3 大好きです
「レオン様、年上を揶揄うのはやめてください」
私は片手でこめかみを押さえながら、うーんと唸った。
「様付けなんてやめてください!レオンって呼んでください。俺の方が年下なので」
年下なのは知っているが、呼び捨てなどできるはずもない。
「では……レオンさんとお呼びします。私はもう二十歳です。しかも婚約破棄されたことがあるので、若く将来有望なあなたが冗談でも私と『結婚』などと言わない方がいいですよ。体裁が悪いですから」
「ええっ……!?」
年齢なのか、婚約破棄なのか……彼が何に驚いたのかわからないが諦めてくれるなら言った甲斐があるというものだ。
「はぁ、良かったです。以前婚約されてたんですね……結婚されてなくて本当に良かった。レベッカさんを手放した見る目のない馬鹿な男に感謝しないといけませんね」
レオンさんは胸に手を当てて、ホッと安心したようにため息をつきへにゃりと笑った。
「……」
――だめだ。話が通じないようだ。
「では改めて。レベッカさん、出逢った日からずっと愛しています。俺と結婚してください!!」
本日二回目の求婚だ。遠い昔に婚約者がいたが、政略結婚な上に仲良くなかったのでそんな言葉を言われたことはない。
なのに同じ日に二度も求婚されるなんて、人生は何が起こるかわからないものだ。
「お断り致します」
ペコリと丁寧に頭を下げると、彼は「何でですかぁ……俺の何がダメですかぁ……」とまとわりついてきた。まるで捨てられた犬のようだ。
むしろなんですぐに受け入れてもらえると思ったのかが謎だ。
「あなたが駄目なのではなく、私は結婚自体をする気がありませんので」
それは本当の気持ちだ。恋人ならまだしも、結婚をする気はない。
「俺のこと知ってください。そして、俺を男として好きになってください」
「……好きになりませんよ」
「なりますよ。だって好きになってもらえるまで何年かかっても諦めませんから!俺の最終目標は結婚ですから」
彼はニカッと笑って得意気にウィンクをしていた。うゔっ……笑顔が眩しい。
「名残惜しいけど、あまり長時間ここにいるのは良くないですよね。じゃあ、明日からまたよろしくお願いします!」
レオンさんは満面の笑みでブンブンと手を振った。
「……さようなら」
「レベッカさーん!大好きですよー!!」
せっかくひっそりと別れたのに、人混みの中に戻った彼はこちらを向いて大声で叫びちゅっちゅと投げキッスをした。
――最悪だわ。
私は素知らぬ顔でスルーして、魔法省の女子寮まで帰った。事務員達は今日はもう仕事が終わりだからだ。
あり得ないことだらけで疲れた私は、シャワーを浴びてすぐに眠りについた。願わくば……これが夢ならばいいと思いながら。
♢♢♢
翌朝出勤したら、若い御令嬢達から『なんでこんな地味な女が好かれるのか?』という視線が痛い。男性達からは『告白されていたのは、どんな女なんだろう?』という興味本位の眼差しを受ける。まぁ……それはそうだろう。魔法省に勤めるほぼ全員に昨日の告白を聞かれてしまったのだから。
――すごく居心地が悪い。
私はずっと地味に目立たず生きてきたのに……レオンさんのせいでとんでもない目に遭っている。
「レベッカさーーーん!!おっはよーーございまーーーーすっ!」
窓の外からブンブンと笑顔で手を振っているレオンさんが見える。私を見つけて、嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねていた。
――いやいや、子どもかっ!!
