表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
からくりピエロと大罪の姫  作者: 深月(由希つばさ)
第5章 鼓動ふたつ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/37

5-1

 彼が「大きすぎる(あやま)ち」に気付いたのは、すべてが終わった後のこと。

 数え切れないほど眠れぬ夜を過ごし、涙も()れ果てた頃になって彼はやっと心を決めた。

 持ち慣れない短刀(ナイフ)逆手(さかて)に、震える手で自分の左胸をひと突き。

 それですべてを終わらせようとした。

 それでも──

 血塗(ちまみ)れの彼は、死ぬことができなかった。



 ──?! どうして……!



 それから、あらゆる手段を(ため)した。

 切り立った(がけ)から飛び降り、荒れ(くる)う高波には身を投げた。

 ちょうどいい高さの枝があれば荒縄を()わえて首を()り、頭でも腕でも身体の至るところを傷付けた。

 食べ物のない小屋の中に自分自身を閉じ込めて()え死にしようとしたこともあった。

 どんなに寒い雪の夜でも、身体を焼け()がす炎の中でも、彼が死ぬことはなかった。

 彼はようやく悟った──これは(のろ)いなのだと。

 自分はもう死んで逃げることさえ(ゆる)されないのだと。



 ──見届けろというのか、この僕に……?



 彼は泣きながら(わら)った。

 老いることもなくなった身体──その意味を(さと)って。

 魔物が蔓延(はびこ)(やみ)に沈んだ世界。

 だが、そんな中にも救いはある。

 あるかなきかわからぬ、か細い明星(みょうじょう)の光──

 いつの日か、魔王を倒すための秘技を、想いを受け継いでくれる者が現れるだろう。

 何百年、何千年、何万年かかるかわからない。

 そのとき、彼はようやく、その身を()がす罪の業火(ごうか)から解放される。

 この世界に魔物を招き入れてしまった贖罪(しょくざい)を……。



  ☆☆



「きゃあああ……!」



 足下(あしもと)絨毯(じゅうたん)が、踏みしめていた床ごと跡形もなく消えて、サフィアは深い深い穴の中に落ちていった。



「サフィアっ!」


「ルーナぁ!」



 咄嗟(とっさ)にサフィアは手を伸ばした。

 ルーナが床の縁から伸ばしてくれた手を(つか)もうとして──

 だが、そのときにはもう遅すぎた。


 瞠目(どうもく)したルーナの瞳の中で、落ちていくサフィア自身の姿がどんどん小さくなっていくのが見えた。

 落ちていく。

 ()ちていく──どこへ?

 恐怖にきゅっと心臓を(つか)まれた気がした。

 サフィアが教えた呪句(じゅく)を魔王が唱えた途端、不思議な力で、どこか違う空間に吹っ飛ばされた──(いな )、突き()とされた。

 さっきまで貴族の屋敷にいたはずなのに。

 延々(えんえん)()ちていく。

 底のない真っ暗などこかに。



(ちょっと何これ。どういうこと?! どうなっちゃうの私!)



 サフィアはぎゅっと目を(つむ)った。

 こんな訳のわからない死に方嫌ー!

 と心の中で叫んだとき、不意に重力が横にも作用し始めた。

 そんなバカな、と思った。

 それとも、サフィアが上下左右を見失ったのか。

 どこかに吸い込まれていく感覚に驚いて目を開けると、真っ暗な空間の中、サフィアの周りで幾多(あまた)の情景が窓の外を(なが)めるように映し出されていた。

 見たこともないひとたちが酒場で笑い合っていたり、恋人たちの別れの場面だったりする。

 肖像画(しょうぞうが)で見たことのある何代も前の巫女王の戴冠(たいかん)式の様子や、遠い昔に流行したドレスを身に(まと)う舞踏会の淑女(しゅくじょ)たちも映し出された。



「これ、みんな昔あったこと……?」



 サフィアと同じ仮想重力に引っ張られて、どんどん巻き戻されていく。

 ものすごい力の(うず)の中心──薄明かりの方へ。



「もしかして私、過去に巻き戻ってるのー?!」



 疑問に答える声もなく、サフィアは吸い込まれるようにして光の渦に包まれて──そのまま意識が途切れた。

 気が付いたときには、ひんやりと冷たい石の回廊(かいろう)に転がっていた。

 (ほこり)っぽくて、(のど)がイガイガする。

 燭台(しょくだい)には火の()がなく、壁にかかる風景画や肖像画(しょうぞうが)は見る影もなく()ちている。

 まるっきり廃墟(はいきょ)の城といった(おもむき)

 どこも痛まないのを確かめながら身体を起こした。



「ここ、どこ?」



 さっきまでいた貴族の屋敷ではなかった。

 魔法で床がなくなって下の部屋に墜落(ついらく)とか、一階まで突き抜けていって激突死……ということにはならなかったらしい。

 建物の()ち果て具合を見ても、まるっきり違う場所に飛ばされた、という方がしっくりくる。



(ルーナはどうなったの? それに、魔王……!)



