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お客様は神様だというけれど

作者: 四片皐月

「なぁ、知ってるか? この店、神様が客なんだそうだ」


 ある店の前で、(ふる)くからの友が言った。

 窓ガラスの向こうに見える店内は賑わっているようで、色々な客が商品の置かれた透明な箱を覗き込んで品定めをしている。

 客の前で笑顔で接する店員たちは、皆、人の子のようだ。

 客が神とは、難儀なことだ。


「神なんて、一癖も二癖もある上に、人の子とは違う価値観を持っていることが多いからな」


 友が声をあげて笑う。

 友と同じように声を出して笑ったが、私はふと窓の向こう側がにわかに騒がしくなったことに気づいた。

 身なりを整えた店員、それもきっと店主やそれに近い役職と思しき者たちが、互いの身なりに不備がないかと確認しあいながら、10人ほどが店の外に出てきた。

 そして、入り口の前で一列に並んだかと思うと、皆緊張した面持ちで背筋をピンと伸ばして直立不動の姿勢をとった。

 何事だろうかと眺めていると、店に向かってしゃなりしゃなりと近づいてくる一団が現れた。

 美しい濡れ羽の髪を高く結った女性を中心に、ほっそりとした優男と筋骨隆々とした精悍な青年が左右に侍っている。


「今日は久方振りに店に赴くのじゃ。須佐之男(スサノオ)よ、人の子らを怖がらせるでないぞ」

「へいへい。わかっておりますとも、姉上」

「口が悪い! 金を出してやらんぞ!? おぉ、月読(ツクヨミ)は気兼ねなく欲しいものがあれば、姉に言うのだぞ?」

「お気遣い、ありがとうございます、姉上。ですが、欲しいものは自分で(あがな)いますので」

「奢ってくれるっていうなら、奢って貰えばいいのによ」


 わいわいと言い合っているが、中心の女性の後光でほとんど顔が影になっていてわからない。しかし、会話の内容から察するに、大神の来店のようだ。

 だから、かの店の上層部と思しき店員たちが勢揃いで迎えに出たということか。

 三柱の大神達はすっと音もなく自動で開いた扉も、一糸乱れることもない来店の挨拶にも気を止めることなく、店の中に入っていった。


「さすが、お得意様対応といったところか。大神だものなぁ」


 その様子を見ていた友が感心した声で評した。

 たとえ何千年経とうとも、あの三柱の大神は大神のままでいるに違いない。




 別の日。

 かの友と私はあの店の前を、偶然にも通った。別の日にも通りがかっていたが、その時には特に話題にのぼることもなかったのだが、その日は少しトラブルが起きていた。


「お、なんか今日は揉めてるみたいだな」


 友が面白がる様子で店内を覗き込む。野次馬のようで行儀が悪いと思った。しかし、店の出入り口になっている扉から慌てたように小柄な神たちが離れていく様が気になり、私も中を覗き込んだ。

 店の中では、商品を指差して怒気を顕に店員に詰め寄っている神がいた。

 確か、あの神は……人の子たちは「菅原道真(すがわらのみちざね)公」と呼んでいたような。

 元は人の子だったが、死後も荒ぶりすぎて祀られたことで学問の神になったという経緯があったはずだ。


「あー、何かだされた物が気に食わなかったのかね。荒御霊(あらみたま)の接客とは、大事にならないといいなぁ」


 同意をこめて友の言葉に頷く。

 神にも怒りなどの荒々しい面と穏やかな面がある。それぞれ、荒御霊(あらみたま)和御霊(にぎみたま)と言い表すが、荒御霊(あらみたま)の方で接すると、人の子にとっては世界が荒れることが多い。大抵は祈祷やらなんやらでご機嫌をとられるのだが、たまに封じてしまえ、という事件が起きたりもする。

 あの店でいえば、要するに警備員が出動して強制的に退店させられる、ということになる。


「強制退店が重なりすぎて、出入り禁止になったと言うのは今のところ聞いていないけど、今後は起きるのかねぇ……」


 ハラハラと見守っていると、店主が出てきて何やら話しているうちに道真公は落ち着かれたようだった。今は、お互いぺこぺことお辞儀をしあっているので、何かの行き違いが解決したようだった。

