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髪は女の命と言いますが、それよりも大事なものがある〜年下天才魔法使いの愛には応えられません〜  作者: 大森 樹


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4 初めてのお給料

 そして、入団式から一ヶ月経過した。レオンさんの挨拶は毎日の恒例になっていた。恥ずかしかったのも今は昔。だんだんとこの状況に慣れてきている自分に驚いている。


「レベッカさーん!おはようございます」

「レベッカさん、今日も可愛いですね」

「付き合ってください、レベッカさん」

「愛してまーす!レベッカさんデートしましょう!」


 毎日毎日レベッカさん、レベッカさんと繰り返される。もう魔法省の職員達も見慣れたらしく『あー……レオンがまたやってる』と生温かい目で見てくれている。


「おはようございます」

「恐縮です」

「お付き合いはしません」

「忙しいので、出かけられません」


 私は彼の言葉に淡々と返事をする。なるべく他のみんなと同じような態度で接することを心掛けている。


 これだけ冷たい態度を取ったら諦めそうなものだが、彼は全くめげていなかった。


 最初は彼のファンの御令嬢達から『不細工』とか『地味なおばさん』なんて陰口を言われくすくすと笑われることがあった。傷付かないと言えば嘘になるが、こんなことで凹むような若さは私にはなかった。迷惑だなと思いながら無視していたら、周囲の人間が陰口のことを彼に伝えたらしく……レオンさんが慌てて謝りに来た。


「俺の言動でご迷惑をかけてすみません。許せません!絶対にやめさせますから」


「いえ、大丈夫ですから。そう思うなら、人前で過度に話しかけないでください」


 それで問題は解決だ。しかし彼は「そんなの嫌です」と、目を潤ませてぶんぶんと左右に首を振った。


 そして彼はまた強硬手段に出た。沢山の人がいる前で再び大声で叫んだのだ。この人には『恥ずかしい』という感情がないのかしら。


「俺はレベッカさんを愛してます!まだ片想いですけど、彼女は美人だし優しいし俺にとって最高で最愛の女性です。彼女を傷付けるなら男だろうが女だろうが絶対に許しません!俺はもう他の誰も目に入らない……っ……うぐっ……」


 私は真っ赤になりながら、彼の口を慌てて手で塞いだ。


「レオンさんっ!今すぐ黙ってください」


「レベッカさん……へへっ。心配して来てくれたんですか?嬉しいです」


 怒られながら口を塞がれているのに蕩けるように嬉しそうな彼を見て、御令嬢方はこれはもう駄目だと思ったらしい。


 整った顔で将来は有望なのに『女を見る目がない』残念な男……というレッテルを貼られたようで、ファンクラブも自然と解散したらしい。もちろん私への陰口もなくなった。


「レオンさん、後であなた結婚したくなった時に困りますよ。良い御令嬢はすぐに売れてしまうのですから、今から大事にしないといけませんわ」


 私は彼の考え無しの行動に頭を抱えた。良い奥様を貰うためには、私を好きだなんて言っている場合ではないのに。困っても後の祭りなのだから。


「大事にしてますよ?レベッカさんが俺の将来のお嫁さんですから」


「……寝言は寝てから仰ってください」


「うわぁ、今日もレベッカさんが冷たい」


 ケラケラと笑いながら、嬉しそうなレオンさんを見ているとどうにも本気で怒れない。ため息をついて呆れながらも、なんだかんだで許してしまう……そんな日々が続いた。




♢♢♢




「今度お給料が出るんですよ。自分で稼いだ初めてのお金です!だから……週末一緒にご飯食べに行きましょう?」


 私の手をぎゅっと握り、キラキラした瞳で私を見つめてきた。そんな報告を聞かなくても事務員の私は、彼の給料の額も支給日も全て知っている。だって手続きをするのは私達なのだから。


「……せっかく稼いだお金大事にしてください」


「もちろん、わかっています!大事だからこそ、あなたに使いたいんです」


 そう言い切られて、私はふぅとため息をついた。懐いてくれるのは嬉しい。可愛いな、とも思うけれど彼は助けてくれた恩を恋だと勘違いしているのだ。


「一度くらい行ってあげたらいかがですか?」


 事務長のその一言に、レオンさんは「そうですよね!」と嬉しそうに頷いた。


「レベッカさん、ご飯行くくらい友達でもみんなしていますから」


 アリシアさんまでそんなことを言い出した。何故かみんなレオンさんの味方のようだ。彼はうるうると瞳を潤ませて、上目遣いのまま『お願いします』と手を合わせている。


 ゔっ……なんかこっちが悪いことをしている気分になってくる。


「わかりました。ではランチだけ。デートでは無いので、割り勘ならお付き合いします」


「ええっ!?そこは俺が……いや、でも……デートしてもらえるなら……じ、じゃあそれでお願いします!!」


 そんなわけで、週末に二人で出掛けることになってしまった。





 そして約束当日。私が待ち合わせ場所に着くと、レオンさんははもう店の前で待っていた。まだ五分前だが、早く来ていたようだ。お洒落なシャツにジレを羽織っており、シンプルながらも今時の若者らしい服装だ。


