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研究者の巣  作者: 縁 ゐと
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半隠者の孤独からの転調

なんとなくフワッとした設定で書き始めました。

 国境近くの深い森の中、モルガンは爽やかな朝の庭に似つかわしくないものを見留めておや、と片眉を上げた。ミントが増殖した畑の一角に仕立ての良いセレストブルーのドレスを纏ったうら若い女性が倒れている。自分の敷地で倒れている人を見たら普通の人なら驚いたり慌てたりするものだ。しかし、モルガンは動揺することなく倒れている人の対処を始めた。モルガンはもう35歳だ。だが昔に術に失敗して見かけも身体能力も17歳で止まっていた。やや高めの身長で必要最低限の筋肉がついたひょろっこい体つきをしている。伸びた艶の少ない濃灰色の髪をうなじ辺りで束ね、どこか乾いたアッシュグレーの目の下は隈が見える。

「もしもし、起きてください。」

モルガンが女性の肩を優しく叩いてやや大きめの声で呼び掛けると長い睫毛が震えて隙間からプルシアンブルーの瞳が覗いた。

「あ、起きられましたね。立ち上がれます?」

女性は暫く焦点の合わない瞳でぼんやりしていたが、モルガンの言うことを理解したのかゆっくりと起き上がる。しかし、靴が壊れていてうまくバランスがとれておらずふらついていた。

「うーん…あ、そうだ。マントを敷いておきますから座っていてください。突っ掛けを持ってきます。」

何か言おうとして女性は咳き込む。その様子を見て軽食用に持っていこうとしていた桃を弁当箱ごと渡した。

「喉の渇きはマシになるでしょうからどうぞ。」

彼女が頭を少し下げるのを見てモルガンは急いで家に突っ掛けを取りに行った。


 家に招き入れた女性にほんの少し蜂蜜を入れた檸檬水を渡すと彼女は声を押し殺して静かに泣き出した。困惑して見ていると、女性は謝罪する。

「すみません、あまりにも(わたくし)の世話をしてくれていた侍女に似ていて…」

少し蜂蜜を入れた檸檬水をくれた侍女と面影が重なったのだと彼女は語る。

「そうなんですね。」

「はい…義妹に奪われてついには追放されました。」

女性の声が一気に地を這うような低いものに変わった。心なしか目付きがきつくなった気もする。

「いつも義妹はそうなのです。私から全てを奪って修復不可能に壊してしまうのです。お母様の形見も、お気に入りのドレスも、婚約者も…すみません、こんなこと言われても困りますよね。」

成程、母親を亡くした上に婚約破棄されたのか。とすっきり腑に落ちた。それと同時にこの身分の高いご令嬢が憐れに思えて堪らない。だが、はっきりさせるところははっきりさせておかないといけないと泣き止んだ女性にモルガンは問いを投げ掛けた。

「幾つか質問したいのだけど、貴女は家から縁を切られてしまったのですか?」

「え?…ええ。」

その肯定の返答に少し安堵する。これで縁を切られていないと言われてしまえば誘拐だのなんだのと難癖をつけられる可能性があったからだ。それは国と小さくない因縁があるモルガンにとってその難癖は肥溜めに潜り込んでゴソゴソカサカサ動き回っている黒光りする虫より嫌悪感を感じるものだ。

「では、貴女はどんな難癖でこんな場所まで来ることに?」

「…義妹の方が自身を愛してくれるとのことで婚約破棄されました。義妹は他の男も物色しているのに…悔しいです」

モルガンは吐きそうなのを堪える青い顔になった。

「つまり、貴女の妹はとんだ奔放娘というわけか。貴女も苦労したな」

敬語が外れたモルガンに気を留めることなく女性はげっそりした顔でどうも…とおとなしくモルガンに背を撫でられている。

「そういえば私は名乗っていないし貴女の名も聞いていない。私はモルガン。モルガン・バーナードという。貴女は?」

「私はメイヴィス・ブレイクリーと申します。」

家名を聞いてモルガンはぎょっとした。何故ならそれは嘗ての親友が嫁いだ家でかなり家格の高い伯爵家だったからだ。それと同時にもう枯れ果てた涙が出そうになるが出ず顔を歪めただけに留まった。

「そうか…エイプリルはもう逝ってしまったのか…」

「母を、知っているのですか?」

素朴な丸椅子から立ち上がって朝食を作りにモルガンは背を向ける。

「ああ。親友だったよ。」

その後ろ姿をメイヴィスはじっと見ていた。


 目玉焼きをのせたトーストと軽めのサラダを目の前に置くとメイヴィスはあからさまに目をキラキラさせた。その顔がエイプリルの顔を思わせて少し目を伏せる。

「あ、あの!これ、食べて良いんですよね!?」

「そのために出したからな。どうぞ。」

久しぶりに他人と食卓を囲むことになった。孤独に慣れ親しんだと思っていたが警戒する必要のない他人の気配がするだけでこんなにも嬉しいものなのかと驚いた。

「美味しいです。」

モルガンは表情がほころぶのを抑えられない。それと共に親友の娘と同じ食卓を囲むことになるなんて不思議なものだという気持ちが湧く。

「それは良かった。」

 食事を終えて食器を自作の洗浄機に入れていると背後に気配が立った。

「どうかしたのか?」

振り返らず作業を続けていると、数秒間躊躇ったような不自然な間が空いて意味のある言葉がメイヴィスの唇から溢れた。

「あの、モルガンさん。私はいつまでここに居て良いんですか?」

その問いの意味を測りかねて手を止め、思考を巡らせた。だが、当人以外にその人が考えていることなど正確にはわからないと結論を出しさくりと返答する。

「好きなだけ居たら良い。贅沢な暮らしはさせてやれないが身の安全は保障する。親友の娘のよしみだ。」

再び作業を再開すると柔らかな声で礼の言葉が紡がれる。それをこそばゆい心持ちで聞きながら洗浄機のスイッチを押した。

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