26 自分より大事なもの
「今、とりあえずカトリーナに回復魔法をかけて貰ってるが、もう持たない。早く来てくれ」
いきなりテレポーテーションで事務室に現れた団長に驚く暇もなく、またテレポーテーションを使って私は外に移動した。
そこには血だらけでぐったりしているレオンさんが横たわっていた。
「ひっ……レオン……レオン……うっ……うっ……」
カトリーナ嬢が回復魔法をかけながら、泣いているが全く状況は変わっていない。それもそうだ。彼は人並みの魔法ではどうしようもない程規格外の魔法使いなのだから。
彼女は私の存在に気が付き、震えた声で話し出した。
「レオンにいくら回復魔法をかけても治らなくて……うっ……ひっく……ごめんなさい……私の力が足りなくて……。それにおかしいんです。レオンの強い魔力を全く感じない」
カトリーナ嬢が悪いことなんて一つもない。きっと回復魔法でどうにかなる次元の話ではないのだろう。不死鳥は魔力を吸い取るのだろうか?
「治療……ありがとうございました。すみませんが、場所を代わってください」
カトリーナ嬢はもうできることがないと判断したのか、涙を拭いて立ち上がり後ろに下がった。
私は跪いて、彼の手を握った。まだ温かい。辛うじて生きてくれているようだ。
「レベッカ嬢、レオンはこの光を君にと」
団長は私に小さな光を渡した。これは何なのだろうか?受け取ると、私の周りをふわふわと飛んでいる。
「レベッカ、愛してる。どうか幸せになってくれ」
私は団長を見上げると「倒れる前にレオンがそう言っていた」と教えてくれた。
「レオンさん、愛の告白は直接言わないと意味がないって知らないの?」
「起きてよ」
「レオンっ、返事をして!!」
私が泣き叫んだ瞬間に、さっきの光がすっと私の心臓の中に入っていった。するとみるみるうちに、私の髪が長く伸びていく。
周りの人達はそれを見てザワザワと騒ぎ出した。それはそうだろう。不思議なことが起こっているのだから。
だけど私は落ち着いていた。レオンさんは私の寿命が戻るようにフェニックスと何かしらの契約をしたのだろう。そして、彼はその対価を支払った。だから回復魔法では治らないのだ。
レオンさんが私に幸せをと望んでくれたように、私もあなたにそう思っているんです。
お父様、お母様……もう髪を切らないという約束を破ってごめんなさい。でも私自身が望んだのだから泣かないで。お兄様……怒らないで私の気持ちをわかって欲しい。
――自分より大事なものができた。それだけ。
生きていてそんな人に出逢えた私はとても幸せだったと思う。レオンさんを好きになって私の人生は毎日輝いていた。
私はレオンさんの血だらけの頬を撫で、唇に口付けをした。
「どうか幸せになって」
懐から小さなナイフを取り出し迷うことなく、髪に当てた。きっと今の彼を助ける為なら、以前より多くの量の髪が必要だろう。
「レベッカ嬢、待て!レオンはそんなこと望んじゃいない。あいつが命を賭けたんだ。それを無駄にするな」
団長の声が聞こえるが、覚悟はもう決まっている。本当の私は勝手で我儘なのだ。レオンさんは怒るだろうけれど、それでも彼に生きていて欲しい。
ザクッ
耳の後ろで思いっきり髪にナイフを入れた。切った髪が激しく光り、レオンさんを包み込んだ。
――良かった。大丈夫そうだ。
「治療」
髪は女の命とよく言われるが、私にとっては本当に命そのものだった。そして、その使い道は私自身が決める。
ゆっくりと目を開けたレオンさんを見て、私はナイフを地面に落とし彼の胸の中にずるりと倒れ込んだ。
ドクドクとレオンさんの心臓の音が聞こえるのがとても嬉しい。ああ、彼はちゃんと生きている。
