泣いたミーア
家に戻ると、屋敷がいつにもまして明るくにぎやかだった。
門の外に立っただけで、お祝いごとがあるのが分かるほど。
門から屋敷の入り口まで、ずっとランタンが置かれ、道が照らされている。松明も門近くと、屋敷近くにワンセットずつ置かれ、辺りを明るく照らしている。
『お帰り』と、『大好き』を明かりで表しているように見える。
これが今日は特に胸に響いた。
門が開けられ、ランタンの道を馬車で入り口まで付けて貰うと、すぐにドアが開いた。
出迎える執事の後に、バーバラがちょっと隠れるような感じで立っていて、チラチラ覗いている。
その後ろには、公演会場から一緒に伯爵邸に来ていた、パーシーとビリーとナターシャ先生の顔もある。皆、にこにこと嬉しそうな顔で出迎えてくれている。
私はバーバラに駆け寄って、抱きしめた。
ありがとうと小さく言うと、顔が真っ赤になるのが見えた。
ふ、ふん。と言ってそっぽを向いている。相変わらずのバーバラ。
お父様が、二人をまとめて抱きしめた。
「ありがとう。バーバラ。ありがとう。ミーア。二人がいてくれて、僕は世界一の幸せ者だよ」
玄関で抱き合っている三人にパーシーが声を掛けた。
「こんな所でどうしたんですか。誕生日パーティーの雰囲気とは違うけど、何かありました?」
お父様がウインクして言った。
「バーバラがミーアのために準備を頑張ってくれたんだ。感激してしまったよ」
パーシーは何かを感じ取り、合わせてくれた。
「ああ、素晴らしいですよね。バーバラ嬢、お見事です。ミーア幸せだね」
そう言われて、我慢していたものが切れた。
目を見開いてパーシーを見つめたままで、涙だけが頬を転げ落ちていく。
これには、パーシーも、バーバラも、使用人達も驚いた。
口も手も出しかねて見守る中、お父様がもう一度私を抱きしめてくれた。
「優しいミーア、お前の気持ちはわかるよ。まずは私と話をしよう」
使用人達に準備を進めるように指示し、パーシーとビリーとナターシャに、一緒に聞いて欲しいと頼んだ。
他のお客様が来る時間まで一時間ほどある。その間にミーアを落ち着かせるから大丈夫だと、皆を安心させた。
そして、気分の落ち着くカモミールティーを持って来てくれと、侍女に指示した。
バーバラはいつものように拗ねたりせず、黙って準備に戻った。
パーシー達と一緒に伯爵の部屋に入って座り、運ばれてきたカモミールティーをみんなで飲んだ。
私には、こうやって慰めてくれる人達がいる。
そう思うと、また涙が沸き上がって来る。
その涙を、お父様がハンカチで拭きとってくれた。
「ミーアは幸せだね。でも、それでプリンセス・ブルーに負い目を感じることは無いんだよ。生き物は、それぞれの生を生きている。
勝手に相手を不幸だと決めつけるのも違うんだ。もしかしたら、間違うかもしれない。人の気持ちの本当のところなんて、わからないものなんだよ」
ナターシャ先生が私の横に座って、軽く抱きしめてくれた。
「女王の家族と対面したのでしたね。何があったか、教えていただけますか?」
お父様は、私と女王一家との対面の様子をはじめから順に話した。
そして自分が感じたことを話した。
「彼らはミーアに親子の情はおろか、好意すら持っていないのが分かった。それはプリンセス・ブルーに対しても同じだった。ミーアとプリンセス・ブルーも同じく、彼らに何の情もないようだ」
パーシー達は、軽く驚いていた。普通の猫は親離れすると、親子の情を切るし、それは女王も同じだと知っていたが、何らかの感情があるものと思っていたようだ。
「ミーアがあくまで、伯爵家の長女として彼らに向き合った事が、うれしくて誇らしくて、僕の方が泣きそうだったよ」
パーシー達は、その話にうんうんと頷いた。
「それに、最初、お互いに静かに見つめ合っていた間、僕は凄く緊張したよ。声を掛けてはいけないような緊張感がすごかった」
「それは、敵か味方かわからない相手に出会った時の本能です。しかも、自分と能力が拮抗している場合のみ。普通は一目で力の上下関係を判断し、立場が決まります。女王とそれをする力を持つ相手はめったにいませんよ」
ビリーが説明してくれた。
「それで、どちらが先に目をそらしたんだい?」
お父様が、確かね、と話し始めた。
「父親のネイトという人が、それは女王に対して不敬だと言ってから、一緒に目線を外した、かな。それまで、女王夫妻対ミーアで見つめ合っていたよね」
ミーアは話に引き込まれて、泣くのを忘れていた。
「そうよ。二人共、体も魔力もとても強い個体だったわ」
「ミーア、猫の国最強の二人に対することができるなんて、どれだけ強いんだい」
「そうなの?」
パーシーもビリーも、ナターシャ先生も、女王一人とでも、そんなことは出来ないと言う。
お父様がおずおずと聞いた。
「そんなに強いと知られたら、やっぱり次の女王になれとか、もしくは逆に、目障りだとかならないかね?」
「それはありません。もう、次期女王は決まっています。そんな面倒なことはしませんよ」
「あっさりしているんだね。良かった」
お父様はほっとしたようだった。
「じゃあ、ミーアは何を泣いていたの」
三人は、私を取り囲んで聞いてきた。
「プリンセス・ブルーには周りに誰もいないの。両親もおじいさんも、お父様やバーバラも、茶黒コンビもナターシャ先生もいないの。
もしかしたら私が彼女だったかもって思ったら、絶対に嫌で、でも彼女はそうで、悲しくて、でも私は幸せで、それで涙が出たの」
あ、そういうこと、とビリーが言った。
「ミーア、多分プリンセス・ブルーは、それを不幸だと知らないと思う。こんなものだと思っているのじゃないかな。それがいいか、悪いかはわからないけどね」
私は首をひねった。不幸だと思っていないのなら、不幸じゃないのよね。
さっきお父様が言っていた、人の気持ちはわからないって、そのこと?
う~ん。難しい。わからない。寝ようかな。
パーシーが答をくれた。
「わからないことは、今度考えよう。今から誕生日パーティーだよ。バーバラも侍従長も侍女長も他の皆も、ミーアを心配して待っているんだよ」
「そうね。皆を安心させなくちゃ。あのバーバラが大人しくしていたもの。すごく心配しているのよね」
お父様が相好を崩した。
「最近バーバラがかわいいんだ。すごく思いやりがあって、それを照れ隠しするのが、またまたかわいくて」
エネルギーが満タンになった気がした。とにかく今、私を好きで、心配してくれているみんなのところに行こう。そしてみんなに大好き、ありがとうと言おう。
私は急いでパーティー会場に向かった。会場で待っていた侍女長が、目が腫れていますよ、と叫び、慌てて目の周りを温めたタオルでほかほかにしてくれた。心もどんどん、ほかほかになって行った。




