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研究者の巣  作者: 縁 ゐと
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弟子を取る

 モルガンがメイヴィスとであってはや1ヶ月。朝早く起き出して、モルガンはひとつ大きな伸びをして畑に踏み出した。初夏の畑は気を抜くとすぐに草が生えてきてしまう。別に栄養を阻害されるなどはあまり考えたことがないが、収穫の時に邪魔になることがあるので草丈が高くなるものは抜いている。

「お、これは…」

 雑草の中に、薬草がぽつんと生えていた。乾かして煎じると下剤になる薬で、混ぜるものによっては薬効が変化する面白い草だ。早速いそいそと薬草用の籠を持ってきて、丁寧に採取した。

「思わぬ収穫があったな」

 畝を踏まないように歩き、朝使う分のミントを収穫して、家に戻る。物置を整理して掃除して作ったメイヴィスの部屋の戸を三度軽く叩いてから入室した。

「失礼するぞ。…まだ寝ていたか」

 モルガンのお下がりを着て寝ているメイヴィスを起きるまで観察する。かつての親友に眼や髪色以外生き写しの姿はモルガンをどうしても感傷的な気分にさせた。

「本当に、よく似ている」

 そっと頭を撫でると、朝の白い光に照らされたやわらかなダークブロンドの睫が震えて、よく晴れた秋の天頂を思わせる目が少しずつ姿を現した。

「…おばさま…?」

「おはよう。ほら、もう朝食を作るから起きろ」

「あわわっ、すみません!」

 慌てて謝罪する姿にくすっとモルガンは笑った。

「大丈夫だ。ここの暮らしにはゆっくり慣れていけば良い。こんな辺鄙なところでは誰も少し寝坊したくらいで怒らないぞ」

 さぁ、顔を洗っておいで。とメイヴィスを促して、モルガンはキッチンに立った。メイヴィスが身を置くと決まったその日に作って使えるようにした木椀と木の匙を食卓に出して、そこにオートミールとドライフルーツを入れ、先日村の農家に貰った新鮮な牛乳を陶器のポットにたっぷり入れてテーブルの中心に置いた。

「…今日の朝食はそれですか?」

「ああ。…心配しなくとも王都で食べるものより数段美味いと思うぞ。どうにも王都に運ぶ途中で牛乳の鮮度が落ちてしまうからな」

 席に着いたメイヴィスは、牛乳をたっぷり贅沢にかけたオートミールと刻んだドライフルーツを恐る恐る口にした。

「!!」

「な、美味いだろう」

「もしかして私、今王族よりも贅沢なことをしているのでは」

「クク、そう思ってくれたなら嬉しいよ。確かに、王族は毒味やら何やらで出来立ての料理を食すことは難しいし、いくら良いものが入ってくると言ったって、産地に近いところで採れたものよりは劣るだろう。そうかもしれないな」

元貴族だということを感じさせない程の豪快さで、匙いっぱいに掬った具を大口を開けるモルガンにメイヴィスは疑いのような眼を向ける。

「…おばさま、元貴族ですよね…?」

「んむ?…ああ。そうだぞ。食べ方が貴族らしくないという意見か?…まぁ、いつでも気を張ってたら疲れるだろう。それに、美味いものは美味いうちに食べたいんだ」

「そうですか…」

「安心しろ、公式な場ではちゃんとするさ」

それに、私の友人の元貴族もこんな感じだぞ?と匙を口に運ぶ合間に言う師匠となる人物にメイヴィスは感嘆した。

「えっ、ご友人にも元貴族の方が!?」

「とは言えども隣国だがな。よく取引をする村の先生が元貴族の令嬢なんだ。今でも上品さの残る美しい人だぞ」

窓からの後光のような光を背負った、灰色の睫を伏せて匙に食いつこうとしている母の友人の顔を見て、ふと女を何人惚れさせてきたのだろうと思った。

「おばさまって女たらしね」

モルガンは思ってもみないことを言われて元気よく咳き込んだ。

「…そう見えるか」

「ええ。人を簡単に誉めるから沢山の女性に惚れられそうだと思います」

「誉めるのは癖だからな。相手も自分も嫌な気にならないから処世術としては私の肌に合うんだ」

「博愛主義ね」

面倒事を避けたいだけなんだがな、と困った風にもみ上げの毛を耳にかけ、朝食を再開する。オートミールはだいぶふやけていた。


 食後の冷たいミントティーを楽しみながら進路相談のような会話を取り交わす。

「それで、私のようになって何がしたいんだ?」

「おばさまのように、護りの魔法をかけたものが作れるようになりたいです。」

「ふむ…だが、私の修行は厳しいぞ?私と同じ道を辿るならば弟子として師である私より優れていなければならんからな」

「いいえ、私、おばさまと同じ道を辿るつもりはありませんわ」

カップに唇を寄せて目を伏せていたモルガンは、はっとしたように目を上げてから呵呵と笑った。

「それはいい!それで、どうする?」

「服に魔法を付加させます」

「それは、木綿にもできるのか?」

通常、魔法は石などの媒体に込める。その染み込みやすさは材質によって差があり、繊維に於いては絹が一番だ。だが絹は到底庶民に手の出るものではない。それは、貴族から疎まれて排斥されたメイヴィスにとって、手の込んだ自殺でしかない。だが、メイヴィスは目に決意の光を溜めて、しっかりと目の前の師匠を見据えた。

「できます!学園で私はその研究をしておりました。うまく行けば量産することも可能です」

モルガンは、良い表情(かお)をするようになったな。と母親のような気持ちで眩しいその様子にしみじみと微笑んだ。

「分かった。お前が学べることは少ないかもしれないがしっかりと学べ。そして、私を唸らせてみせろよ」

ミントティーを準備するときにこっそり掌に隠しておいたブローチをメイヴィスの襟元につけてやる。チカリ、とカボッションカットした孔雀色の石の裏側に精緻な呪文の細工を施したブローチが光を反射した。

「我が愛弟子に、幸多からんことを」

ブローチを中心に光が広がって、窓を開けていない室内に風が吹く。それらが落ち着いた頃、ブローチには蛍のようにやわらかな光が宿っていた。それは、モルガンがメイヴィスを正式に弟子として認めた証だった。

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