妹の淑女教育
夕食が終わり、部屋に戻ったバーバラは、今までの事を思い返していた。
バーバラは攫われた後、綺麗な服を剥ぎ取られ、ボロボロの服で少し離れた街の、街道筋に放り出された。
そのため捨て子と間違われて行商人の一行に拾われた。それからは、そのまま旅から旅への生活を続けていた。
先月からまた同じ街に来ていて、商人たちと一緒に働いているバーバラを、伯爵の知人が見かけたそうだ。バーバラは亡くなった奥方にとても似た容貌で、特に焦げ茶色の特徴的な癖っ毛は小さい頃と変わらなかった。
知人はバーバラと商人たちを呼び止め、素性を聞いた。捨て子だったと聞き、事情を簡単に話し、すぐに伯爵邸に知らせに走ったのだった。
伯爵は一目見て、自分の娘だと言った。やっと、今回こそ本当に本物だと言いながら、伯爵が涙を流したまま両手を差し出すと、バーバラは後ずさった。
気まずい間の後、商人たちのおめでとうと、淋しくなるよ、という言葉に送られ、バーバラは伯爵の後に続いて、宿泊していた簡易宿から出て、この屋敷にやって来たのだ。
バーバラは急な立場の変化に戸惑っていた。昔の事は少ししか覚えていない。
連れて来られた屋敷はとんでもなく大きく、今まで泊まっていた宿泊所や、良く寝泊まりした幌馬車と比べることもできない。
ここに六歳まで住んでいたなんて、バーバラにはとても信じられなかった。
何か見覚えがないかと部屋を見回したが、全く何も思い出せないので、これは何かの間違いじゃないかと考えた。
だから追い出されるかもしれないし、それなら行商の皆がいる内に帰らないと、置いて行かれてしまうだろう。置いていかれるのはすごく怖かったので、バーバラは気が気ではなかった。
そう考えていたら、幸せそうな親子が挨拶にやってきた。
すごく可愛い女の子は、綺麗な服を着て伯爵と手を繋いでいる。一ヶ月年上の姉って何だろう。訳が分からないし、なんだか気分が悪い。
だから嫌いだ、と決めた。
そして広い食堂に行き椅子に座ると、テーブルの上にナイフやフォークがたくさん並べられていた。こんなに一杯何に使うのだろうと、バーバラはいぶかしく思った。
使用人が小さいお皿をバーバラの前に置いたが、量が少なすぎて呆れてしまう。
何かを揚げたものに何かがかけてある。きれいでおいしそうだけど、一口分にしかならない。こんな少しじゃ足りないと思い、パンを掴んで食べた。
パンは小さいのが三種類あったので、全部食べてしまった。これで終わりなら、いつもの食事の方がずっといい。豚肉の塊の煮たのと大きな茹でたジャガイモとカブとか。
そうしたら、また新しいお皿が前に置かれた。今度はさっきより少し量が多くて、食べごたえがありそうだった。パンも追加でお皿に盛られた。
食べようと思ったら、さっき使ったスプーンが無くなっていた。給仕の人が持って行ってしまったのかもしれない。
大量にあるスプーンやフォークやナイフの中から、バーバラは適当に選んで食べてみた。
ひき肉の塊のような物がお皿に載っている。周りにパイが巻いてある凝った料理だ。一口食べるとすごくおいしかった。お腹が空いていたので、パンに乗せてかぶりついた。
満足したので、ごちそうさまをしようとしたら、スープが運ばれてきた。
驚いてしまった。スープがメインの後に出るなんて、貴族の家って変わっている。
仕方なしにスープを食べて、終わりかと思ったら魚料理がやって来た。
こんなに色々出て来るなら先に教えてくれたらいいのに、と気分が更に下向いた。
お父様(だと言う人)が、バーバラを見てこんなことを言う。
「バーバラ。気にせず好きなように食べなさい。僕たちも同じようにするから」
今までも普通に食べているのに、何を言っているのだろう。全く訳が分からない。そして二人は笑いながら楽しそうに食べ始めた。
何が楽しいのか、まるで分らないので、一人黙々と、食べられるだけ食べた。
食事は美味しかったけど、食べすぎてお腹が苦しくなってしまい、気分が悪かった。親子が楽しそうなのも気に入らない。
何か面白い事があるならわかるが、何で笑っているのかバーバラにはさっぱりわからない。
もしかしたら、自分の事を笑っているのだろうか。だとしたら嫌な人達だとしか思えなかった。
じろっと見たら、伯爵が困ったような顔をした。
二日後から、マナーのお勉強が始まり、午前中がそれに充てられた。
仕事は何もなく、勉強するのがバーバラの仕事だと侍女長に言われた。
(まあ、優雅なこって。さすがお貴族様だ)
バーバラは心の中で毒づいた。
洋服は、姉? のミーアのおさがりを貸してもらっている。バーバラの方が少し小さいので、ちょうどいいのだ。今度みんなでブティックに買い物に行こうと約束しているが、この服で充分だと思うのに、個別に新しく買うのだと言い張られた。
無駄なのではと思う。
だけど文句を言える立場ではないから、黙っておいた。
そしてこの淑女教育には、バーバラは既にうんざりしている。
真直ぐな姿勢が、きれいなお辞儀が、ハンカチの使い方が、何の役に立つと言うのだろう。
仕事だというからやっているけど、覚える理由が全くわからないので、力が入らない。適当にやっているのがわかるのか、先生の顔が険しくなっていった。
そして一週間後、先生が別の人に変わった。
「レディ・バーバラ。これからよろしくお願いしますね」
そう言って挨拶した先生が、一週間後また別の人に変わった。忍耐力のない先生が多いようだ。
そして、今朝はお父様がやって来て、授業の様子を見学している。ミーアも一緒だ。
「さあ、お嬢様、お父様とお姉さまに朝の挨拶をしてみてください」
そう言われて、脚を曲げてお辞儀をしてから、『お父様、お姉さま。おはようございます』と言った。これで合っているはずだ。
お父様が拍手をしてくれた。ちょっと気分がよくなり、バーバラは鼻をこすった。
お姉さまはちょこちょことこっちに近付いて来て、脚の曲げ方を指導する。ここをこのくらい曲げて、背中はこうね。そしてやってみて、と言う。
それでもう一回やったら、さっきのよりずっと楽で自然に動けた。
お父様がさっきよりもっと大きい拍手をした。なんだか、うれしい気持ちになった。
ミーアお姉様が言う。
「私は二年前に教わったの。その時よりずっと上手よ」
更に気分がよくなり、バーバラは乗せられたような気がしたが、気分がいいのは確かだった。
乗せられついでにお姉さまに、こんなことを習って何になるの? と聞いてみた。
「この先、色々な人と会うことになるけど、貴族界ではこれが出来ないと馬鹿にされるの。だから覚えないといけないのよ」
それは初耳だった。どの先生もそんなことは言わないから、面倒なだけだった。でも馬鹿にされるんなら、私だって必死に覚えるよと、バーバラは間抜けな先生たちに憤りを感じた。
だから、その日以降、バーバラは頑張って淑女教育を受けている。