レオンさんの胸の中がポカポカと温かくて気持ちが良くて、ここから一歩も動くことができない。以前……彼は私の胸の中で死にたいだなんて言っていたけれど、逆になってしまったな。
「レベ……さ……ん!レベ……カ……ん」
私を呼ぶ声がする気がするが、なんだかとても遠くてよく聞こえない。身体にも力が入らないし、自分の鼓動がだんだんゆっくりになっているのがわかる。でもレオンさんは生きてる。よかっ……た。
「レベッカ!」
急にクリアにレオンさんの声が聞こえたので、力を振り絞って重たい瞼を少しだけ開けた。すると彼の哀しそうな顔と、その後ろの青く澄んだ空に真っ赤な翼を持った美しい鳥が羽ばたいているのが見えた。
「……綺麗」
そうか、これが不死鳥なのか。本当に存在するのね。
【お前達はお互いのことばかりだな】
――頭の中に声が聞こえてくる。
【レオンがそんなに大事か?あいつは今魔法使いでもなんでもないただの男だぞ。君が命を差し出す意味はあるのか】
「そんなこと関係ないんです。私は彼を愛しているので。きっと彼は魔法がなくても……できることが沢山あるはず」
【君も面白い人間だな】
フェニックスは、私の身体を大きな羽で包み込んだ。
【寿命を再度戻してやろう。レベッカの大事なもの……そうだな。その髪の珍しい魔力を対価に貰おうか】
「髪はもうほとんどないけれど大丈夫ですか?」
【違う。今後君の力は、子孫に引き継がれなくなる。それが対価だ】
その瞬間にブワッと風が吹いた。フェニックスがこちらを見つめ微笑んでいるように見えた。
【お前達の今後を見守るのはいい暇つぶしになりそうだ。君に免じて私に不要な分の火の魔力をレオンに返してやろう。私は火の鳥だからな】
その瞬間にレオンさんの身体を真っ赤な光が包み込み、その眩しさで私はパチリと目を覚ました。身体が軽いし、頭もすっきりとしている。
「レベッカさん、レベッカさん!ああ、良かった。俺のために髪を切るなんて、なんでそんな無茶なことをしたんですか」
「それはこっちの台詞です。レオンさん……死にかけたんですよ?」
怒った私を見て、彼は困ったようにへにゃりと笑った。そしてギュッと強く私を抱き締めた。
「俺にも不死鳥の声が聞こえました」
「レオンさんにも!?」
「はい。魔力が……戻ってる感覚があります」
「レベッカさん、俺にはもう特別な力は何もないけれどあなたと二度と離れたくありません。苦労をかけるかもしれませんが、俺と共に生きてくれませんか?」
レオンさんは抱き締めていた手を緩め、私の頬をそっと両手で包み込んだ。
「……はい。喜んでお受け致します」
レオンさんの澄んだ青い瞳から涙がはらりと落ち、幸せそうに微笑んだ。
「一生あなただけを愛します」
「私も……あなただけを愛しています」
彼は私の顎をそっと持ち上げ、ゆっくりと顔を近付けた。甘く柔らかい唇が触れた瞬間……ああ、幸せだなと心から思えた。
私達は元々一つだったのではないかと思えるほど、ピッタリと重なる感じがした。
ヒューッと、いう指笛とパチパチと大きな拍手が周りから聞こえて……そこで私は初めて正気に戻った。
「おめでとう!よかったな」
「レオンの恋がついに……うっうっ……」
「幸せになれよ」
沢山の祝福の声と共に、感動しているのか啜り泣く声まで聞こえてくる。
そうだった。ここは魔法省の敷地内で、知り合いの魔法使いや職員達が山程いることに。
――な、な、なんてことをしてしまったの。
私は恥ずかしくなり真っ赤になって、レオンさんから身体を離そうとした。
しかしそれはあっという間に阻止されて、彼は私をすっぽりと腕の中に隠した。
「ありがとうございます。でも可愛いレベッカさんは俺だけの物なんでもう見せません」
レオンさんはいつも通りの軽い調子で、そう言った。周りのみんなは「相変わらずだな」とケラケラと笑っていた。




