第32話→そのパンチは、まさに悪魔的威力だった。
「いやぁ〜、平和っていいよね〜」
俺は浜辺に寝転がりながら、独り呟く。
俺が別荘から出るとき、まだ夏那華、迷梨とメイド長さんのバトルは続いていた。
なので、こっそりと抜け出して1人海を満喫しているわけなんだが・・・・・。
とりあえず人が少ない。
たぶんプライベートビーチではないと思うのだが、今現在この浜辺にいる人は両手で数えれるくらいだろう。
俺は上体を起こすと、ぐっと背筋を伸ばす。
「せっかく来たんだし、泳がなきゃな」
ゆっくりと立ち上がり、軽く屈伸をして、それを準備体操とする。
誘うように輝いている海に向かって、俺は全力で走り込んだ。
バシャアッ!
冷たい海の水が肌を包み込むとともに、頬がゆるむ。
やっぱ夏といえば海だよな。
そんなことを思いながら波打ち際で寝転んでいると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あっきー!!ヤッホー!!」
声の方を振り向くと、和月先輩が俺に向かって手を振っていた。
「・・・・・・なんで、いるんすか・・・」
そんな疑問を呟いてみるも、俺の声は波の音に掻き消されてしまった。
☆☆☆☆
「先輩、どうしてこの場所にいるんですか?」
波打ち際、俺の横に立っている和月先輩に質問してみた。
「ん〜・・・・、旅人っちとじゅんじゅんから聞いたから、飛んできたんだよ」
・・・・・・飛ぶって、物理的にですよね?わかります。
にしてもあの二人・・・・・・別荘に泊まることメールで教えてやるんじゃなかった。
俺は後悔のため息とともに、横に立つ和月先輩を見上げる。
「・・・・先輩、その格好で飛んできたんですか?」
横に立つ和月先輩は、現在、上下薄い緑色のビキニを装着している。
「そうだよ。マンションの自室で着替えて、窓からびゅーんって飛んできたんだけど・・・・・・この水着、似合ってない?」
「いや、似合ってますけど・・・・・飛んでくるって、人に見られたりしたらまずいんじゃないんですか?」
俺がそう言うと、和月先輩は何かを思案するように考えて、「おぉ!」と声をあげた。
「・・・・・・・気付かなかった」
アホなんですか?気付かなかったなんて、本当のアホな子としか思えない。
「でも、わりと高いとこ飛んだから大丈夫だよ?・・・・・・たぶん・・・・と、とりあえず泳がない?せっかく海に来てるんだし」
なんか話をはぐらかされた気もするが、まぁいいや。
「いいですよ?そろそろ波打ち際も飽きましたし」
俺がそう言うと、和月先輩が水をかけてきた。
「えへへ〜。こういうの、やってみたかったんだよね〜」
にこにこと笑いながら、和月先輩はそう言った。
「・・・・・・和月先輩って、女の子だったんですね」
「・・・・水素、圧縮、圧縮、解放」
俺の言葉をどう捉えたのか、和月先輩が攻撃をしてきた。
まぁ、俺に命中する前に吸収してしまうんだけど。
「あ、危なッ!?何するんですか!」
それでも驚きはする。
俺は、和月先輩にジトーッとした視線を向ける。
「だ、だって・・・・あっきーが・・・まるで今まで私が女の子じゃなかったみたいな言い方するから」
「・・・・・・あぁ、そういうことじゃなくて、普通の女の子みたいだなぁって思って、さ。・・・言葉が足りなくてごめんなさい」
俺が軽く頭を下げると、和月先輩は照れたようにはにかんだ。
「・・・・・いいよ、そういうことなら。・・・・・・・・・・・・私が普通、かぁ」
和月先輩は、普通という言葉を噛み締めるように呟き、にやにやと笑いだす。
・・・・まぁ、和月先輩の気持ちは少しならわかる。
黒次という男に両親を殺され、学校ではアイドルという名目でみんなから距離を置かれているし。
きっと、人一倍普通に憧れていたりするんだろう。
「・・・先輩」
俺はそう言って、和月先輩に手を差し出す。
「大丈夫ですよ?先輩が寂しくなったり、悲しくなったりしたら、俺が慰めてあげます・・・・・先輩は、俺の前では、ずっと普通ですから」
まぁ、契約者として、だけどね。
「・・・・・・あっきー。今の、告白だよね?」
「いぐふぉっ!?」
和月先輩に変な誤解をされてしまったので、否定しようと口を開いた瞬間、背中に衝撃が。
俺は、かなりの殺気を感じつつ、ゆっくりと振り返る。
そこには、鬼の形相をした夏那華と迷梨が立っていた。
「人が戦っている間に、イチャイチャと・・・・」
「いや、違う・・・」
「しかも、告白みたいなことを言ってたの」
「だからさっきのは誤解・・・」
「あっきーってば、積極的なんだから!」
和月先輩が俺の腕に抱きついてきた。
途端、夏那華と迷梨が拳を構え、コークスクリューパンチにも似たそれを、俺の顔面めがけて放ってくる。
俺の意識は、痛みを感じる間もなく途切れた。