問した。
「叩かれたりしたらどうなるの?」
「あなたはタイプじゃ無いわ。あっち行って、ということだ。すごすごと去るしかない。戦って勝ち抜いて、がんばって尽くして、振られるってこと」
私は猫の世界は大変だなあ、と雄たちをかわいそうに思った。
それに、うまくできていると感心していたら、パーシーが、猫の世界だけじゃないぞと言う。
「それは人間の世界でも同じだ。一番はじめのバトルがないだけで、後は同じことだよ」
お父様がハッとしたように言った。
「そうだね。全く一緒だよ。詩やプレゼントを贈ったり、必死でダンスに誘ったりしてご機嫌を取るのだ。人間の女性は叩いたりしないけどね。代わりに言葉と態度で打ちのめしに来る」
ああ、そうそう、と茶黒コンビが相槌を打った。
「きついのは、ご機嫌取りのプレゼントはにこにこして受け取ってくれるので、これは脈ありと思って手を握ったら、途端に振り払われるパターンだよ」
ああ、そうそう、猫の雌にもいるよな、と茶黒コンビがまた相槌をうった。
「始めのバトルに当たるのは婚約を取り付ける根回し合戦かな。これには地位とお金が物を言う。時に本人の意思を無視して進むことがあるので、そういった結婚は不幸せな家庭を作り出してしまう。猫の国のやり方の方が正しい気がするね」
随分と大変そうで、私は不思議に思う。そんなに苦労してまでカップルになりたいのは何故だろう。それを聞いてみたら、パーシーがちょっと待ってねと言い、少し考え込んだ。
「妹に聞かれた時に、なんて答えたか思いだそうとしたけど、確か大人の貴族猫教育を受けろと言ったように思う」
「結局それなのね。わかったわ、早めに受けられるよう、宰相に頼んでおきます」
「ダンに会うのはその後のほうがいいよ。それからにしよう」
三人揃って嬉しそうにそう言う。なんだか丸め込まれたような気がするけど、これでいいのかしらと首を傾げていたら、バーバラが助けてくれた。
「待って、今日何処に行って何をしたか、まだ聞いていないわよ」
あ、そうだった。私はびっくりした。何の話をしていたのかすっかり忘れていたのだ。キッと三人を睨んで、答えを待った。引かない気構えの私とバーバラを見てから、パーシーが渋々答えた。
「ダンの家の前に行ってみた。ダンが二匹の雌猫に囲まれていた。ミーアに会わせるのを考えたほうがいいかもしれないと思った。それで1杯飲みながら相談して戻ってきた。以上だ」
始めから、そう言えばいいのに、何をためらっていたのだろうか。パーシーの言葉を、バーバラがわかりやすく言い換えてくれた。
「ダンを偵察に行ったら、女を侍らせていて、ミーアを同じように扱わないか心配になった。そして酒場で散々こき下ろしてから帰ってきたってことね」
バーバラが私の方に向き直った。
「ミーア、質問はない?」
「雌猫って、横縞の長毛種?」
「白い猫と黄色っぽい茶色の猫だったよ」
パーシーの言葉を聞いたら、急にカッと腹が立ってきた。
「一体何人ガールフレンドがいるのよ」
「そうだろう。私もそう思って、言い出せなかったんだ」
お父様が嬉しそうだ。
「僕たちもミーアのことは妹のように思っているんだ。だから変な奴を近付けたくない」
「そうだ。あんな女癖の悪いやつは論外だ」
三人ともすごく嬉しそうにダンの悪口を言っている。
バーバラが、私のドレスの袖をちょっと引っ張った。
「まずは、その大人の貴族猫教育とかいうの、受けてから考えなよ」
今日のバーバラは、すごく頼りになる。
次回から、『第三章 隣国から来た男達』にはいります。
ミーアが十五歳になってからの話です。




