南茶亭菓子物語 〜金魚を美しいままでいさせる方法〜
〜この番組は、南茶亭製菓の提供でお送りします。〜
河岸司は、ある夏の朝、金魚にえさやりをしながら考えた。
金魚の時を止められないだろうか。
えさが入っていた缶が空になったため、妻を呼んだが、なかなか来ない。まだ御飯の後片付けをしているのか? と、司は台所をのぞいた。
妻は片手鍋に入っていた水らしきものを、バットに流し込んでいた。
「何をしているんだ。三度も呼んだぞ」
おたまを持っていない方の手を口に当てて、妻は小さく叫んだ。
「申し訳ございません。豆かんをこしらえておりましたの」
豆かんとは、四角く切った寒天と赤えんどう豆に黒蜜などをかけたおやつだ。七歳の娘と、五歳の息子がこの時期好んで食べていた。
「この液が寒天なのか」
生まれてこの方、料理をしたことがない司は、寒天がどのようにできるか、全然知らなかった。
「はい。天草という海藻でできた棒寒天を柔らかくなるまでお水で戻します。水気をしぼり、細かくちぎって、お鍋にかけて別のお水に溶かし、型に移して冷やし固めるのです」
若い妻は、司と長く話ができて嬉しそうだった。
「みかんやいちごなどの果物を閉じ込めると、いっそうきれいなのですよ」
「閉じ込める、きれい……」
司は雷に当たったかのような衝撃を受けた。
「……試すべし」
後で台所を使っても良いか、妻にきいた。妻はきょとんとするも「はい、旦那様のお家ですから」と返事した。
寒天で、金魚を美しいままでいさせる。司は、妻が言っていたように棒寒天を溶かし、先日買ってきた金魚鉢に流し込んだ。熱が取れたら、そこに真っ赤な金魚を泳がせ、水草を添えて冷蔵庫の奥へ収めた。
「まあ、旦那様。あんなに可愛がられていた金魚を……」
昼食が済み、司は冷たい金魚鉢をちゃぶ台に置いて、妻子に見せた。
「かわいそうだわ、父様ひどい」
「つまんないの、これじゃあ手ェ突っ込んで、遊んでやれないよ」
娘は泣き出し、息子は唇をとがらせた。
「静かにしなさい。私は、金魚の時を止めたのだぞ。魔法のようではないか」
妻は子ども達をあやしつつ、動かない金魚と誇らしげに笑う主人を交互に見た。
「この方法に名前を与えよう。金魚久換法、金魚を幾久しき物に置き換える、素晴らしきかな!!」
河岸司は、後に「寒天の父」と呼ばれ歴史に名を残す。金魚久換法は、彼の後を継いだ息子が「風情が足りない」として「錦玉羹」に改めたのであった。
錦玉羹の由来、いかがでしたか。次回は練り切りです。
あとがき(めいたもの)
改めまして、八十島そらです。
昔話をひとつ。友人宅の水槽に、赤っぽい玉がぎちぎちになって入っていたので、何かと訊ねましたら、数年前に縁日ですくった金魚だと返ってきました。林檎ぐらいの大きさに育ってしまい、次の休みに新しい水槽を買いに行くのだそう。えさは市販の物かちぎった食パンでした。金魚の大関、私はそう勝手に名付けました。