14 デートのお誘い
レオンさんと恋人になって一ヶ月……お付き合いはとても順調だと思う。彼が魔法省内にいる時はお昼休みに時間を合わせて一緒にランチをしたり、仕事終わりに待ち合わせて街に出かけたりしている。
レオンさんのことは好きだが、結婚はまだ考えられないということも正直に話した。どうしてもまだその勇気が出なかったのだ。しかし、近いうちに……自分の口からきちんと真実を話したい。
彼は結婚のことは自分の問題だと勘違いしているようで「俺が早く一人前になります」なんて意気込んでいた。
事務長やアリシアさんにも『よかったですね』なんて祝福されて少し恥ずかしいが、嬉しかった。
私はカトリーナ様にも直接『レオンさんとお付き合いを始めた』と話した。彼女には……話すべきだと思ったから。
「知っていますよ。わざわざ教えていただかなくても、知らない人なんていませんわ」
彼女はプイッと私から顔を背け、グッと拳を握りしめた。
「それでも、きちんとお話しておきたかったのです」
「キスは子どもの頃に、たまたま唇が触れただけの事故でした。付き合っていたような言い方をわざとして申し訳ありませんでした。昔から好きだったのに、私を女として見てくれないから悔しかったのです」
彼女は哀しそうな顔をして、頭を下げて正直に謝ってくれた。
「一度目の告白は学生時代です。レオンには『好きな人がいるから』ってすぐに振られました。相手は誰か聞いたら幼い頃会った名前も知らない女性だって言うから……まだ私にも可能性があるって思っていました。探しても見つからないって言ってたから、その内彼も諦めるだろうって。レオンは人気だったけど、どんな可愛い子とも付き合わないからむしろ安心してたんです。でもまさかあなたと再会するなんて……」
レオンさんは本当にあの時からずっと私を想っていてくれていたようだ。
「そして、この前二度目の告白をしました。あなたに嘘までついてずるいことをして、レオンが傷心の時をあえて狙いました。だけど『好きな人がいるから』って……一度目と全く同じ答えでした」
彼女は哀しそうに俯いて、力なく小声でそう答えた。
「……レオンは見る目がないわ。私の方がよっぽどいい女なのに」
拗ねたようにそう言った彼女の横顔は、とても可愛らしかった。彼女が魔法省内で人気があるのも納得だ。
「その通りです。彼は本当に女の趣味が悪い。でも……もう私は彼を離す気はありません」
はっきりとそう言った私に、彼女はふわりと微笑んでくれた。
「レベッカ様はレオンときちんと向き合うことに決められたのですね。完全に私の負けです。私も彼なんて目じゃないくらい、素敵な男性を見つけますわ!……私をちゃんと愛してくれる人を」
きっと彼女はこれからさらにモテることだろう。失恋して大人になったカトリーナ様は、以前よりももっと魅力的なのだから。
♢♢♢
私が毎日薬を患部に塗ってあげているおかげか、怪我はほとんど治っていた。顔も傷が残らなくて良かった。
「レベッカさん、今度の休みデートしましょう」
「……?いいですよ?」
わざわざ襟を正してそんなことを言うので、私は首を傾げた。付き合ってから毎週のように休みは一緒に過ごしているので、そんなに改まって言うことでもない。
「と……り……とか……ドウデスカ」
彼はカチカチに緊張しながら、小さな声で呟いた。ん?と……りって何?
「え?なんと仰いましたか?」
「と……」
「と……?」
レオンさんの顔がみるみる真っ赤に染まり、何故か汗もかいている。私は眉を顰めながら、彼に近付いた。そんなに言いにくい場所にデートに行くのか?