「すみません、お待たせしました」


 時間に遅れていないとはいえ、待たせてしまったことを詫びた。


「レ、レベッカ……さん?」


 彼はポカンと口を開けて、目を見開いて驚いたような顔をしていた。


「どうされました?」


「私服はそんな感じなんですか!?髪の毛をおろしているの初めて見ました!!眼鏡もないし。雰囲気が違うからびっくりしてしまったんです」


 なるほど。確かにレオンさんにこの姿を見られたのは初めてだ。私は邪魔なので仕事中は髪をくくっているが、普段はおろしている。服も自分の好きなお洒落なものを着るし、アクセサリーやお化粧もプライベート時は少ししっかりとする。眼鏡はかけていた方が目立たないので仕事中は都合がいいし、もちろん実際にかけた方が遠くまでよく見えるので仕事中は装用しているがなくても生活には困らない。


 自分で稼いで自分の好きな物を身につけるのが好きだ。決してお洒落が嫌いなわけじゃない。だけど、それは仕事中は見せたくない。仕事中は機能的なのが一番だから。


「変ですか?眼鏡は、私生活ではいつもかけていません」


「めっっっっちゃ、綺麗です!!」


 彼はポッと頬を染めて、食い気味に褒めてくれた。その素直な言葉に私も頬が染まる。


「……ありがとうございます」


「はは、今日は『恐縮です』じゃないんですね。あ!もちろんいつも綺麗だけど、今日は特にすっごく綺麗って意味ですから勘違いしないでくださいね。でもこんな素敵なレベッカさんとランチとか幸せすぎる」


 うきうきと素直に喜ぶ姿がなんだか可愛らしい。私なんかとご飯を食べることのなにが嬉しいのだろうか?


「さあ、行きましょう。エスコートさせてください」


 差し出された手を無視するわけにもいかず、そっと手を重ねた。予約してくれていたレストランはこじんまりした可愛らしいお店で安心した。気取った店は嫌だと事前に伝えていたのを、きちんと守ってくれたようだ。


「レベッカさん、これとこれが美味いんですよ」


「このお店はよく来るのですか?」


「常連です!だから我儘言って、目立たない端の席に案内頼んじゃいました。せっかくのランチ誰かに邪魔されたくないですし」


「お気遣い感謝します」


「俺は全人類に『今、レベッカさんとデートしてます』って言いふらしたいくらいですけどね」


 そんなことを言いながらニコニコと笑う彼に、私は冷たい目線を向けた。


「デートではなく、ただのランチです」


「ランチデートですよ!」


 えへへ、と嬉しそうに笑う彼を私は無視することにした。すると彼は「ちょっと調子に乗りました」と謝ってキリッと顔を整えた。


 そして私に嫌いな食べ物などないか確認してから、美味しい物をチョイスして頼んでくれた。


「さあ、食べましょう!」


 熱々のチーズたっぷりのピッツァや魚介のパスタ、色とりどりの野菜のサラダ。どれも美味しそうだ。


「俺が取り分けますね」


「えっ……いや、気にしないでくださいませ。むしろそう言うのは女性がするものでしょう」


「まあ、まあ!いいじゃないですか。俺がしたいんですよ」


 レオンさんは私のお皿にどんどんと料理を盛ってくれた。男がすべきとか女がすべきとか思っていない。彼のそういうところは、とても好感が持てる。


「いっただきまーす!」


「……ありがとうございます。いただきます」


 ピッツァを口に入れると、トロリとチーズが口の中で蕩ける。


「すごく美味しいです」


 あまりの美味しさに、私はレオンさんに向かって微笑んだ。


「よかった。喜んでもらえて!美味しそうに食べてるレベッカさんめっちゃ可愛いです」


 彼は目を細めて、嬉しそうに笑った。彼は私のことを可愛いだの綺麗だの、そんなことをさらりと言うので困ってしまう。


「……私が可愛いなんて、目が悪いのね」


「俺かなり視力いいですよ。ここから、街の入口の店の看板がはっきり見えますから」


 私が窓から覗くと、その看板は豆粒程の大きさだった。


「ええっ、嘘!あれが見えるのですか!?すごいですね」


「ふふ、嘘です。でも目が良いのは本当です」


 ケラケラと笑うレオンさんに、揶揄われたと気がついてポカポカと叩いた。


「はは、すみません」


 彼は誤魔化すようにもぐもぐとピッツァを頬張って「美味いですね」と嬉しそうに笑っていた。



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