16 お泊まりデート②
泣きそうにおろおろと動揺しているレオンさんをなんとか落ち着かせ、私は冷静に話を聞くことにした。
「あの、今日と明日他に空いている部屋はありませんか?」
「申し訳ありませんが、満室でございます」
「そうですか……一部屋で大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」
私がそう言うと、彼は困った顔で「レベッカさん」と呟いた。
「行きましょう」
指定された部屋に入ると、スイートルームなだけあってかなり豪華な部屋だ。立派なダブルベッドの後ろには海が広がっている。オーシャンビューというやつか。
「素敵な部屋ですね」
「……」
「レオンさん?」
さっきからレオンさんは暗い顔で黙って俯いたままだ。
「すみません。別の部屋にするから旅行に行きましょう、って約束したのにこんなことになってしまって。でも信じてください。俺こんなこと本当にしてなくて……」
彼がガバリと頭を下げた。私はレオンさんが仕組んだなんて一ミリも思っていない。
――絶対にあの人だ。
残念なことに、私はこんなことをする男に一人だけ心当たりがある。
「レオンさん、もしかして団長にここに行くこと話しました?」
「え?休みの申請する時に団長がデートならこの街は景色がいいからおすすめだって教えてくれて、このホテルも綺麗で評判が良いって……まさか!あの人が!?」
――ほら、やっぱりあの男だ。
「十中八九、団長のせいですよ」
「うわっ、あいつ本当にあり得ねぇ……!!」
レオンさんは乱暴な言葉遣いで団長に文句を言った後、ガクンと膝から床に崩れ落ちた。
「だ、大丈夫ですか?」
私が心配になってレオンさんの近くに寄ると、うるっとした瞳で私を見つめた。
「すみません。やっぱり俺のせいです。団長にレベッカさんとデートか?って揶揄われた時に誤魔化せなくて」
それは私も同罪だ。団長に揶揄われて真っ赤になってしまったことが何度もあるから。あの人は賢い。だから、わざとそうなるように仕向けている節がある。
そしてこちらとしては腹が立つし迷惑だが、本当に悪い人ではなく意味のあることにしか時間を割かない男だ。
いつ来るかわからない私のタイムオーバーの日。今回はそのせいで彼との結婚に尻込みをしている私への後押しのつもりなのかもしれない。それならば被害者はむしろレオンさんだ。
「レオンさん、立ってください。こんな素敵なところでしゅんとしているなんて勿体ないですよ?せっかく休暇を使ってきたんですから楽しみましょう」
「レベッカさん……」
「団長に『おかげさまで楽しかったです、ありがとうございました』ってサラリと言いましょう?それが一番あの人は悔しいはずですから。狼狽えたらあの人の思う壺です」
「はい。レベッカさん格好良い!好きです!!」
彼はぎゅうぎゅうと私に抱きついて、しばらく甘えるように肩にぐりぐりと額を擦り付けていた。
それからなんとか元気を取り戻したレオンさんと部屋の中を見て回り、その豪華さに驚いた。
「お風呂もかなり大きいっすね。二人くらい余裕で入れそう」
「……」
それはどういう意味なのか真意を計りかねていると、私が急に黙ったことに彼が気が付いた。
「ち、ち、違いますからね!一緒に入りたいとかそういう破廉恥な意味はないですから!全く……本当にっ!!」
レオンさんが真っ赤になって顔の前でブンブンと手を左右に振っている。それがあまりに必死で私はくすり、と笑ってしまった。
「あら、それは残念です。お誘いかと思いましたのに」
「ええっ!?」
そんな冗談を言うと、彼は頬を染めパクパクと口を開けたり閉めたりしながら動揺している。
「嘘です」
「はぁ……もう。レベッカさんまで俺を揶揄わないで下さいよ!」
レオンさんはため息をついて、私をジロリと睨みつけた。
