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#03 剣の生まれる場所

ポンポンポーン!

「ソード・マイン?」


 俺は訝しげにゼリフに尋ねた。


「ええ。知る人ぞ知る秘境ですから、名前だけ聞いてもピンと来ないのも無理はありません」


 俺はゲルザードを倒してから、なぜかこうして再びゼリフと共に野営にいた。


 瞬間的に移動出来るテレポートという低級魔法を応用したゼリフ独自の魔法で、俺は強制的に呼び戻されたのだ。


「呪いの作用を借りているので、カース・シフトとでも名付けましょうかね」


 独自の魔法と言っても上級魔法というわけでもないらしい。


 ちなみにこの世界の魔法は大きく低級魔法と上級魔法に分かれる。

 ファイアやテレポートは低級魔法で、俺をゼリフが荒野で助けた時のアウト・サンダーは上級魔法だ。


 ▽


 そして一夜が明け、俺はゼリフと共にソード・マインと呼ばれる洞くつに向かった。


 そこは意外にもパルーシュからそう遠くはない場所だ。

 入り口が複雑な地形の谷の、更に小さな滝の裏側にあるために自然と見つけるのは困難ということのようだ。


「ファイア!」


 ゼリフが唱えると、ヤツの指先に灯された魔法火が存外に松明代わりとなって洞の中を照らした。


「ふふ、どうです。魔法ってとっても便利で……」

「アンタの目的は何だ」


 俺はそこでそうして追及を始めた。

 追及。そう、俺はなし崩し的に同行を強いるゼリフのやり方が気に入らない。


「目的、ですか」


 わざとらしくヤツはとぼけ顔を作った。

 笑顔が水たまりトンボなら、とぼけ顔はさしずめ、かじりかけのまま腐ったゆで卵だ。


「ボクは別に……」


 シラを切るゼリフを警戒し、俺は先頭を買って出た。


 道は幸いにして一本道。

 だからたとえこれが善人づらしたゼリフの罠で、奥に悪人たちが待ち構えていてもファイアなり格闘なりで対応しやすくなる。


 ところどころに煌めく刃のような鉱石が気にはなる。

 だがいくらこの場所の名前がソード・マインだからと言っても、まさか剣が天然に形成されるわけはない。


「お~い、待ってくださいよ」


 随分と無駄に長い洞くつを駆け足に近い歩みで進んだから、ゼリフの声はかなり遠方から聞こえてくる。

 そして俺は当然のようにそれを無視した。


 いちいち癪に触るのだ。

 温厚な聖人君子ぶるのは良いとしても、ヤツの持つ、のほほんとした朗らかさが特に腹が立つ。


 そうこうする内に最深部らしき所に出た。

 人ひとりか二人程度がやっと通れる通路から一転、天然の広間と言える広めのスペースだ。

 この部屋だけは明かりが点いている。と言っても別に燭台やらがあるわけじゃない。


 日光だ。

 見上げると、五、六メートルほどとやや高めに位置する天井に穴が開いていて、そこから暖かな日差しが照っているのだ。


「はあ、はあ……」


 息を弾ませながら、今さらながら駆け足気味のゼリフもようやく合流した。


 ▽


 ゼリフはしばらく呼吸を整えていた。

 魔法使いだからか、体力はあまりないようで、なんならロラトのキッズな肉体の方がまだ強いかもしれない。


「えっと……。そうだ、少年。こちらに来てください」


 気付くと、右手の壁に突き刺さっている鉱石の辺りにゼリフはいた。


 突き刺さっている、――そう形容するしかない、鉱石にしては自己主張の強い突き出しぶりだ。

 岩に埋まっている、銀色の割合が相当に多く、あたかも剣が岩まみれになっているかのようで俺はなんとなく緊張した。


 うっかりしていたが、ゼリフなんて名前だけしか知らない他人とばかり思っていた、ということだ。


(敵だとしたら。俺にファイアを教えて油断させ、ここで始末するのを目論む殺人狂ならば……?)