 胸を撫で下ろしていると、その奥で今度は客同士が揉めていた。男神が女神に向かって、何やら怒鳴り散らしている。


「貴様、いい加減にしろよ!! 我が主人を騙しただけでなく、我が同僚をクビにするよう唆したな!?」

「えぇー? さぐめぇ、わかぁんない。だましたりぃ、クビぃ? とか、しらなぁい」

「わからぬわけがないだろう!!」

「わかるわけがぁ、ないのよぉ?」


 上目づかいで小馬鹿にしたように男神の言葉を間延びした声で返す女神に心あたりがあった。天探女(アメノサグメ)だ。

 面識がないにもかかわらず、彼女の厄介さを注意するような噂をよく聞く女神だ。

 うわぁ、と辟易とした声で友が呻く。友は確か面識があったので、彼女に手を焼かされた時のことを思い出したのかもしれない。

 言い争う二柱の元へ、紺色の服を着た屈強な男が二人、走り寄った。

 警備員が到着し、今にも女神に殴りかかりそうになっていた男神を、どうどうと抑えている。


「は、放せ!」

「申し訳ありません、店内での暴力行為は看過できませんので。あちらでお話を聞かせてください」

「えー、さぐめもぉ?」

「お手数をおかけしますが、ご協力をお願いします」


 どちらも渋々と店の奥へと警備員に伴われて移動していった。

 周りの店員達が、残った神へお騒がせしました、と頭を下げていた。複数のトラブルが起きてしまうとは、運の悪いことだ。


天探女(アメノサグメ)は出禁にならんのかね……」


 友がうんざりしたように呟いたが、友も私もこの問いの答えは知っている。

 彼女が神だから、お客様なのだ。出禁にはきっとならないだろう。




 トラブルのあった日からそれなりになった頃。

 しばらく忙しくしていて、友には会っていなかった。最近は体調を崩しがちで、医者にかかろうと移動をしていると、またあの店の前を通りかかった。

 ちらりと横目で店内を見ると、小柄な神が8割、大柄で金や茶色の頭をした肌の白っぽい神もいるようだった。外国(そとつくに)の神も店に来るようになったんだなぁ、と感慨深く見ていると、店に向かって小柄な神が一柱近づいていく。

 小柄な神は店の扉の前で一度立ち止まり、悔しそうに扉の上を見上げた。

 ぴょんぴょん飛び跳ねてみたり、扉の前から一度離れてからまた近づいたりを3度ほど繰り返すと、ようやく扉が無音で開いた。

 はぁ、とため息をつきながら店の中に入っていく神は、どこか具合が悪そうに見えた。

 その一部始終を見守った私は、扉が静かに閉じていくのを見るのが怖くて、そそくさとその場を立ち去った。

 数日後、友と久しぶりに会うことになったので、この時の話をしてみた。

 店ができてからかなりの年月が経っているし、あの扉にもガタが来ているのかもな、と笑い話のつもりだった。


「それもあると思うが……俺は違う理由だと思う」


 険しい顔をした友は、ぐいっと湯呑みを仰いだ。


「ここ最近、具合を悪くしていてな。時々臥せっていたんだ。あまりにも頻繁に臥せったもんだから、医者にかかってみたんだよ。そしたら、昔よりも体は小さくなっていたり、やたら物覚えも悪くなっていないかって聞かれたんだ」


 湯呑みを置いて、友が不安そうに私を見る。その視線をうけて、私の心臓が早鐘を打ち始めた。

 友が何を言おうとしているのか、その言葉が私にどれほどの衝撃をもたらすのか。

 きっと、思わず倒れてしまうほどの衝撃を与える気がする。

 友もそう思ったのか、それとも別の意図があったのか、続いた言葉はあの店の扉の仕組みについてだった。


「あの店の扉って、客の『神様度』に反応するらしいんだ。大神が店に近づくと、店の裏で曲が流れて、来店を知らせてくれるんだと。だから、店長やら部門長やらが勢揃いしてお出迎えできるらしい」


 かつて見た日本国(ひのもとのくに)の大神たちが来店した時の様子が脳裏に浮かんだ。確かに大神が店の前にやってくる前に、店長やらが慌てて身だしなみを整えながら店の前に整列していた。扉も開いたのは大神達がまだ十数歩は猶予があるだろうというタイミングだった。

