第15話→天使、現われる。
「・・・・先輩が、まさか天使だったなんて」
「似合ってる?私、この白い翼、お気に入りなんだ〜」
俺の言葉をどう捉えたのか、和月先輩は、その場でクルクル回り始めた。
「・・・・まぁ、確かに似合ってますけどね。・・・・・・そんなことより、俺に何か用事でもあるんすか?こっちは、2日連続で悪魔と契約させられて、疲れてるんですけど。精神的に」
俺がそう言うと、和月先輩は動きを止めて左目を手で覆った。
「用事、あるんだけど・・・・・その前に試しとかないとね〜。噂が本当か」
和月先輩が覆っていた手を退けると、左目が、右目の色と違う色になっていた。
右目は、くりくりとした黒い瞳。左目は、くりくりとしながらも、どこか残酷さを連想させる血のような赤い瞳。
「じゃ、覚悟いいかな?」
和月先輩はそう言うと、俺が返事をする前に行動をおこした。
「空気、圧縮、圧縮、形を槍と成せ」
そう呟いた和月先輩を中心に、凄い風が渦巻く。
「・・・・っっ!!」
俺は身の危険を感じて、どうにか逃げようとするが、後ろにはフェンス。
前には和月先輩。
俺に逃げ場はない。
どうしようか迷っているうちにも、和月先輩の手には、空気が槍の形を形成していく。
「・・・さぁ、どうするのかな?」
和月先輩は、楽しそうにほほ笑みながら、しっかりと形が出来上がっている槍を俺に向けてきた。
「・・・ちっ・・・・やるしかないのか」
俺は舌打ちしながら、和月先輩に突っ込む。
あの槍が魔力的なもので作られているなら、夏那華との契約で手に入れた能力で勝てるはず。
和月先輩が突き出してきた槍の先端と、俺の拳がぶつかる。
すると、俺の拳に槍が吸い込まれるように消えていった。
和月先輩は、眉をひそめながら数歩後ろに下がる。
「やっぱり・・・・噂通りの反則的な能力なんだね」
俺は、吸収した魔力が力に変わっていくのを感じつつ、確かに、と、心の中で同意を示す。
だって、魔力が武器な天使や悪魔にとって、俺はまさに天敵。
俺自身も、かなりチートな能力だなぁと思っているし。
「・・・・先輩、諦めたらどうです?」
俺の言葉に、和月先輩は、しょうがないといった感じでため息を吐く。
「そうだね〜。これ以上あっきーと戦っても勝てる気しないし」
和月先輩はそう呟くと、俺の方に一歩づつ近づいてきた。
まだやるのか?と訝しげに和月先輩を見ると、先輩は、極上スマイルでニコッと笑った。
ぐわっ!!なんだこの威力は!?
心が、かなり揺れたんだけど。
・・・・なんという最終兵器なんだろうか、恐ろしすぎる。
「??あっきー、どうしたの?顔、赤いよ?」
気がつくと、和月先輩の顔がすぐそこにあった。
視線と視線が交差して、さっきまでは少し怖かった赤い瞳も、近くで見るとルビーのように綺麗だ。
「・・・・せ、先輩?」
「ん?何かな?」
・・・・顔が近いです。
「い、いや、その・・・・・目、綺麗ですね」
俺は無意識に、和月先輩の目を誉めていた。
言って即後悔。
(ぐ、ぐぉぉぉぉぉお!!なんて恥ずかしい台詞を!誰か、誰か俺を殺してくれぇぇぇえ!)
俺が心の中で悶えていると、和月先輩の顔も赤くなっていた。
「あ、あの・・・・・綺麗って言われたの、初めてかも・・・・ありがとう、ね」
あ、やべぇ。
今の和月先輩の可愛さは、核兵器級だわ・・・・。
俺が、ボーッと和月先輩を見ていると、それをどう勘違いしたのか。
和月先輩の顔の赤さが酷いことになっていた。
「あ、ぅ・・・・えっと、いいんだよね?この場合。・・・・・うん、目的の為に・・・いや、他の理由なんかないよ?・・・・・・力の為だから・・・・うん。わかってる」
和月先輩は、何か独り言を呟いて、自分に言い聞かせるように何度も頷き、俺を見た。
「ごめん、なさい。ちゃんと『契約破棄』するから、今だけ・・・今だけは」
「・・・・いいですよ」
俺は、言葉に詰まりながら何かを語ろうとしている和月先輩の頭を撫でながら、そう呟いた。
『契約破棄』という言葉に少なからず興味はあるけど、今はそれどころじゃないでしょ。
「何か、困ったことあれば力になりますよ?美少女の頼みを断ったとなったら、男が廃りますし」
俺が笑いながらそう言うと、和月先輩は、涙を一筋流して「ありがとう」と呟いた。
これから何をされるかは、だいたい予想がつく。
たぶん、『契約』という名のキス。
純や旅人みたいなイケメンならともかく、俺みたいな平凡な奴とキスするのは嫌に違いない。
きっと、嫌でもやらなければならない『理由』があるのだろう。
そんなことを考えていると、和月先輩が言葉を紡ぎ始めた。
「契約・・・・我らが神の御心の前に、赤い絆を示せ。それは、何よりも堅く、強く、赤く・・・・・・」
和月先輩の左手の小指から赤い糸が出てきて、俺の左手小指に絡まる。
「証の言葉は・・・愛〈Love〉」
なんか、夏那華や迷梨とした契約と雰囲気が違うなぁ。
そんなことを考えていると、不意に、俺と和月先輩の唇が重なった。
そのキスは、今まで味わったことがないくらい甘く、気持ちいいものだった。
(こ、これが年上テクニックか・・・・)
そんなことを思いつつ、押し倒したくなる衝動を必死で抑える。
ゆっくりと和月先輩の唇が離れるのが、とても名残惜しい。
「うぉっ!?」
和月先輩が離れた瞬間、体中の力が抜けて、思わず倒れてしまった。
「ごめん、あっきー。力、借りるね」
和月先輩はそう言い残すと、白い翼を目一杯広げてどこかへ飛んでいった。
俺はその光景を見ながら、ゆっくりと意識が薄れていくのを感じた。
涙を制服の袖で拭いながら飛び立った和月先輩に、何もしてやれなかった自分に嫌悪感を抱きながら。
俺の意識は完全に途切れた。