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#02 ファイア

人生はスーパー暇潰しタイム

 ゼリフは焚き火に当たっていた。

 俺とゼリフが出会った日の晩のことだ。


「うー、近頃は一段と冷えますからね。暖を取るなら本当は宿を取りたいところです」


 別にゼリフは一文無しではない。

 しかし俺の故郷まではデルソル・バーンからまだ遠いし、にもかかわらず俺の故郷――パルーシュという山あいにある中規模の町だ――こそが最寄りの町だ。


 ヨミが浮遊する魔法を駆使して瞬く間にここに来れただけ。

 実際、まだパルーシュまでは半日ほどかかりそうで、とっぷり暮れた空には星がちらちらと夜の始まりを告げ始めていた。


「馴れ合う筋合いはない」


 俺は野営を作る手伝いこそしたが、元よりゼリフは他人でしかないからそう言い放った。

 それに、屋敷が燃えた瞬間からずっと、俺には或る感情が突き刺さっていた。


(誰も頼りにはならないんだ。誰も……)


 聡明で屈強な父や、ずぼらだが優しい女中のマリウルさんたちをまたも思い出しては、あんなに素晴らしい人々でさえ酷い幕切れを迎えるという残酷な現実が迫る気分になる。


 そんな苦い激情を殺した。

 そしてその反動で、俺はかつて日本にいた時より、そしてパルーシュの屋敷が燃える前より遥かに陰鬱になった。


「恩は返した。俺はもう行く」


 そう歩き出した俺の腕をゼリフは掴んだ。


「ゼリフ。ボクはゼリフ=ストラナクって言います」


 思えばそんな間抜けたタイミングでゼリフは俺に初めて名乗ったのだった。


 ▽


 ゼリフは二十歳とも三十歳とも分からない年齢不詳な顔立ちの男で、体格も中肉中背と普通だ。

 ただ本人いわく二十二歳のO型で、好きな食べ物はドラゴン・ポテトの煮っ転がしらしい。


 聞いてもないのにそんな事を、ぺらぺらとゼリフは俺に話して聞かせた。

 それはやはり、俺が荒野におよそ似つかわしくない子どもだからなのだろう。


 ゼリフの背丈は普通だが、十三歳のロラトの肉体よりはやはり逞しく大きな体躯にも見える。

 それも相まって、俺はまるで新たな保護者を得たような心持ちになった。


「一つだけ、魔法を教えます。それが終わったら、去っても止めません」


 ゼリフがそう言うので、俺は「好意には甘んぜよ」の精神だけは大切にすることにした。


 緑色の、後ろに束ねた長髪の結びを解いたゼリフは、まるで今から上級魔法でも唱えるかのような気迫を見せた。

 だがヤツの左手の人差し指に鬼火のごとき小さな火が灯って、その気迫は萎んだ。つまり、――たったそれだけの魔法ということだ。


「ファイア、です。ま、ご存知ですかね。並みの教育を受けているなら、低一教校の二、三学年次ごろに教わるでしょうし」


 低一教校は、小学校のようなものだ。

 ただ、低学年にあたるのが低一、高学年にあたるのが低二と分かれている。

 ちょうど子どもなりの価値観が固着し始めるのが十歳頃という、カラタンならではの教育制度だ。


 魔法使いの割には派手めな橙と水色のコントラストを持つ変な外套をはためかせ、ニヤリと笑うゼリフ。

 しかし、低級魔法の中の低級魔法にして初歩の初歩であるファイアで格好など付くわけはない。


「そんなもんなら結構だ」


 俺は去ろうとしたが、体の自由が効かないことに気付いた。


「アンタ……人さらいか?」


 よく考えてみれば荒野に現れる人間なんて、捨て子を拾いに来た人さらいの奴隷商人か、さもなければ戦闘狂のバーサーカーだ。


「いえ、違いますけど。ただ、実力行使です~」


 お気楽な調子で迫りくるゼリフを見て、俺が更なる可能性に辿り着くのに時間はかからなかった。


(同性愛者……!?)


