15 お泊まりデート①
事務室に帰って確認すると、本当に休暇届が受理されていた。そんな勝手なことがあっていいのだろうか。
「団長からレオン君と合わせて休暇を取らせてやりたいから頼むと言われたんです。あれ?休暇はレベッカ嬢の意思ではありませんでしたか?」
「団長が勝手にしたことです!」
プンプンと怒る私を見て、事務長は目を細めて優しく笑った。
「……取り消しもできますが、どうしますか?」
「……」
ニコニコと笑っている事務長は、私が取り消しをしないことをわかっているようだった。それがなんとも恥ずかしくて私は俯いた。
「……です」
「はい?」
「……そのまま……で……い……です」
「そうですか。では、ゆっくり休んでください」
こんなことになるなら、団長のせいだ!なんて怒らなきゃ良かった。余計恥ずかしい思いをするはめになるなんて。
そんなこんなで、私達は週末に三日間の休みを取ることになった。
♢♢♢
「レベッカさん!」
女子寮の下まで迎えに来てくれたレオンさんは、小走りで私に駆け寄ってきた。今日は前髪を上げていて、いつもより大人っぽい。
「レオンさん、おはようございます」
「おはようございます。レベッカさん、今日も可愛いです」
可愛いと言ってもらいたくて、今日のために新しいワンピースを買ってしまったのは彼には秘密だ。
「あ、ありがとうございます。レオンさんも素敵です」
「……ありがとうございます」
お互い褒めあってなんとも言えない雰囲気が漂い、二人とも照れてしまった。
「じゃあ、行きましょう!」
彼は当たり前のように私の荷物を持ってくれて、空いている方の手をつないでくれた。細やかなことだけれど、それがなんだか恋人の特権のようで嬉しくてくすぐったかった。
そのまま二人で馬車に乗り込んだ。今日の目的地は馬車で三時間ほどかかるので、少し遠いお出かけだ。
「レベッカさん、疲れちゃったら横になっていいですからね。俺の膝いつでも貸しますから!」
レオンさんはポンポンと自分の膝を叩いている。膝枕をしたいのではなく、私にさせてくれるつもりらしい。
「ふふっ、普通は男性の方が膝枕をしてもらう側じゃありませんか?」
「……え?え!?俺がしてもらえるんですか!?そんな贅沢許されるんですか!?」
興奮したレオンさんが立ち上がって、馬車の屋根でガンッと頭を打った。
「痛ってぇ!」
それがおかしくて私は涙を流してケラケラと笑った。
「……そんな笑わなくてもいいじゃないですか」
「ふふ、ごめんなさい。おかしくて……ふふっ」
不貞腐れながら、頭を撫でている彼が可愛らしい。私もポンポンと膝を叩いた。
「よろしければどうぞ」
レオンさんはチラリと私を見てから「じゃあ、遠慮なく」と言ってコロンと私の膝の上に転がった。
「レベッカさんの膝枕めちゃくちゃ柔らかくて気持ちいいです」
「あら、もう機嫌が直ったのですか?」
私がくすり、と笑うとレオンさんは上目遣いで見つめてきた。
「……直ってないです。だから撫でてください」
どうやら彼はこのまま甘えるつもりらしい。私は彼がぶつけたところを優しく撫でた。気持ちいいのか、レオンさんは目を細めている。
「こうしてると、あなたに初めて出逢った時のこと思い出します。あの時のレベッカさんも膝枕してくれましたよね」
「そうだったわね」
「……あの時俺はあなたに一瞬で恋したんです」
レオンさんは私を見つめて、幸せそうに微笑んだ。
「言っておきますが、レベッカさんが魔法を使ってくれる前から好きでしたからね!あの時の俺に伝えたいな。お前の初恋はちゃんと実るぞって」
私は彼のおでこにチュッとキスをした。なんだか彼のことが堪らなく愛おしくなったからだ。
「なっ……!レ、レベッカさんっ!?」
レオンさんはわかりやすく真っ赤になった。
「私の初恋もあなたなので、ちゃんと実りました」
「そう……デスカ。コウエイデス」
何故か片言になったレオンさんは、真っ赤な顔を隠すように目に手を当てていた。
そんなことをしているうちに、あっという間に街に着いた。長旅も二人ならば退屈なんてことはない。
彼はガバリと起き上がり「ありがとうございました」と深々と頭を下げた。私も「どういたしまして」と頭を下げる。
お互い頭を下げている光景がおかしくって、二人で「ぷっ」と吹き出した。
――ああ、楽しい。どうしてレオンさんとならただの馬車でも楽しいのだろう?
