バーバラとリンス
お人形を買いに行った1週間後、リンスが伯爵邸に遊びにやってきた。
さすが王女様。綺麗な立居振る舞いで、屋敷の使用人たちを驚かせ、お父様に至ってはファンになってしまった。
以前、バレエ鑑賞で会った時は、あまり印象に残らなかったそうだ。侯爵夫妻の迫力で霞んでしまっていたのだろう。
リンスは目立つ。こんなに可憐で綺麗な子が目立たない訳がないのだ。
今回はバーバラにもリンスを紹介した。
マナーの面で失礼がないか教師に相談したら、挨拶は完璧と太鼓判を押された。食事マナーや会話での言葉遣いは、まだちょっと不自由だそうなので、挨拶のみとなった。
バーバラは貴族令嬢として恥ずかしくないご挨拶を披露し、屋敷の皆を感激させた。特にお父様は、目をウルウルさせて喜んだ。
その様子に、リンスは驚いたようだ。たかが挨拶一つで何を騒ぐのだろうと、きょとんとしていた。お茶を飲みながら、バーバラのこれまでのことを話すと、ぜひ話をしてみたいと言い出した。下町の生活についても聞いてみたいと言うのだ。
それでバーバラを呼んでもらった。
「バーバラは、時々下町言葉が混ざって、乱暴な言葉遣いをするけど、怒らないでね。もう少しで淑女になるから」
リンスは頷いた。
「乱暴な言葉遣いが楽しみよ。聞いたことが無いもの」
そうね。淑女になってしまったら、乱暴な言葉も無くなってしまうから、今のうちね。
バーバラが侍女に伴われてやって来た。
そして三人でお茶を飲みながら、仲良く話をした。
始めはそうだったのだ。
雰囲気がおかしくなったのは、バーバラが、パーラーでミーアのプリンパフェを分けてもらった、と話したところからだった。
「ミーアったらクレープを全部譲ってくれたのに、大好きなプリンも半分私に分けてくれたの」
バーバラが目をキラキラさせながら喋っている。
それを見るリンスの目が何故かとんがって来た。
「私だって、一緒にパーラーでイチゴのパフェを食べたわ。プリンは苦手だし、私はおねだりなんかしないもの」
バーバラの目は細くなっていった。これは猫のケンカ開始の睨み合いに、よく似ている。でも、どこにケンカの要素があるのかしら。
「ミーアは毎日私にマナーについて教えてくれるの。すごく良いお姉様なのよ」
「ミーアはいつも私のために、新しい事を用意してくれるの。とっても色々考えてくれるのよ」
ここで私は、ボクシングの試合のカーンという音が聞こえたような気がした。開戦の合図だ。
リンスが王女のパワーと威厳で、高圧的な上から目線なのに対して、バーバラは下町スタイルなのか、下から睨め上げるような感じだ。どちらも怖い目つきをしたまま睨み合っている。
猫だと次は戦いの短い低音ボイスで威嚇、次に濁音の叫び合いと体当たりに進むが、そんな事をここでされたら嫌だ。
それにバーバラは人間なので、リンスよりずっと弱い、はずだ。
リンスの侍女たちの目も、困ったことに臨戦態勢。バーバラは脅威ではないわよね。
私は思いっきり、侍女二人を睨みつけた。それで、二人は平静を取り戻したようだ。子供のケンカに本気出さないでください。
困ったなあ。どうしようかなと思ったが、急に面倒になってしまった。
だって、ケンカの理由がよくわからない。
それで、わざとガタッと音を立てて椅子を立った。
「スイーツの追加を頼んでくるから、仲良く待っていてね。リンスには、イチゴ、バーバラにはチョコレートのアイスクリームね。私はリンゴソースにするわ」
そう言って、素早く部屋から出た。引き留められたら面倒だ。侍女たちに、お願いねの目配せをしておいた。
ベルにアイスクリームを運んでもらい、一緒に戻ってくると、二人はむくれた顔で黙って横を向いていた。
どうやら仲直りはしていない。でも戦ったりもしていないよう。とりあえず、よかった。
「はい、イチゴ、チョコレート、リンゴよ。さあ、どうぞ」
どれもすごく美味しそうだ。薄く焼いたラングドシャが添えられている。我が家のコックは腕が良いもの。
バーバラが、なんだか甘えてきた。
「ミーア、私リンゴも食べたいな。少し分けて」
「良いわよ。リンスも食べてみる?」
「あの、私は分けて食べるなんてしたことは無いわ。そんなの、駄目なのではないの?」
「そうかしらね。今度マナーの先生に聞いておくわね。じゃあいらない?」
バーバラが妙に甘えた声で、催促した後、淑女会話だけど、微妙に嫌な言い方をした。
「駄目だと思っている人に勧めたらいけないわ。さすがに侯爵令嬢はお品がよろしいこと」
これは淑女教育の次の段階、きれいな言葉で相手を巧妙に攻撃する技ではないだろうか。もうそんなところまで進んでいるの? 才能があるのかしら。
バニラアイスクリームとリンゴのジュレを、サーブ用スプーン二匙分くらい、チョコレートアイスの横に盛って渡した。バーバラは凄く大げさな仕草でリンゴのアイスクリームを口に運んだ。
「おいしい。ミーア、ありがとう」
リンスが悔しそうな、泣きそうな顔をして見ている。なあんだ、やっぱり食べたいのね。リンスのイチゴアイスの横にもリンゴのアイスを載せてあげた。
「食べてみて。ここにはマナーの先生も、お小言を言う大人もいないわよ」
リンスは、チラッと侍女たちの方を見た。侍女たちはスーッと目をそらし、知らん顔をした。
私がもう一度、どうぞと言うと、パクッと口に運んで、美味しいし、なんだか楽しい、と言って口をムニョムニョさせた。そしてパアッと笑顔になった。
可愛い。
バーバラも驚いたようだ。
二人とも、さっきの睨み合いが嘘のように笑顔になっていた。
バーバラがチョコレートのアイスをミーアの皿に盛って、チラッとリンスを見た。目が合ったリンスがなあに、という表情をすると、リンスの皿にもチョコレートアイスを盛ってあげた。
「こっちも食べたら。おいしいんだから」
リンスがもじもじしながらいちごも美味しいのよと言って、自分も同じようにアイスクリームを分けてあげた。
そして頬を赤くして言い訳をした。
「淑女は頂いたものにはお礼をしなくちゃね」
バーバラは、横を向いて口を尖らせたけど、やっぱり顔は笑っていた。
リンスが帰るときに、バーバラがさようならの次に横を向いて言った。
「また来てもいいよ」
リンスも横を向いて言った。
「来てあげてもいいわよ」
私は悩んだ。これは仲が良くなったというのだろうか。