 辺りを見ても、サフィアの他には誰もいない。

 床の崩落(ほうらく)が始まったとき、ルーナはまだあの部屋にいた。

 一緒に落ちてきたのでなければ、巻き戻しの魔法には巻き込まれなかったのだ。

 けれど、呪句(じゅく)を唱えた魔王デュヴァルオードは──



「……多分、私と一緒に落ちてる。この城のどこかにいるんだわ」



 五百年前に戻って、トトと心臓が混ざってしまった過去を変えたがっていた魔王。

 そのとき、()()()()()()()……?


 そこまで考えたとき、床に突いていた右手が何かに触れた。

 何気なく振り返ったサフィアは息を()んだ。

 聖剣ステラ──この二年間、ずっと捜していたもの。

 サフィアは精緻(せいち)な模様の(ほどこ)された(つか)をそっと()で、(いつく)しむように抱きしめた。

 まるで迷子になった我が子が帰って来たかのように。

 (いな)──剣はずっとここにあった。

 二年前の凶行(きょうこう)で助けを求めて(すが)ったサフィアの中に。



「ずっと守ってくれたのね。ありがとう」



 抜き身の剣を持って、サフィアは立ち上がった。

 そうすると、ほんの少しだけ、自分が魔王の城に乗り込んだ勇者のような気分になる。

 五百年前の聖女──アメリアのように。



「……もしかして、ここ、魔王の城?」



 魔王の城の最上階には、デュヴァルオードがいる。

 そこにはアメリアが……そして、少年時代のトトが乗り込んで来るはずだ。

 過去を変えたがっていた「現代」の魔王。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 このままではデュヴァルオードを封印できなくなるどころか、聖女の叶えた五百年間の平和がなくなる。

 神聖スカイアーク王国を建国した歴史も変わってしまう。



(……冗談じゃない!)



 ルーナにも大見得を切ったばかりだ。

 必ずなんとかする、と。

 それが剣も魔法も知識もない、ハッタリだらけの見栄(みえ)でも。

 サフィアは息せき切って廊下を駆けた。

 脳裏(のうり)(めぐ)るのは魔王デュヴァルオードのこと。

 置き去りにしてしまったルーナのこと。

 魔王と対峙(たいじ)しているはずの、まだ見ぬ少女アメリアのこと……。

 夢中になっていたサフィアは、曲がり角を曲がった途端、向こうから走って来た少年と正面衝突した。



「きゃあ!」


「うわぁ!」



 勢い余って初対面の少年に組み()かれる格好になる。

 後頭部をぶつけて痛いやら重いやら、一瞬、何が起こったかわからなくなった。



「あ痛たたた……何よ、もう」


「ぎゃーっ! 魔物? やばい、とうとう見つかった? 婬魔(サキュバス)……いや、死霊系(ゴースト)か?! 悪霊退散悪霊退散悪霊退散!」


「……誰が魔物よ、失礼な!」



 相当、混乱しているらしい。

 はだけたフードの下から、少年の端正(たんせい)な顔立ちが(あら)わになった。

 サフィアは息を()んだ。

 容姿(ようし)美醜(びしゅう)に、ではなく、その面影に。



「ごめん、大丈夫? まさか魔王の城にひとがいるなんて思わなくて……」



 サフィアが持っていたものより数段、くたびれた旅仕様のマントを着て、心配そうに(のぞ)き込んでくる。

 周りの女の子たちが(うらや)むような黒檀(こくたん)の髪。

 瞳が心なしか(うる)んで泣きそうになっている──五百年後の『彼』には逆立ちしても真似(まね)できない(うれ)いを帯びて。

 初めて見る少年だったけれど、誰なのかは一目でわかった。



「…………トト?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] あはあああああん(*´ω`*) 何度も言いますが、展開熱いいいい……! 落下する際の表現が特に繊細で、自分が落ちて(堕ちて)いくような気分になりましたが、こんな死に方嫌ー! とかサフィアが…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