私がそれを見て固まっていると、更にこちらに注目が集まり恥ずかしくて早足で事務室に向かった。
「……おはようございます」
「おはようございます。ははっ、レベッカ嬢はすっかり有名人ですね」
事務長はげっそりした私を見て、楽しそうに笑っている。この人……絶対に面白がっているわね。
「平穏な日々が早く戻ることを祈っています」
「……戻りますかねぇ?彼は諦めなさそうですけど。若いって怖いもの知らずですからね。そこが良いところですが」
哀しいことに、事務長の不吉な予言は当たっていた。
「レベッカさん、おはようございます。朝声かけたのに気が付かなかったですか?もっと大きな声を出したらよかったっすね!」
何故かレオンさんが、事務室までやって来たのだ。無視したのに、私に向かってニコニコと嬉しそうに話している。
「……おはようございます。ちゃんと聞こえていましたよ」
聞こえていて、スルーしたのだときちんと伝えておかねば明日からも同じことをされてしまう。
「聞こえていたんですか!?それなら良かった。今日もレベッカさんは綺麗ですね」
無視したことを責めることもなく、ニコリと笑って『綺麗』なんてサラリと言うので私は咽せてしまった。
「ゲホッゲホッ……」
「大丈夫ですか?」
そんな私達を見たアリシアさんはキラキラと目を輝かせた。
「昨日は驚きましたけど、レオンさんは本当にレベッカさんがお好きなんですね!レベッカさんは尊敬できる素敵な先輩なんですよ」
「はい!大好きです。きっとレベッカさん仕事ができるんだろうなぁ……格好良いな」
アリシアさんとレオンさんで、きゃっきゃと私の話題で盛り上がっていた。アリシアさんはこの人に見染められようと、努力していたはずなのに……何故か私のことを褒めてくれている。彼女は貴族令嬢には珍しく、素直でとても良い子だ。
――この二人の方がよっぽどお似合いね。
「レオンさん、用事がないならこちらには来ないでくださいね。仕事の邪魔ですから」
「ちゃんと用事ならありますよ。この書類を出しに来ました」
それは入寮の書類一式だった。そうか……彼も寮に入るのね。
魔法省は実力社会のため、身分も性別も様々だ。そのためにきちんと寮が用意されてある。王宮に近い場所に家があったり家族がいる人は通っているが、独身者や遠方に家がある人の多くは寮生活だ。
私はペラペラと書類の中身を確認する。
「じゃあ、お願いします」
――ちょっと待ちなさい。これは……
「不備だらけじゃないですか!これはここが抜けて……これも書き方が違います。書き方の見本があったでしょう?」
「え……あー……すみません。なんかよく分からなくて。今までこんな書類書いたことなかったので。はずかしながら……家では執事に色々任せていて……」
そうか。彼は確か裕福な伯爵家の次男だ。そして爵位を継ぐこともないので、貴族として最低限のことだけ学び……後は魔法の勉強や訓練ばかりをしていたのだろう。
魔法使いはこういう人間が沢山いる。魔法の能力は高いが、事務仕事はまるで駄目……みたいな人たちだ。魔法省には執事や侍女を連れてくることはできない。生活に必要な食事や洗濯等はしてもらえる制度があるが、事務仕事には自分で慣れてもらわねばならない。
まぁ、事務仕事ができない人たちの集まりだからこそ私のような『事務員』の仕事があるので有難いのだけれど。
それにレオンさんはまだ十五歳で成人したばかりだ。卒業後すぐに魔法省に入れられたのだろうが……彼には全く社会人経験がない。これは私がきちんと教えなければ。
「こちらに座ってください」
それから親切丁寧に書き方を教えた。レオンさんはやはり事務作業が苦手らしく、眉を八の字にしてしゅんとしながら聞いていた。
「……すみません。ご迷惑をかけて」
「いいんですよ。最初は皆初めてです。徐々に覚えてくださいね」
私がそう言うと、急にパッと表情が明るくなった。
「レベッカさんのそういうところ好きです。できなくても馬鹿にしたりしませんよね。すごく優しい!愛してます!!」
「……書けたらお帰りください」
「ははっ、訓練頑張って来まーす!!」
ぶんぶんと手を振り、彼は部屋を出て行った。魔法使いは魔物討伐依頼がない時は訓練をしている。
「レベッカさん羨ましい。あんなに愛されてて幸せですね」
アリシアさんは羨望の眼差しで、私を見てきたが何事もなかったようにスルーした。
「さあ、仕事しますよ」
「へへ、はい!」
「そうですね」
ニヤニヤしている彼女と事務長を横目に、私は事務処理をこなしていった。
なんだか手がかかるが、可愛くて憎めない弟ができた感じだ。実際の私には弟はいないので、よくわからないけれど。
本日、二回目の投稿です。




