冬の花探し
あるところの、遠い遠い雪国の、そのまた奥深くには冬にだけあらわれる城がございました。
その城には、それはそれは恐ろしく冷たい心に、大きな目、長い足、触れると痛みで涙がでるような髪を持つ女王様がおりました。
女王には雪の中、決して獲物を逃さない狼達に、白い世界でも高く飛べる大きなワシ、悪戯好きの雪の精が常にそばにおりました。
そんな恐ろしい女王がある日、狼達にこう言いました。
「お前たちはいつも取ってこいと言えば、必ず何でもとってきてくれるね。」
女王はいつになく優しそうな目で狼達を見ました。
その様子を見て狼達の中で声の大きな者が言いました。
「勿論ですとも。我々はどんな物でも見つけ出し取ってきましょう。もし、何かあるのでしたらおっしゃってください。必ずや貴方様の望むモノを望む形で持ってきますから。」
狼は胸を張って言いました。誰を見ても嬉しそうに女王の次の言葉を心待ちにしておりました。
ですが、女王は中々話出しません。それどころか言おうとするとすぐに、どこか不安気に言うのをやめてしまうのです。
すると、横で見ていた鷲が言いました。
「もしも、貴方様が望むモノが狼達だけで不安ならば私をお使いください。どんな小さなモノも私の目ならば見つけ出し、狼達と持って参りましょう。さぁさぁ何なりとおっしゃってくださいまし。さぁさぁ。」
女王は鷲があまりにもせかすので、おずおずと言いました。
「妖精達が言っておったのを聞いたのだが、冬の次にはハルというものがくるらしい。ハルにはハナやムシというものが地を覆うのだそうだよ。
だがね、この城には冬のモノしかない。しかも私は冬にしか姿が現せないから見ようにも見れないのだよ。だからね、お前たち。
もし、だ。もしも、ハルのモノが何かあれば見つけてきて欲しいのだよ。
お願いできるかい?」
狼達は女王の欲しがるものはなんだってとってきました。
冷気で凍りついた朝露、美しい声で朝を告げる木々の歌、悪戯好きの妖精達の小さな靴、他にも沢山あります。
ですが、今度のお願いはよくわかりません。何せ、狼達もサッパリです。なにせ狼達も女王や雪の精達と一緒に冬が終わると消えてしまうからです。
そんな狼達の困り顔を見て女王は悲しそうに言いました。
「ああ、お前たち、お前たち。何もそんなに困った顔をしないでおくれ。冬の女王がハルのモノを欲しがるなんて可笑しな話だったんだよ。気にしないでおくれよ。」
女王はふらふらと奥の寝室に入っていきました。耳を澄ますと女王のすすり泣きが聞こえて参りました。
さぁ、大変。狼達も鷲も大慌てです。あれ程自信満々に持ってくるといったのに持ってきて喜ばせるどころか泣かせてしまったのですから。
「鷲よ、鷲よ、お前ならばわかるだろう?ハナが何かよくわからないが、おまえならばわかるだろう?教えておくれよ。
さぁ、早く。」
鷲に慌てた狼達が言い出しました。
確かに鷲は一年中おりますが、鷲にはハナがなんのことかサッパリわかりません。鷲はいつも高い空から大きな翼で、獲物をみつけては捉えるばかりでその他にはめもくれないからです。
困り果てた女王の家来達は、妖精達にハナを教えてもらうことにしました。
妖精は深い深い山の奥の大きな木のうろに住み着いておりました。
すると向こうから、いつにもまして恐ろしい顔で女王の家来達が走り込んできました。
1番エラそうな妖精が家来達に恐る恐る言いました。
「一体どうしたのですか。また靴か何か必要になったのですか。」
先に着いた鷲が真剣そうに言いました。
「ハナというモノが何かおしえてくれないしら。女王様が欲しがっているのだけれどね、全くわからないのよ。ハルに地を覆うらしいのだけれど。」
妖精達の中で物知りなものが言いました。
「もし、もし。欲しいのは花なんだね?」
「ああ、出来るだけ見栄えの良いモノがいいな。」
「後は、沢山あるともっといいな。」
家来達が好き勝手に言い出し終わると妖精は小さな小包みをポケットから出していいました。
「いいかい?このつつみの中身を暖かい水の入ったこの鉢に入れるとお前達の欲しがる花が出てくるからね。絶対に落としちゃいけないよ?花が咲いてしまうからね。わかったかい?」
家来達はまたもやサッパリわかりませんでしたが、力強くうなずき、妖精の差し出した透明な美しい鉢と小包を急いで持ち帰りました。
そして、狼達の中で最も気の利くものが女王の寝室の前で言いました。
「もし、もし、女王様。起きておられますか。もし、もし。
起きておられるならば、ほら出てきてくださいませ。貴方様の望むものを持ってまいりましたよ。もし、もし。」
女王は狼が諦めかけた頃にようやく顔を出しました。その目は、赤くなりまぶたは腫れていて、涙はつたいながら凍りついておりました。
「女王様、ほらあちらに見える鉢に今からハナを咲かせるのですよ。共に参りましょう、ね。」
女王はコクリとうなずいて、鉢まで連れられると驚きました。
狼達の中心に置かれている、丸くてキラキラと光を返す美しい鉢の中に黒い小さな粒が落ちると、途端にふわりふわりと魚のヒレのようなものがいくつも重なり、鉢いっぱいに広がったではありませんか。ヒレは、光が当たると色が変わり、
雪の白や木々の黒、空の青しか見たことのない女王達には言い表せないような鮮やかなハナが鉢の中に咲いていました。
あまりの感動に女王はまた泣き出してしまいました。それを見た家来達はまたあたふたしました。
「う、嬉しくありませんでしたか。」
「もしや、妖精に騙されたのではないか。」
「お待ちくださいね。今、代わりのモノを持って参りますからね。」
女王はクスッと笑って言いました。
「いいや、お前達はよくやったとも。私はこんなに嬉しくなったのは初めてだよ。」
女王の笑顔を見て家来達は胸のあたりがあたたかい気がしましたが、なんだかよくわかりませんでした。
続けて女王は一人一人頭を撫でながら言いました。
「お前たちはやはり、必ずなんでもとってきてくれるね。私はこんなに幸せなことはないと思うよ。」
涙ぐみながら鷲が言いました。
「勿論ですとも。私どもは貴方様のためならば地の果てからでも探して参りましょう。」
あたりを見渡すとみんな堪えきれずに泣いていました。
そして、女王もまた家来達の優しさに涙がとめどなく溢れました。
こうして、冬の女王は温かな心を取り戻したのです。春になると小川を満たす雪解け水はもしかしたら、女王の涙なのかもしれません。






