表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
からくりピエロと大罪の姫  作者: 深月(由希つばさ)
第2章 空漠の玉座
9/37

2-3

 五百年の時を経て、大陸各地で魔物が復活しつつある。

 しかし、巫女王の威光の(もと)にあり、警戒態勢の敷かれる王都スカイアでは、魔物の被害はまだ比較的少ない……はずだった。

 何事にも例外はある。

 王都スカイアの北西部に広がるアルケミアの森──通称、悪魔の森もそのひとつである。

 本当は寄り道をしている場合なんかじゃないと、サフィアもわかっている。

 予定では昨日にでも王都の街門を抜けて旅に出るはずだったのだ。けれど──



(……知ったからには年端(としは)もいかない子どもを見捨てておけないじゃない)



 一人で森の奥へと分け入るサフィアの背中に、紙の(ちょう)が追いついてペタリと背中に貼り付いた。

 トトと別れてサフィアを追いかけてきた(ちょう)は、栗色の髪の毛に隠れてほっと息をついた。



 ──ふぅ。まにあった。みうしなうかとおもいましたぁ……。



 しかし、そんな(ささや)きもサフィアには届かない。

 月や星が出ていたとしても、樹齢(じゅれい)百年にも及びそうな常緑の木立に遮られて、手にしたカンテラの他には光源もない。

 サフィアの身体がぶるりと震えた。

 寒さのせいばかりではない。

 そんな中、サフィアの瞳がかすかな明かりを(とら)えた。

 それに……子どものすすり泣く声。



「もしかして……魔物にさらわれた子?!」



 ──わわわっ。ちょっと、きゅうにはしりださないでよ。おねーちゃん!



 サフィアが駆け出し、背中から頭によじ登りかけていた(ちょう)が必死にしがみついた。

 不意に、木立が途切れた。

 枝葉に(さえぎ)られて届かなかった月の光が優しく降り注ぐ。

 眼前に現れたのは小さな湖だった。

 漆黒(しっこく)を溶かした湖面は深淵(しんえん)(たた)えて静かに()いでいる。

 花の香りだろうか。

 どこからか心とろかすような甘ったるい香りがした。

 脳を(しび)れさせるような……。

 湖の(すそ)に花が咲き誇っているのに気付いた。

 夜闇にもかかわらず、月の光に濡れそぼって鮮やかなまでの──血の色。

 その中に埋もれるようにして子どもが泣いている。

 ロジーではなかった。

 十歳を少しすぎたぐらいの──少女。



「ねぇ、ちょっと大丈夫? ケガはない?」



 少女は泣きじゃくるばかりで一向に動こうとしない。

 肩に手を置くと、イブニングドレスのシルクの手触りが肌に吸いつくようだった。



「私が……私が悪いの……。私のせいで……みんな……」


「え? ちょっと泣かないで。大丈夫だってば。他の子もみんなちゃんと助け出すから。だから心配しないで。ね?」


「違う……私が間違っちゃったからっ。私のせいで……お母様も、お父様も……みんなっ」



 心臓を射抜かれたように息ができなくなった。

 この少女を知ってる、とサフィアは思った。

 どこで会ったのだったか。

 記憶を辿(たど)るが、(もや)がかかったみたいに思い出せない。

 ただ鼓動だけが異常な不協和音を奏でている。

 違和感を悟った瞬間、甘い花の香りがサフィアの心を満たし、次の刹那(せつな)には意識から消え去った。

 代わりに、泣きじゃくる少女の足下に深紅の絨毯(じゅうたん)が広がる。

 雷鳴に浮かび上がる玉座のシルエット──王錫(おうしゃく)を手にしたまま事切れた誰か。

 あの日の光景だった。

 忘れたくても忘れられない、脳裏(のうり)に刻まれた悪夢の記憶の中で、泣きじゃくる少女がふと、立ち上がった。



「私が近衛兵をお母様のところに通しちゃったから……っ、聖剣ステラも……私が抜いちゃって、魔物が復活して……っ、全部全部私のせいなの! 街が襲われるのも子どもたちがさらわれるのも……っ。知ってるんだから。みんな私に失望してる! 巫女王の血筋に生まれたくせに、お母様の血を引いてるくせに、巫女の力なんか全然使えない。私なんか役立たずだって……思ってること。だから、私一人で……! 私は……っ」



 少女が手にした短刀(ナイフ)を振りかざすのを目にしても、サフィアは呆然(ぼうぜん)と見つめていることしかできなかった。

 何もかもがあの日の再現だった。

 サフィアの背後には、いつの間にか祭壇に刺さった抜き身の剣がある。

 この剣を抜き放てば振り下ろされる凶刃(きょうじん)を防げる……!

 サフィアが震える手を剣に伸ばしかけた──そのとき。



 ──……そうやってまた(いにしえ)の聖女の力に頼るのだな?



 脳裏(のうり)に、嬉々とした若い男の声が響いた。



 ──聖剣ステラの力に頼って、聖女の(ほどこ)した魔界の封印をなきものにする……それもよかろう。ふふふ。五百年ぶりに腹の底から愉快(ゆかい)な気分だぞ。代々の巫女王が守り続けてきた封印を、その継承者が直々(じきじき)にぶち壊すのだからな!



(……っ!!)



 剣を取るのをためらったサフィアに、容赦(ようしゃ)なく銀の輝きが襲ってくる。

 (おのれ)最期(さいご)を予感してきつく(まぶた)を閉じた、刹那(せつな)──



「いいかげん、めをさましなさーい!」



 鮮烈(せんれつ)な冷たさがサフィアの意識を呼び覚ました。

 湖面が大きく乱れ、一瞬にしてずぶ濡れになった。

 気付けば護身用の短刀(ナイフ)で、()()()()()()()()()()()()()()



「ななな何これ? あたし、どうして……何が起きたの?」



 助けようとしていたのとは()()()()()に水をぶっかけられ、湖面の鏡像(きょうぞう)をかき乱された気がしたのだが。



 ──ちっ。邪魔が入ったか。()まわしい大賢者の使い魔め。やはり実体がないと魔力の効きが薄い。完全復活を待たねば……。



 突風が吹き、苛立った声が葉擦れに混じって遠ざかっていった。

 辺りに静寂(せいじゃく )が戻る。

 足下はただの枯れ草で、赤い花も甘ったるい匂いもどこにもなかった。

 泣きじゃくっていた少女の姿も……。

 サフィアは自分に向けていた短刀(ナイフ)を放り出し、身体を抱きしめるように力なくぺたりと座り込んだ。



「魔物が見せた……幻覚? でも……」



 震えが(しん)からこみ上げてきて、いつまでも冷え切ったままだった。

 そのときだった。

 サフィアの頭上から、濡れたような(うろこ)を持つ魔物の男が獰猛(どうもう)な笑みで凶刃(きょうじん)を振り下ろしてきたのは。



「……っ?!」



 不意の襲撃。

 (せま)り来る刃は今度こそ、幻覚でも何でもなくて。

 凶手(きょうしゅ)の背後に頼れる女近衛兵もいない。

 何より──背後に聖剣ステラの台座はなかった。

 悲鳴をあげる(ひま)も、目を閉じる余裕もない。

 サフィアに避けるすべはなかった。

 脳裏で、熱くて真っ赤な血の幻が足下を濡らした。

 ──あたかも深紅の絨毯(じゅうたん)のように。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ふおお…………! 極上っ…………! 極上の文章…………!Σ(゜ロ゜;) 蘇る記憶? ともあれ(きっと)メイちゃんが助けてくれてよかった……!(●´ω`●) でもリザードマン(的なモンスター…
2019/12/05 20:12 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