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髪は女の命と言いますが、それよりも大事なものがある〜年下天才魔法使いの愛には応えられません〜  作者: 大森 樹


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6 後悔

「おはようございます」


「レベッカ嬢、おはよう。おや?綺麗な髪留めだね?」


 事務長はこういうところ、なかなか目敏いので油断ができない。しかし突っ込まれるであろうことは予想範囲内だ。


「お褒めいただき、ありがとうございます」


 私は何事もなかったかのように、さらりとお礼を返した。彼はフッと笑ったがそれ以上は何も言ってこなかったのでセーフだ。


 アリシアさんも「似合ってますね!」と言ってくれたが、少し鈍い彼女は誰に貰ったのかは気に留めていないようだった。


 廊下でばったりと彼と会うと、私が髪留めをしているのに気が付いてそれはそれは嬉しそうに笑った。


「レベッカさん、おはようございます!」


「お、おはようございます」


 廊下には他の魔法使いや職員達もいるので、ここでは髪留めの話はしたくない。それを察してくれたのかレオンさんは私の傍に近付いて来て、甘い声で囁いた。


「すごく似合ってます。綺麗です」


 目を細めたその顔がとても色っぽくって、ドキッと胸が高鳴った。そして彼は自分の左胸のポケットをトントンと指で叩いた。促されるままそこを見ると……私があげたペンが入っていた。


「レベッカさん、愛してます」


 ペンを大事そうにひと撫でしてから、彼は私から身体を離した。


「じゃあ、仕事行ってきますね!」


「行って……らっしゃい」


 レオンさんは急にニパッと笑って、いつもの調子で手をブンブンと振って去って行った。私は真っ赤になってその場にしゃがみ込んだ。


 急にあんな『男』の顔を見せるのは反則だ。恥ずかしくて、どうしたらいいかわからなくなるのでやめて欲しい。


 そんな私の戸惑いをよそに、この日からレオンさんは私と遠くで目が合うと同じようにペンを撫でる仕草をするようになった。


 そしてその仕草の後には、必ず口をパクパクさせる。最初は何を言っているのかわからなかったが……気が付いてしまった。これは『あ・い・し・て・る』だ。


 ――なんという恥ずかしいことを。


 レオンさんは若いからなのか、元々の性格なのかこういうことを恥ずかし気もなくさらりとやってのける。


 彼の愛情表現はいつも真っ直ぐで、迷いがない。自分には無いものなので、それはとても眩しい。私は彼の愛に応えることも、強く拒否することもしないままずるずると微妙な関係が続いていった。


 私はずるい。だけど、彼の傍にいるとお日様の下にいるようにポカポカと気持ちが温かくなるのだ。


 もう少し、もう少しだけ。彼の将来を考えればすぐに突き放すべきだとわかっているのに、なかなかそれができなかった。彼も何かを感じているのか、私に告白の返事を求めるようなことはしなかった。


 それからもレオンさんとはお昼の休憩時間に話したり、たまに週末に出かけたり……そんな穏やかで幸せな日々が続いていた。



♢♢♢



 そんなある日。事務仕事を終えて、帰ろうとしたところアリシアさんが慌てた様子で部屋に入ってきた。


「レベッカさん!さっき廊下で聞いてしまったんです。あの……今日の討伐でレオンさんが倒れられたと!」


「……え?」


 私はそれを聞いて目の前が真っ暗になった。倒れた……?レオンさんが?


「今はこちらに戻られて医務室にいらっしゃるそうです。早く行ってあげてください」


 私はこくんと頷き、全速力で医務室まで走った。王宮内は走ってはいけないとわかっているけれど、今は許して欲しい。


 ――何があったの?どうか無事でいて。


 私は祈るような気持ちで、医務室まで来た。ノックをしたが返事がない。そっと中に入ると、そこには綺麗な顔で眠っているレオンさんがいた。


 ぱっと見は外傷はなさそうで、安心する。じゃあ何故倒れたんだろうか。その時、ガチャッと扉が開いて一人の男性が入って来た。


「……ノックなしで開けてしまって、すみません。まさか誰かいると思わなくて」


 この男性は確かレオンさんと一緒に入団した同期のライナー様だ。何度か書類のやり取りをしたことがあるが、無口な方なのであまり話したことはない。


「いえ、私こそ勝手に入ってしまい申し訳ありません。あの、レオンさんはどうされたのですか?」


 私が質問すると、ライナー様は悔しそうに唇を噛み締めグッと拳を握りしめた。


「……魔力切れで倒れたんです」


「魔力切れ?」


 それならば傷がないのも納得だ。しかし、彼ほどの魔力量をもった人がそれが全てなくなるまで使うなんて……どんな魔物と戦ったのだろうか。


「俺は何もできなかったんです。こいつと違って俺は力がないから……不甲斐ないですけど」


 ライナー様は苦しそうにそう話してくれた。優秀な彼に力がないはずがない。そもそもレオンさんと比べるのは間違っている。


「あなたに力が無いはずありません。レオンさんは才能があるだけでなく、努力も惜しまないすごい方です。でも……規格外のレオンさんとご自身を比べるなんて無意味ですわ。きっと水魔法の精度ならライナー様の方が上ですし、少なくとも提出書類の正確さは絶対にあなたの勝ちです」


 最後は冗談っぽくそう言った私を見て、彼は少し驚いたような顔をした後フッと笑った。


「ありがとうございます。そうですね、俺は俺ですよね……なんかレオンがあなたを慕う意味がわかりました」


 そんなことを言われて私は首を傾げた。レオンさんが私を慕う意味とは?