「せっかくの休日楽しみましょう!」
「はい」
彼のエスコートで馬車を降りると目の前には街があり、その奥には海が広がっていた。
「うわぁ、凄いですね」
「ここ綺麗でしょう?俺ずっとレベッカさん連れて来たかったんです」
陽の光を浴びてキラキラと輝く水面が、素晴らしく美しい。
「まずランチ食べに行きましょう!」
荷物だけホテルの受付に預けて、レストランに向かった。そこは海が見える場所にあり、シーフード料理を沢山出してくれるお店だった。
景色が綺麗で、新鮮なお魚や貝は素晴らしく美味しくて二人でたっぷりと食べた。
「あー美味かったですね」
「本当に。すごく美味しかったわ。レオンさん、ご馳走様でした」
素直にお礼を言うと、彼は「なんか嬉しい」とニマニマし始めた。
「何が嬉しいんですか?」
「だって、レベッカさん付き合う前は奢られるの嫌そうだったじゃないですか。それが今や!当たり前のように支払える喜びを感じてます。俺は『恋人』なんだぞー!って」
「お金を払って喜ぶなんて変ですよ」
えへへと笑っている彼を私は呆れたように見つめた。
「全然変じゃありません!俺が稼いでるのはレベッカさんとの幸せのためですから。むしろ派手にじゃんじゃん使ってください。そうすれば、俺が沢山稼がなきゃいけなくなって……気がつけばこの国の魔物は全滅して平和になります。ね?みんなハッピーですよ!」
レオンさんはそんな突拍子もないことを真顔で言っている。私のために稼ぐなんてやめて欲しい。
「私は性格が悪いので、みんなの幸せなんて望みません」
「え?」
「私はあなただけ幸せならそれでいいです。たくさん稼げなくても、魔物を倒さなくても私は構いません。地位も名誉も……お金もいりません。例えなにも持っていなくても、私はあなたを選びます」
レオンさんは急に顔を手で隠して、天を仰いで「ゔーっ」とか「あーっ」とか変な呻き声をあげている。
「レベッカさん、めちゃくちゃ嬉しいです。嬉しいんですけど……なんで外でそんなことを言うんですか」
「どういう意味ですか?」
「……今すぐ抱き締めたいってことです」
小声で耳元で囁かれて、私はぶわっと全身真っ赤になった。
「でも抱き締めるのはホテルに行ってからの楽しみに取っときます。さあ、早く船乗りましょう」
彼に手を引かれ、二人で海まで駆け出した。そして船に乗り込み、広い海を目一杯堪能した。
「あ!これ美味そうですよ。食べましょう?」
それから街に下りて、屋台で人気のアイスクリームを買って食べた。
「ふふっ、レオンさん急いで食べるから鼻に付いてますよ」
「え?本当ですか?恥ずかし……」
彼が指で取ろうとしたのを止めて、私はハンカチでそっと拭った。
「はい、取れましたよ」
「……あ、ありがとうございます。レベッカさん、こっちの味も美味しいですよ。食べますか?」
そう言われたので、差し出されたアイスクリームをそのままペロリと舐めた。
「ん、美味しいです!じゃあ私のも食べてください」
私も同じように、自分のアイスクリームを差し出すとごくりとレオンさんの喉が鳴った。
「あー……はい。じゃあ遠慮なく」
パクリと食べた後、彼は真っ赤に頬を染めた。私が首を傾げると、レオンさんはボソボソと呟いた。
「いや……間接キスだなって」
「……っ!」
「それにアイス舐めてるレベッカさんちょっとセクシー……」
私は彼をジロっと睨んで、腕をギュッと強くつねった。
「痛い痛い痛い……痛いです!すみません。変なこと言ってすみません!!」
「馬鹿」
「……はい。馬鹿です。すみません」
彼が平謝りを続けるので、私は許してあげることにした。今日は移動の疲れもあるので、一旦ホテルで休んでからディナーを食べに行こうという話になった。しかし、そこである事件が起きた。
「え?一部屋しか予約できていないってどういうことですか!?」
「二部屋のシングルルームから、ダブルのスイートルーム一部屋に変更があったと承っておりますが」
そんなとんでもないことをホテルの受付のお姉さんが言い出したのだ。
「えええぇーーっ!?」
レオンさんは叫んだ後、青ざめた顔で私をチラリと見て「俺そんなことしてません」と泣きそうな顔でぶんぶんと左右に顔を振っていた。
お読みいただきありがとうございます。
デート編しばらく続きます。