 するとゼリフはファイアを俺の右肩に押し付けて何やら唱えた。


「ふう、これであなたは呪われました。おめでとう」


 パチ、パチと拍手するゼリフの言動に全く着いていけずに俺はポカンとしていた。


「……」

「ふふ、どうやら何が起きたのか、お分かりでないようですね?」


 またしてもニヤリ、とゼリフは笑った。


 取り立てて端正な顔立ちでもないゼリフだが、笑顔になると妙に個性的な顔立ちになる。

 なんというか、トンボが水たまりでジタバタしているような顔になるのだ。


「まあ、呪われたと言われてもな」


 火を押し当てられた肩を心配そうに見る俺をよそに、ゼリフはいつまでもニヤニヤしているので俺は興ざめして立ち去ることにした。


 ▽


 なぜだか今度はヤツが引き止めることはなく、時々後ろを振り返ってみたがとうとう野営が見えなくなるほど歩いてもゼリフは着いて来なかった。


(別に魔法の使い方が閃いたわけでもないな……)


 呪い、とゼリフは言っていたが、「魔法を教えます」とも言っていた。

 だから遅効性だとしても、そろそろ何かしら魔法が使えてもおかしくないのに、そう思っていた矢先に魔物は現れた。


「嘘だろ。ここらでは荒野にしか魔物は現れないはず」


 ここがデルソル・バーンなら理解出来た。


 空気中の魔力が豊かな土地でしか生きられない魔物は、凶暴で残忍ながらも生息圏が限られるという弱点を持つ。

 それゆえ、人々は住みかに魔物が入り込む心配をほとんどしなくて済むのだ。


 だが、絶対のはずのその常識は今、完全に覆されていた。


 大きなトカゲ状の魔物、ゲルザード。

 ゲルとはスライムみたいなもので、それにトカゲを意味する英語のリザードが足された名前だ。


「もららら」


 幼児が何か言っているような、それでいて確実に人ならざる不気味さが混じった独特な声色に俺は思わず後ずさった。


「ちっ。この体じゃあ、やりあえない」


 十三歳の背丈では少々大柄な敵は、俊敏さと粘着体液が取り柄の強者だ。

 それに加えてこちらは護身用のダガーしか持っていない。


「もらー!」


 口からぷっ、と粘液を吹き出してきたので、俺は咄嗟に避けた。

 すると、地面の野草がじゅわりと溶けて、更には粘液がかかった部分の土も窪んだ。


(隙を見て逃げるしかないな)


 俺はそう判断し、素早くそこらの石ころを拾い上げ、敢えてゲルザードの脇を抜けるように投げた。

 多くの魔物は知性が弱く、動くものなら何でも敵と見なすはずで、俺は我ながらその性質を上手く突いたのだ。


 だが粘液トカゲは俺の想定よりずっと素早かった。石ころを粘液で器用に落としつつ、俺にのしかかってきたのだ。


 全身もまた粘液であるコイツの体は他者を取り込む。

 俺は完全にヤツの体内に入ってしまった。


(息が出来ない)


 魔物の生態は基本しか知らない俺では、どうやって脱出すれば良いか見当も付かない。

 しかもまるで取り餅が全身に絡んで来たみたいに上手く動けない。


 俺は結局、死ぬのだろうと思った。

 ゼリフとかいう胡散臭い魔法使いは、おそらく単なるペテンを俺にやったのだとも思った。


 俺は呪われてないが、魔法も使えない。

 どうせ、やっぱりそういうことなんだと。


 ゲルザードの体内に取り込まれる瞬間にすかさず閉じた目。

 その暗闇の中にゼリフの姿が浮かんだ気がして、俺はそこ目掛けて唾を吐いた。


「こらこら。そもそもその唾は粘液にしか届きませんよ」

(……??)


 俺は混乱した。

 走馬灯とばかり思っていたゼリフの映像が意思を持ちしゃべったのだ。


(おい、ヨミ。死の直前まで悪ふざけか?)


 ヨミかと思って念話、――つまり内なる別人とのテレパシーみたいなもの――を試みたが、返事はない。


「少年。キミはもう魔法使いになってます。さあ、火のイメージを持ち、その指にともすのです」


 ゼリフはそう急かしてきた。


(火のイメージ。火……ファイアってことか)


 俺はダメ元と、ゼリフの幻を信じることにした。そして全神経を指先に集中し、火のイメージを強く持ってみた。


(火の力が道を示す!)


 低級魔法ファイア。

 マッチの火よりは大きいけど焚き火より小さなそのか弱い火は、魔力により思いのほか延焼してゲルを燃やした。

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