森のツグミが言うことには
美味そうなシチューが湯気をたてていた。一人きりの食卓に二人分の皿があった。エリザは食事に手をつけず暗い顔で俯いている。夫の辛辣な言葉が頭から離れない。
――いつも俺ばかり損をする。
自然が好きなエリザのために選んでくれた郊外の家。今ではその不便さが彼の不満になっていた。
エリザが教える薬草の在りか。採取に向かう夫は億劫に感じている。
昨夜は女の匂いをつけて帰宅した。問い詰めた彼女に返ってきたのは嘲りだった。
――何様のつもりだ。薄気味悪い魔女のくせに。
エリザは何も言えず、深緑の髪へ手をやった。
エリザには親がいない。村を訪れた魔女が宝石の袋を報酬に、託していった赤ん坊だ。大切に育てられたが一定の距離を置かれていた。
幼い頃、エリザには動物や樹木の言葉が理解できた。孤独な彼女の友達は一羽のツグミだ。友達は彼女へ沢山のことを教えてくれた。
『お前は森で生きる、葉の魔女の娘だ』
「どうして捨てられたのかな?」
『試練で置いてかれただけさ』
「迎えに来てくれるの?」
『自力で帰るんだ、エリザ。鳥や獣や木々の助けを借りて。それが試練だもの』
「難しそう」
『私が導くよ。約束だ』
エリザは美しく成長した。村の若者だった夫から所帯を持とうと乞われる程に。初めての恋に舞い上がったが、ツグミとの約束がある。
迷っていた時、友と語らう姿を夫に見られた。
「エリザに近付くな!」
「やめて!」
石礫を投げる彼を止めた。夫とツグミがエリザへ叫ぶ。
「村を出て町で暮らすんだ!」
『私たちと森で生きよう!』
多分あれが岐路だった。答えられないエリザへ悲しげに鳴いたツグミは飛び去った。
あの日から魔女の力が弱まった。薬草の場所は分かるが、動物や樹木の言葉は聞こえない。夫の愛を失い、激しい後悔が彼女を苛む。
「私はなんて愚かなの」
悲嘆に暮れるエリザに、ふと懐かしい囀りが聞こえた。
チチ……チチチ……。
呆然と窓を見つめる。ツグミが鳴いている。言葉が理解できた。囀りを聞くうち涙が零れた。
「できるかしら、私に」
チチチ……。
ツグミが何を言ったのか、エリザしか分からない。微笑んだ彼女は、地味に結っていた髪をといて立ち上がった。
夜遅く、薬草売りが帰宅した。女のお陰で稼いでいると知人に揶揄されて以来、妻へ辛くあたっていた。まだ別れるつもりはない。優しくしてやる頃合いかと考え始めている。
「エリザ?」
家には誰もいなかった。食卓の上で好物のシチューが冷たくなっていた。