「ふふ、ごめんなさい。なんだか可愛いなって」
ムーっと唇を尖らせて拗ねた後、私の耳元でそっと囁いた。
「結婚したら毎日一緒に入りましょうね?」
突然甘く低く響く声でそんなことを言うので、私の心臓がバクバクと煩くなった。
「レベッカさんの耳真っ赤で可愛い」
「……っ!?」
ニカッと眩しく笑う彼はいつも通りに戻っていた。たまに見せる『男』の顔に私はいつもときめきと戸惑いを感じてしまう。
「あ!そろそろ時間だから、バルコニー行きましょう」
「時間?」
「レベッカさん、いいから早く早く!」
私の手を引きバルコニーの外に出ると、そこには見事な夕焼けが広がっていた。
「うわぁ……素敵です。綺麗ですね」
目の前に広がる海に大きなオレンジ色の夕日がゆっくりと溶けていくみたいだ。
「ああ、とても綺麗」
ちらりとレオンさんの方を見ると、彼は夕日ではなく私をまっすぐ見つめていた。それに気が付き胸がギュッと苦しくなる。
「夕日を見てください」
「夕日を見ているレベッカさんを見てます。凄く綺麗です」
私は一瞬で頬が真っ赤に染まった。だけど、きっとこの夕日の赤さで見た目では分からないことが救いだった。
「レベッカさん、好きです」
真剣な顔でそう告げた彼も夕日でオレンジに染まっている。銀髪がキラキラと輝いて……とても綺麗だ。
「大好き」
彼の手がそっと私の頬を包んだ。私が彼を見上げると、嬉しそうに目を細めて笑った。私はドキドキしながらゆっくりと瞳を閉じた。
ちゅっ
僅かに触れるだけの優しいキス。ファーストキスが最愛の人とこんなロマンチックな場所でいいのだろうか。あまりにも贅沢すぎる。
――今、世界が終わってもいいな。
そんなことを思ってしまうほど、幸福に満ちた瞬間だった。
キスをした後お互い急に恥ずかしくなって、少しそわそわしてしまった。
「もう一度……してもいいですか?」
「はい」
そのままちゅっちゅと何度も軽く唇を重ねていたはずなのに、いつの間にか濃厚なキスに変わってきている。
私は内心パニックになり、自然と身体が引いてしまうと『逃がさない』とでもいうようにグイッと腰をホールドされた。
ちゅっ……ちゅ……唇を舌でなぞられ、甘噛みされて頭がクラクラする。気持ち良くて恥ずかしくて、苦しくておかしくなりそうだ。
「んっ」
私の口から変な声が漏れると、彼は熱っぽい瞳をギラつかせた。
「はぁ……かわい……」
その後も激しくて甘い口付けは、夕日が完全に沈んで暗くなるまで続いた。
私は息が上手くできなくて、くたりとレオンさんの胸に倒れ込んだ。彼はギュッと抱き締めてくれた。
「……すみません、最初からがっついて」
どうやら自覚はあるようで、レオンさんは気まずそうに目線を逸らした。
「もう一度って言ったのに嘘つきですね」
「ゔー……すみません。ずっとずっとレベッカさんに触れたかったから。暴走してしまいました」
さらに私を抱き締めて首筋に鼻を埋めてくるので、くすぐったい。
「いいです。私も気持ち……良かったので」
私は小さな声でそう呟いた。
「やめてくださいよ。そんな嬉しいことを言われたら、また暴走しそうです」
二人の間に妙に甘ったるい空気が流れて、どうしたらいいか困ってしまう。
「く、暗くなったので中に入りましょう」
「は、はい」
動揺しながらぎこちなく部屋の中に入り、ソファーに座る。
「ディナーはこのホテルのレストラン予約してるんです」
「そうですか、楽しみです」
それから少しフォーマルな装いに着替えて、素敵なディナー会場に向かった。そこで少しお酒を飲みながら終始楽しく話して、美味しい食事と素晴らしい景色を楽しんだ。
レオンさんと一緒ならいつでもどこでも楽しくてあっという間に時間が過ぎてしまう。
――私もレオンさんを愛している。
隣にいる彼をじっと見つめながら、改めてそう思った。