レジーナ侯爵邸様 貸し切り公演の依頼
バーバラの淑女教育は、最初心配したほど難しくはなさそうだ。なんだかんだと文句を言いながら、結構しっかり覚えていく。先生も、やっと定着したのだった。
お父様と侍女長がほっとして喜んでいる。
そんなある日、国立バレエ団で、レジーナ侯爵家貸し切りのバレエ公演の話が発表された。レジーナ侯爵家からの依頼で、娘の誕生日祝いだそうだ。午後がバレエ観賞で、夜は侯爵邸で誕生日パーティーをするので、十一歳の子供が楽しめる演目をとの事だった。
演目は一か月後に公演予定の『くるみ割り人形』に決まったそうで、キャストは公演時と同じ。ただし、クララ役の初めの部分が私に割り当てられていた。
人形とネズミたちの戦いまでを私が踊り、乙女に変身したクララが雪の世界に旅立つ所からは、ナターシャ先生が踊ることになっている。
他のメンバーは練習が進んでいるので、ミーアの練習が残るだけだ。半月程度だが、ミーアも踊ったことがあるし、先生のお墨付きも有るので、皆と合わせる練習だけで充分だと言う。
レジーナ侯爵家の令嬢と同じ年頃だし、少女の役だからぴったりね、と皆が言うが……
目立つ役だし、レジーナ家の公演で目立つのはどうなんだろうと悩み、ナターシャ先生に相談してみた。
ナターシャ先生も、どうだろうと考え込んで答えが出なかった。これは、やはり宰相に聞かねば駄目だろう。
すぐに侯爵邸に向かい、宰相に時間を取ってもらい、事情を話した。
すると、宰相から意外な話を聞かされた。
「これは、ミーア嬢と、女王と王女の顔合わせのために、考えられた事なのです。今まで全く会う機会がありませんでしたが、このままではまずいと思います。
これからは人間の国の学校にも通い始める事でしょう。大人への第一歩です。伯爵家の娘として、侯爵としての女王様、王女様と会うこともあるはずです。今後のためにも面識を持っておく必要があります。どうせなら、是非得意な踊りを、お二人にも披露してください」
そういう事かと、ほっとしたら、なんだか腹が立ってきた。
「それなら、そうと先に言っておいてください」
宰相に文句を言うと、すまなそうな顔をした。なんだかいじめたみたいで胸がズキッとしたけど、本当に困ったんだからと思い、ふ、ふんと言ってしまった。
これはバーバラの癖だわ。やっぱりバーバラに似てきている。
「まあ、理由は解りました。でもわざわざその場で会う理由は何? ここで会えばいいのではないの」
そう聞いたら、思いがけない事を言われた。
女王は、猫の国の中枢であるこの屋敷には住んでいないそうだ。秘密保持のためにも、人間たちと交流するための屋敷を別に構え、この屋敷に人間が立ち入る機会を少なくしているという。
子供が産まれてからの四ケ月はここで暮らしていたから、ここにいるのだとばかり思っていた。だからと言って、会えると期待していたわけでもないから、ちゃんと親離れしているのだと思う。
亡くなったお爺さんには今でも会いたいし、お父様に会えなくなったら悲しい。この違いはなんなのだろう。
そう宰相に言ったら、さっそくその言葉をメモして、学者猫に調査させねば、と張り切り出した。
家に帰ってその話をお父様にしてから、はっと気付いた。
レジーナ侯爵家の娘の誕生日は私と一緒だ。
私は忘れていたが、そういえば十一歳の誕生日なのだ。
「来月は誕生日だあ」
そう叫ぶと、お父様とルルがびくっとしたので、問い詰めると、サプライズでパーティの支度をしていたと白状した。
私がすっかり忘れているようなので、驚かせようと思ったそうだ。
「今、驚いたわ」
そう言ったら二人が笑った。
「では、公演から帰ってきたらパーティだよ。楽しみにしておいで」
言ってから、お父様がまた変な顔をした。
「お父様、今度は何を隠しているんですか?」
「ミーア、王女の誕生日なら、お前の母親と姉が会場で公演を見ているはずだろ? 会ってしばらく一緒に過ごしたくはないかい? それと、王女の誕生日パーティーにお前は招かれていないのかい?」
ああ、そういえば、そうかなあ。
お父様に、ちょっと考えるから待ってくださいねと言い、考えてみた。
「まずは、会いたいかどうかと言えば、どっちかなあ、どっちでもいいけど、興味はあるかなあ。宰相に言われたように、その必要はあるわね。
猫の国の会議には女王は出席しないの。だから直接会ったことが無いんだけど。年に一回、このパーティに顔を出すらしいわ」
お父様はまたまた変な顔をする。少し小さい声でおずおずと聞いてきた。
「九歳の時と、十歳の時には行っていないよね。呼ばれなかったのかね?」
「呼ばれたけど、家の誕生日パーティーと重なるので断ったの。だって、自分の家の方が大事だもの」
ミーア、と叫んでお父様が私に抱きついた。
当たり前のようにそういう私に、伯爵は感激している様子だった。感激しすぎて、腕に力が入りすぎたので、私は背中をパンパンと叩き、緩めてねと頼んだ。
「ああ、ごめんよ。ミーア」
ルルが二人に、椅子に座りませんかと勧めてくれた。
二人共椅子に座り、顔を見合わせて笑い合った。なんだか照れくさい。
「じゃあ、誕生日は忙しいね。午後は侯爵邸でバレエの公演に出場して、母親と姉に会って話して、それから家に戻って誕生日パーティーだ。本当に忙しい一日だ」
そう言ってから、はっとしたようにこっちを見た。
「来月の公演では、ミーアは出演しないんだったよね。じゃあ、この公演でしかミーアのクララが見られないんだ。なんてことだ」
お父様がガクッとうつむいた。
そのうちに機会があるかもしれないから、と慰さめたけれどへこんだままだ。見かねた私は、バレエ団の先生に頼んでみるわ、と言ってしまった。
お父様の顔がぱあっと明るくなった。
あ~、私の事が好きすぎる。恋人ができたら、一年くらいかけて小出しに慣らしていかないと、きっと寝込むわ。バーバラにも教えておかなくては。
機嫌が良くなったお父様が、誕生日パーティーに誰を呼びたいか聞いてきた。
本当は、ナターシャ先生も、茶黒コンビも呼びたいけど、王女様のパーティーに出ないといけないだろう。去年までは何も考えなかったけど、今はそういうことも、少し考えるようになっている。
私は少し大人になったのだ。これは言ってはいけないのだろう。
ところがお父様が言った。
「ナターシャ先生と、パーシーとビリーも呼ぼうか。聞いてみようよ。来てくれるかもしれないだろう?」
お父様って、自由なのね。
猫の私よりも自由な心を持っている気がする。それで聞いてみようかな、という気になった。
次の日、ナターシャ先生に聞いてみた。
「お招きありがとう。ぜひ出席させてね。プレゼントを楽しみにしていてね」
その日のうちに茶黒コンビに連絡を取って、彼らにも誕生日パーティーの事を話してみた。
「おめでとう。絶対に出席するよ。プレゼントは何がいい?」
唖然として、聞いてみた。
「ねえ、王女様の誕生日パーティーに出なくていいの?」
「そりゃあ、行きたい方に行くさ。当たり前だろ」
なんてことでしょう。いつの間にか私は、お父様より人間っぽくなってしまったのかもしれない。




