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2 再会

「待って下さい!」


 うわーっ……あの男の子が、追いかけてくる。二十歳の身体に全速力は辛いし、私は事務員なので体力に自信もない。なんで私なんかを!?意味がわからない。


 そしてあっという間に追い付かれて、腕を掴まれた。


「どうして逃げるんですか?」


 しゅんとしょげた顔が可愛らしくて庇護欲を掻き立てられるが、そんな顔をされるとまるで私が悪いみたいではないか。


「あ……あなたが……追いかけて来るから……です……はぁ……はぁ」


 息も切れ切れで汗をかいている私とは対照的に、目の前の男の子は全く疲れていないのがなんだか無性に腹が立つ。


「俺のこと……覚えていませんか?」


 彼は立ち止まって、声を震わせて哀しそうにポツリと呟いた。そう言われた私は息を整え、男の子の顔を真っ正面からきちんと見つめた。


「ごめんなさい、覚えていないわ。どこでお会いしたのかしら?」


 しかし、記憶にない顔だった。隠しても仕方がないので、私は正直にそう告げた。


「……そうですよね。俺はレオンと言います。五年前、あなたに命を助けていただきました。お礼が言いたくてずっとずっと探していました!あの日から、あなたのお顔を忘れたことはありません。眼鏡をかけていらっしゃっても、絶対に間違いなくあなただとわかります」


 ――五年前……命を助けた……まさか!


 私は一気に血の気が引いた。まさか……あの時の少年が成長した姿だというのか。


「本当にありがとうございました。あなたの魔法のおかげで俺はこんなに元気に生きています」


 私はそう言った彼の口を、手で無理矢理塞いだ。いきなりそんなことをしたので、彼がすごく驚いているのがわかる。


「……それ以上話したら許さないわ。ここは誰が聞いているかわかりませんから」


 私がギロリと睨みつけると、彼はこくこくと縦に首を振った。理解してくれたようなので、そっと手を離した。


「失礼なことをして申し訳ありませんでした」


「とっても……柔らかいです」


「……はい?」


 意味のわからない言葉に、私は思わず聞き返してしまった。柔らかいとはなんの話だろう。


「手、すっごく柔らかいですね!ずっと探してた憧れのお姉さんに出逢えただけでも嬉しいのに、触れてもらえるなんて。俺……もう……どうしよう!!」


 頬を真っ赤に染めて一人で興奮し悶えている様子のレオン様に私は正直ちょっと……いや、だいぶ引いている。幸いなことに顔が可愛らしいのと、まだ若いのでギリギリ許されている感じはあるが。


 ――よし、関わらないでおこう。


 私は静かに暮らしたい。あの時の少年が元気で生きていると知れただけで良かった。


「あの時のことは私が勝手にしたことなので、恩を感じる必要は一切ありません。それに今はもう私に魔力はありませんので、このことはどうか内密にしていてください」


 頭をペコリと下げて、その場を去ろうとしたがまた手を掴まれた。


「ちょ……ちょっと待って下さい!魔力がないとは?あんなにすごい力があったのに。そんなこと言われても納得できません」


 さすがに何も言わずに逃してはくれないか。はぁ、とため息をついて「こっちに来てください」と人気のない裏庭まで歩きベンチに腰掛けた。キョロキョロと周囲を確認して、誰もいないことを確かめる。


「……あの治癒魔法には何か秘密があるのですね。確かにあれは通常の魔法の域を超えていますから。治癒魔法は万能じゃない。怪我は治せても病気は治せないと学校で習いました」


 流石に優秀な魔法使い……よくわかっているではないか。残念ながら、治癒魔法は病気には効かない。


「ええ。私の重大な秘密があります。魔法省の人達はみんな私が魔法を使えることを知りません」


「教えていただくことはできませんか?助けていただいた俺は、真実を知らなければいけないと思います。もちろん誰にも言いません」


 彼は真剣な顔でジッと私を見つめた。その澄んだ真っ直ぐな瞳からは逃げられそうにない。


「申し訳ないけれど、すぐにあなたを信じる程お人好しではありませんの。聞きたいのなら契約魔法をお願いするわ」


 これは一種の脅しだ。契約魔法は、破れば相応の罰が下る。こう言って……彼が拒否してくれればいいのだけれど。


「勿論です。違反時は俺が死ぬと言う契約でいいですか?」


 レオン様は驚く様子もなく淡々とそう告げて、私の提案をすぐに受け入れた。何を考えているのだろうか。契約魔法などかなりリスキーだ。今は国同士のトップが友好同盟を結ぶ時くらいしか使われない。これは絶対に裏切らないという魔法なのだから。