 かつて友があの店に入ろうとした時には、3歩ほど離れた距離で扉は音もせずに滑らかに開いたらしい。

 しかし昨年、来店した時には扉の前に立っても開かず、一度離れてから近づいてようやく開いたらしい。

 つまり、今日見たあの神のように、友もあの店の扉が反応しなかったということだ。

 背中に嫌な汗が流れる。

 私は最近見かける神は、皆小柄になっていることを思い出した。同時に昔馴染みの幾柱かの神とは連絡が取れず、今どうしているのかさえわからないことも。


「俺の後ろから続けて入ろうとした神がいたんだ。その神は、扉に挟まれていて、あわや大怪我を負うところだった。どうしてそんなことをしたんだ、と聞いたら『自分ではあの扉がどうやっても開かない』と言っていた。店の警備員が来て、その話を聞いて調べてくれたんだ。扉が誤作動を起こしたんじゃないかって。……でも、現実はひどいもんだった」


 警備員が調べたが、誤作動は起きていなかった。正常に動いていて、その時偶然通りかかった石長比売(イワナガヒメ)にはしっかり反応して開いたらしい。

 つまり、扉が「この客は神」とすぐに判別できなくなっていたことが原因ということだ。


「あの店は『神だけが客』だからな。神だって判定できないと扉が開かないようになってるらしい。でも、警備員はすぐに俺や怪我をした神のことを、『神様なのに、すみません』って言ってた。……つまり、まだ『神』なんだ。だから、扉も何度か試せば開くらしい」


 早鐘を打っていた心臓も、嫌な汗をかいていた背中も、友の言葉で悪化しただけだった。

 友が受診した医者になんと言われたのか、この話で察した。

 きっと私と同じことを言われたに違いない。


 あなたへの信仰心が薄れているので、神としての存在が揺らいでいるんです。

 こればっかりは、人間たちに信仰されるかどうかなので、薬ではどうにもできません。


 私も友も、その後は何も言葉を交わすことはなかった。




 その後、私も友も、困っている人の子を見かけたら手を差し伸べることにした。手を伸ばす時は、ちょっと大袈裟なくらい自己紹介をしている。

 最近の人の子は、あまり神の存在を意識しないようで、大袈裟なくらい自己紹介をしても聞こえていないのか、知らんぷりをすることも多いので、その度にちょっと涙ぐんでいたりする。

 そして、医者にかかってから数年後。私と友は、またあの店にやってきた。

 医者にかかり、信仰を取り戻すべく行動し始めた私たちは、行動の甲斐あってなのか、それとも人の子らが夢中になっているらしい「ねっと」や「げーむ」なるものによるのか。

 私も友も、扉の3歩手前で開くようになっていた。

 それが維持されているかの確認もかねて、店に買い物に来たのだ。扉が開くのを見て、友とともに、胸を撫で下ろした。

 無事に店の中に入り、友と色々と商品を見ている時だった。


 店の入り口の方で、警備員と赤ら顔でボサボサになった髪を振り乱す女が言い争っている。


「あれ……天探女(アメノサグメ)だよな?」

「ほんとだ。ついに出禁になったのか?」


 騒ぎを見ていた周囲の神たちも、不思議そうに呟いている。

 以前に比べれば、かなり容姿が荒れているが、それでも私たちにはかの女神であることはわかった。

 しかし、その後の警備員が発した言葉に、私たちは「信仰を失った神」がどうなるのかを突きつけられた。


「アメノサグメ?! 何言ってるんですか、貴女は『天邪鬼』でしょ?! このお店は『神様』でないとお客様にはなれないんです。妖怪じゃあダメなんですよ!」


天探女(アメノサグメ)はいつの間にか信仰を失い、「天邪鬼」という妖怪として人の子らに認識されていた。



 神を相手に商売をする店がある。

 客である私たちは、神だ。

 だが、客でいるためには、神でいなければならない。それも、和御霊(ぎょうぎのいいかみ)であるべきだ。

最後まで閲覧いただきまして、ありがとうございます。


「お客様は神様です」とは良く聞きますが、神でいられなくなったらお客様でいられるのかな、と考えた結果、出来上がりました。

作中に出てきた神様は有名どころを選んだはず……

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