「こいつ、お任せしていいですか?あなたが傍にいてくださった方がレオンは喜ぶと思うんで」


「承りました。喜ばれるかどうかは、わかりませんけれど」


「こいつは、俺の前でいつもあなたのことばかり話してますよ。でも……書類の書き方は()()()わからないふりして甘えてると思うんで一度しっかり怒った方がいいですよ。最初はできなかったかもしれませんが、あいつは頭もいいはずだから覚えられないはずないです」


 そう言って少し笑いながら失礼します、と彼は医務室から出て行った。書類の件は薄々そうかもしれないと思っていたが……やはりそうなのね。


 私は「困った人ね」と呟いて、そっとレオンさんの手を握った。


 ――どうして魔力切れになるまで無茶をしたの?


 魔法使いは魔力を使い切ると、倒れてしまう。だから、絶対に余力を残して戦わねばならないことは基本中の基本だ。それをレオンさんが知らぬはずはない。


「ゔうっ……ぐっ……」


 何時間もそうしていたので、うとうとしていたが……彼の苦し気な声にハッと意識が戻った。


「レオンさん、レオンさんっ!!」


 私が必死に呼びかけると、彼の瞼がゆっくりと開き段々と焦点が合ってきた。


「レベッカ……さ……ん……ど……して?」


 喉がカラカラのようで、声が掠れている。私は彼の身体をゆっくりと起こして、水を差し出した。


 上手く力が入らないようで、水が飲めずに半分以上ポタポタと口から流れる。服が濡れるので、私は慌てて口元をハンカチで押さえた、


「水もまともに飲めないなんて……格好悪……」


 そしてそのまま、ずるずるとベッドに沈み込んだ。本当に力が入らないようだ。私は彼の頬を両手で掴んだ。


「格好悪くなんてないわ!」


「レベッカ……さん?」


「あなたは倒れるまで頑張ったんでしょう?充分すごいじゃないですか」


 慰めるつもりが、怒ったような言い方になってしまったことを反省した。


「今は……俺に優しくしないでください」


 彼は私から顔が見えないように壁際に寝返りをうった。何があったのかわからないが、レオンさんにとって辛いことがあったのは間違いがない。


 私は何も言わずに彼の頭を撫で続けた。天才と言われているが、彼が努力していないはずがない。いつもニコニコ笑っているからその努力にみんなが気付かないだけ。


 私は目立たない場所で一人残って魔法の練習をしている彼を何度も見かけている。王宮の図書室でも、いつも難しい魔法の本を真剣に読んで頑張っているものね。


 ――出逢った時もあなたは努力していたわね。


「くっ……ふっ……」


 ベッドから噛み殺したような嗚咽が聞こえてくる。私に泣き顔は見られたくないだろうから、頭にタオルをかけた。


 そのまま三十分程経過すると、レオンさんはポツリポツリと話し始めた。


「俺……自分の力を過信してて……」


「いざと言う時……魔力が足りなくて……テレポーテーションもできなくて……森に迷い込んでいた小さな女の子に……傷が……」


 苦しそうな声のレオンさんに胸がぎゅっと苦しくなる。


「……その子は助かったの?」


「命は……問題ありません」


「そう、良かったわ。あなたがいなければ、きっとその子は助かってなかった。大事な命をあなたが守ったの」


 しかしレオンさんは無傷で助けられた筈だった、と後悔しているのだ。


「……はい」


 レオンさんは力なく返事をした。


「俺、もっともっと強くなります」


 彼はゴシゴシと目を擦ってから、ゆっくりと起き上がった。


「レベッカさん、恥ずかしいところをお見せしました。それにご迷惑をおかけしてすみませんでした。でも……あなたが傍にいてくれて良かったです」


 彼は恥ずかしそうに眉を下げて、少しだけ笑った。


「あなたなら強くなれます」


 私は彼をギュッと抱き締めて、背中をよしよしと撫でた。彼は驚いたのか、一瞬ピクッと身体が跳ねた。


「大丈夫。レオンさんなら絶対大丈夫よ」


 レオンさんは私の服をくしゃりと掴んで、肩に顔を埋めた。


「そんなに甘やかされたら……困ります」


「いいから。何も考えずにたっぷりお姉さんに甘えなさい」


 私はわざと冗談っぽく、くすくすと笑ってそう言った。すると彼は身体を離して、きゅっと口を引き締めて真剣な顔をした。


「すごく魅力的なお誘いですけど……俺はあなたに甘えてもらえる男になりたいんです」


「えっ?」


 彼はガシガシと頭を掻いて「沢山訓練して、早くあなたに相応しくなります!」と言ってフラフラとベッドから立ち上がって「今日は本当に……ありがとうございました」と呟いて振り向かずに部屋を出て行った。





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