「と……泊まりたいんですけど!」
泊まり……とまり。なるほど……それは予想していなかったことだ。
「もちろん部屋は別々でいいんです!そういうことは結婚してからって決めてますから。でも女子寮は男子禁制で入れないし、もっと長く一緒に……いたい……です」
彼の手は震えていて、とても勇気を振り絞って言ってくれたのがわかる。それに、私にとってもすごく嬉しい提案だった。
「はい、行きましょう」
「いいんですか!?」
「……はい」
少し恥ずかしいけれど、彼と過ごす時間はとても幸せだから。実はまだレオンさんとは手を繋いだくらいで、唇へのキスもしていない。そろそろもう一歩進んでも良いのかもしれない。
「やったーー!」
彼はガッツポーズをしながら、大いに喜んでいる。なんだかその姿が可愛らしくて、愛おしい。
「うわ……嬉しいです。ちょっと遠出して海沿いを歩いて、美味しいもの食べましょう!」
彼は興奮しながら、嬉しそうに熱くそんな提案をしてくれた。
「いいですね、楽しみです」
すると、レオンさんはふぅと大きなため息をついて真面目な顔をした。
「良かったです。でも泊まるなら、その前に一度レベッカさんのご両親にご挨拶させていただけませんか?俺は本当は今すぐにでも婚約したいけど、レベッカさんが結婚してもいいって思ってくれるまでそれは待ちます。でも……真剣にお付き合いしてるって安心してもらいたいんです」
――それは、できない。
その件を話すのであれば私から時間をかけて家族への説明をしないと、きっと許してもらえない。
「私の生家へ行くのは時間がかかるし、わざわざあなたに来てもらうのは申し訳ないわ。両親が王都に来る用事がある時に……ついでにお願いします」
私はなるべく当たり障りないお断りをした。レオンさんとのこと……両親は喜ばない可能性が高い。私はレオンさんのことを知らされていなかったが、両親は私が助けた少年がレオンさんだと調べて知っている。
「距離なんて関係ありません。どれだけかかっても行きますよ。レベッカさんの大事なご両親なのですから」
「いいの!私はもう結婚適齢期を過ぎているし、働いているから親から干渉されることもないわ。むしろ私とお付き合いしていることを、レオンさんのご両親がよく思われないかもしれないわ」
私は少し強い口調で、強引に話を逸らした。
「どちらかと言えば私がご挨拶に伺った方がいいんじゃないかしら」
ふふ、と笑うと彼は左右に首を振った。
「俺は……嫡男ではありませんから割と自由です。結婚は好きな人としてもいいと許可をしてもらっています」
「私は子爵だけど大丈夫かしら?下級貴族は歓迎されないんじゃ……」
「そんなこと関係ありません!それに反対なんて絶対にさせません。だって両親は俺を治してくれたレベッカさんに感謝していて、ずっとずっと探していたんですから」
そう……レオンさんのご両親は治療をしてくれた女性の魔法使いにお礼をしたいとずっと探してくれていたそうだ。
だからこそ、私はレオンさんを治療した翌日には親戚の家から急いで家に戻らされた。そしてレオンさんのご両親から私のことを聞かれた時も「我が家の娘に魔力はありません」と伝えていた。お父様やお母様は私の魔法についてはひたすら隠していた。見つかれば大事になることは目に見えているから。
「レオンさん、私の力のことは……」
「わかっています。今は両親には言いません。だけど……俺と結婚する時には伝えさせてもらえませんか?」
彼が真剣な顔で、私の手を握った。結婚をする時……それは本当にやってくるのだろうか。
「ええ、もちろんよ」
私は嘘をついた。そう言ったのを聞いて、彼はパッと表情が明るくなった。それを見て良心が痛む。
「レベッカさん、ご両親が王都に来られる時は必ずご挨拶させてくださいね!約束ですよ!」
「……はい」
「ああ、週末が楽しみだな」
ご機嫌な彼を見て、私は無理矢理笑顔を作った。この幸せはいつまで続くのだろうか。
♢♢♢
「レベッカ嬢、あいつを引き取ってくれて助かったぞ」
フッと笑いながら団長が声をかけてきた。私達が付き合っていることは知っているだろうに、特に揶揄ってこないことに安心していたが……やはりスルーはしてくれないらしい。
「おかげでレオンは絶好調だ。目の前に褒美の人参があると馬は必死に走ると言うのは本当だな。くっくっく、あいつは単純で可愛い男だな」
実は……そうなのだ。付き合ってからというもの、レオンさんはまたやる気満々で強い魔物をバシバシ討伐をしているらしい。褒賞もなかなかの額になっていると聞いた。
「人参って……もしかして私のことですか?」
私はあからさまに嫌な顔をして、団長をギロっとと睨んだ。
「くっくっく、そうだ。あいつには早く俺のところまで追いついて欲しいんでな。これからも頼む。そうだ!週末に一日多く休みをやったから……ゆーっくり楽しんでくるといい」
それを聞いて私は真っ赤になった。なんで団長がそんなことを知っているの?
「な、な、なんでそんなこと」
「あいつがプラスで休みが欲しいって駄々をこねるから『デートか?』って揶揄ったら君と同じように真っ赤になったからすぐにわかった」
ゲラゲラと腹を抱えて笑っている団長が憎らしい。
「……私は仕事がありますから」
「事務長に君の休み申請も出しておいてやったぞ。優しい俺に感謝してくれ」
――はぁ!?そんなことあり得ない。
「勝手に何してるんですか!?」
「気が効くだろう?土産は美味い酒でいい。二泊三日でたっぷり愛し合ってこい」
ゲッホゲホと私が咽せたのを見て、団長は笑いながらバシバシと背中を叩いてくる。
「……お父上には秘密にしておいてやるから。順番だけは間違えるなよ?」
意味深に色っぽく口角を上げ団長が言った意味がすぐにはわからず、眉を顰めたまま首を傾げた。
「……?」
順番とは何のことだろうか?団長の顔からして、碌でもないことのような気がするけれど。
「夜盛り上がりすぎるなってことだ」
小声でそう言われて意味がわかった。私は一瞬で身体中が熱くなった。
「な、な、なんて品のないことを仰るのですか!?」
「品も何も、男と女でやることなんて一つしかねぇだろ」
「……!」
私は団長をギロっと睨み、持っていた書類で彼の背中をバシッと叩いた。
「乱暴な女は可愛くないぞ」
ふふん、と笑いながら去っていく団長の背中を恨めしく見つめていた。