 一度契約すると破棄できない。約束を破れば死ぬと契約したらレオン様が話すつもりがなくても、拷問にかけられて無理矢理言わされるとか寝言とか……どうしようもない状態で話してしまっても必ず死んでしまうのだ。


「じゃあ、かけま……」


「やめて!……やめてください」


 私は大きな声で、レオン様の魔法を止めた。彼は不思議そうな顔で首を傾げた。


「そんなリスクをあなたがわざわざ負う必要はありません。話しますから……他言無用でお願い致します」


「あなたはやはり優しいですね。あの……今更ですが、お名前を教えていただけませんか」


 彼はふんわりと笑い、私にそう質問をした。そういえば名前も告げていなかったわ。


「私はレベッカ・シャレットと申します。魔法省で事務員をしておりますわ」


「レベッカさんか……とてもいい名前ですね。ずっと憧れてたあの時のお姉さんの名前を知れて嬉しいです」


 ヘヘヘっ、と照れたように笑う彼はまるで子どものようだ。だめだ、気持ちを乱されてはいけない。


「私自身は魔力を持っていません。何度も測定しましたが、ゼロでした」


「え……?でも」


「この髪には魔力が宿っています。対価分の量を切れば、どんな酷い怪我や病気も治る。しかしこの治癒魔法は有限です」


 私は自分の漆黒の髪をさらりと、指で掬って見せた。


「そして一度切った髪は二度と伸びません」


 レオン様は目を見開きながら驚いて「ひゅっ」と息を止めたのがわかった。


「そんな……女性にとって髪はとても大事な物なのに。俺のせいで……二度と髪が伸びないなんて。それは……それは何をしてももう戻らないのですか?」


「戻りません」


 髪が戻らないと聞いて、彼は頭を抱えて深く俯いた。きっと話せばショックを受けるだろうとは思っていたので、この反応は想定内だ。この国の女性にとって()()()は美しさの象徴であり、大事なものだから。


「そうだ。確かにレベッカさんに初めて逢った時、髪は腰の位置位長かった。俺は……何も知らずに今まで。すみません、本当にすみません」


 悲壮な顔で私の手を握り、彼は何度も謝ってくれた。私はポンポンと慰めるように彼の肩を叩いた。


「髪と命なら、誰だって命を取るでしょう。人間として当たり前のことをしたまでです。だから、お気になさらず。結婚なんて形で恩を返す必要はないわ」


 私はそれ以上話すことはないと、立ち上がった。去ろうとした時に、彼に呼び止められた。


「あの……!髪は治療の対価なんですよね?幼い頃から俺の魔力は強かった。だからそんなに沢山切らねばならなかったんですか?」


 今の私の髪は肩までしかない。つまりは助けるために半分くらい髪を切ってしまったということだ。


「……その通りです。だから誰にも言わないで下さいね。この魔力を他人に知られて、悪用されたら私は坊主になってしまうもの。私はもう髪は切らないと決めています」


 私はなんてことないように、わざと笑いながら冗談っぽくそう話した。


 バチンっ!


 大きな音に驚くと、レオン様が自分の両頬を自分の手で思い切り叩いていた。


「……っ!」


「な、何してるんですか!?」


 遠目に見ても、彼の頬は真っ赤になって痛々しく腫れていることがわかる。


「不甲斐ない自分に気合を入れてました」


「気合……ですか?」


「はい。レベッカさん、今まで何も知らずにあなたに辛い思いをさせて本当にすみませんでした。俺は魔力のある女性ばかり調べて探していたから、なかなかレベッカさんに辿り着くこともできませんでした。でもこうやってまた出逢えた!これからは俺があなたを幸せにしますから、全て任せてください!」


 彼はキラキラした瞳で、私にニッコリと微笑んだ。


「……は?」


「俺があなたを幸せにしますから、結婚してください!いっぱい魔物倒して、いっぱい稼いできます」


 意味不明なことを言い出すレオン様に、私は頭がクラクラして……その場で倒れそうになった。



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