 もしそうなら、岩に擬態させた剣を元通りにして襲いかかってくるだろう。

 ゼリフは魔法使い。それくらいは朝飯前でもおかしくはない。


(やられる前にやる。そうさ、単なる正当防衛だ)


 とりあえず「少年じゃない。ロラト=ザウルだ」とだけ指摘しつつ、ただ、それとなく臨戦態勢を取りながら俺はゼリフに近付いていった。


 すると突然、突き出している鉱石が弾けた。


「くっ、やはりか!」


 ゼリフが魔法で俺を攻撃してきたと判断し、可能な限り素早くヤツの懐に飛び込んだ。


「せりゃあっ」


 掛け声と共に掌底を決めた。別に格闘のプロではないが、冴えないサラリーマンから卒業したかった俺は、迅尾タクミだった、しかも若い頃に、なにげに護身術としてプロレスを独学していたのだ。


「げぶう~」


 あっさりとゼリフはダウンした。

 弱すぎる。殺人狂ならもう少しくらいはやりあえるはずだ。


(なんだ、ただのお人好しか……)


 俺は踵を返した。

 というか、はっきり言って命の恩人でしかないこの若者に流され過ぎたのだ。


 若者、というのは、迅尾タクミは享年三十九歳。

 そんな俺からすればぺーぺーのガキであるゼリフに、そりゃ不思議な人徳を見ないでないがついつい引きずられてしまった。


 ▽


「見てくださいよ、ロラトさん!」


 何か言っているが無視だ。

 俺は背中で「巻き込むな」と語り、悠然と歩いていた。


「ロラトさん、ロラトさんってば」


 少しばかり、しつこいヤツだ。

 無意味な時間を過ごしたいなら、もう少し対等な友人を持てばそれで済む話。

 年少の仲間が欲しいなんて茶番に付き合うほど、精神だけなら生憎とガキではない。


「仕方ありません。紫月魔法!」


 その言葉を聞き、俺は無意識に交替した。

 そう、ヨミを目覚めさせたのだ。


「……けっ」


 だがなぜかヨミはすぐさま引っ込んだ。

 そしてその刹那、紫月魔法が直撃した俺の意識は遠退いた。



「……くん、迅尾くん」


 懐かしいというほど昔でもない元の名前を呼ばれて、俺は目を覚ました。


「あれ、ここ……は……」


 辺りを見渡すと、どうやらそこは病院のようだ。


「迅尾くん! 良かった、やっと目が開いたね」


 ぼやけた視界で姿までは分からないが、その微妙にハスキーな声は聞き覚えがあった。


「歳丘か?」


 歳丘 ニカナ。

 若いちゃらちゃらした今時の身なりの女だが、これでも俺の上司。

 だからか年下なのに「くん」付けしてくる、身の程知らずの二十代後半だ。


 開けてきた視界の先には、やはり歳丘の凛々しくもまだ初々しい顔があった。


 だが俺の言葉は何かに遮られて彼女には届かない。何か布みたいな物、おそらく包帯で顔面をぐるぐる巻きにされているのだ。


「もごもご」


 もごもごする俺を見た歳丘は、手元にあったオフラインモードのスマホを俺に渡して「これで」と言った。


 だがいざ便利なツールを手渡されても、突然の状況なのでどうしたら良いか分からない。

 そして皮肉なことに、また意識が遠退き始めた。


「……んむむ」


 口ごもりながら俺はひとまず「記憶ある」とだけ辛うじてメールアプリに打ち込んだ後、再び眠りに落ちた。


 ▽


 今度はソード・マインで意識を取り戻した。


「ちっ、まだ死んでねえよ!」


 病室にいたのだから、そして生前の時間軸で俺は入院知らずだけは自慢だったから紛れもなく俺は九死に一生を得たのだ。


 だからこそ歯痒い思いを、いるかすら知れない神にそう叫んだ。


「ロラトさん……」


 心配そうに、仰向けの俺の顔を見るゼリフもまた神並みに神経を逆撫でする。


「俺は迅……っ」


 迅尾タクミだ、この世界の人間じゃないと言っても部外者に過ぎないであろうコイツに無意味と悟り、俺は黙り込んだ。


「ロラトさん。さっき弾けちゃったんでこんなになっちゃいましたけど、これをあなたに」


 ゼリフはダガー並みに小さな刀を差し出した。

 錆びてはないが、刀身に輝きがない。おそらくは、なまくらだろう。


「ごめんなさい。ボクの鍛冶魔法では、そんな程度しか。ただ見た目よりは強いはずですから」


 少し鋳れば剣になる、良質の鉱石が生まれるソード・マイン。

 そこで俺は、後に重要な役割を果たすその小刀を受け取った。

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