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公開懲罰の処刑場は蜂の巣をつついた大騒ぎになった。
広場に集まった者たちは散り散りになって逃げるが、とても間に合わない。
すぐに魔物に囲まれて逃げ遅れた。
「里長様、助けてください!」
「里長様ぁ!」
「うっ……! こんなバカな……バカな!」
その里長は逃げ足が速かった。
我先に逃げ出していた。
一族の者たちの安全を守るのは自警団の役目だったが、その自警団には、今、団長がいない。
こんなとき、咄嗟に判断を下せる者が存在しない。
統制がとれない中、魔物たちに対して無防備になったのはどうしようもなかった。
あっという間に、魔物と人間が入れ惑う地獄絵図になった。
「……っ! くそ!」
「あっ、おい! 何をしてるんだ?!」
逃げ遅れた者たちを守ろうと、勇敢な自警団の少年は決心した。
トトを後ろ手に縛っている縄を、震える手で解こうとする。
びっくりしたのはトトも同じだ。
「……ねぇキミ、何してるの?」
「貴方を逃がす!」
一瞬、見咎めた年嵩の自警団員は「……どうなっても知らないからな!」とぼやいてその場を離れた。
それどころじゃなかったのだ。
他の団員たちもトトと少年にかかずらっている余裕がない。
魔物と戦い、里のひとたちを守るのに必死だった。
今なら誰にも注目されずに逃げることもできた、が……。
少年は必死の面持ちで言った。
「お願い、皆を助けて!」
「……へ?」
「勝手を言ってるのはわかってる! けど、このままじゃ皆、魔物に殺されちゃうよ! 貴方の強さなら、これぐらいの敵……」
「ねぇキミ、わかってる? ボクはその方がいいんだよ」
トトは呆れたように言った。
ついさっき、皆ぶちのめせばいいと叫んだばかりだ。
それが聞こえてないはずはないのに、少年はトトに皆を助けてくれと言う。
「サフィアを泣かせる奴らは皆、いなくなっちゃえばいい。正直、壊すのが人間だろうと魔物だろうと、どっちでもいいんだよ、ボク。そりゃあ、逃げられなかったらボクもひどい目に遭うけど……そんなの、どうってことないし」
心の痛みに較べれば──身体の痛みなんて全然、たいしたことはないのだと。
そのことを知らないトトだったけれど、皮肉にも、その言葉は真理を突いていた。
しかし、それに反論した少年も、図らずも道化師の琴線に触れたのだった。
「僕たちが死んだら……巫女王様がまた泣くからな?!」
「……え?」
「だって、そうだろ?! 巫女王様は僕らに協力してほしいって言ったんだ! 魔王を倒すために古の一族の……僕らの力が必要だって!」
トトは目を丸くした。
昨日、サフィアが訴えたとき、彼もまたその場にいたのだった。
そして、サフィアの訴えに共鳴した者たちは、確かにいた。
だが、場の空気に呑まれ、総意の暴力に屈して、希望の灯火に手を伸ばす前に諦めてしまった。
自分たちにはムリだ……と。
その結果が、サフィアへの暴力であり、トトの暴走だった。
二度と、同じ過ちを繰り返すわけにはいかなかった。
「くそっ……くそっ! 結び目が固くて……」
「バカ、何やってんだ。ナイフ使えよ。こっち代われ」
「え……」
もう一人、トトを解放するのに若者が手伝った。
両手が自由になったトトにレイピアが押しつけられた。
牢に入れられるときに押収されたものだった。
押しつけた若者は、なぜか視線を逸らしながら言う。
「俺らもただ見てるだけですまなかった。本当は誰もあんたが語り部様までさらったなんて思ってねーよ」
「え……?」
疑われるのに慣れているトトは、こんなとき、どんな顔をしたらいいのかわからない。
こんな──……自分のために、誰かが動いてくれることがあるなんて。
昨日、暴動の中に、彼らの他にもいたのだろうか。
秘かにサフィアを支持し、味方になってくれるようなひとたちが。
一緒に魔王を倒すため、協力したいと思ってくれるようなひとたちが。
トトは目を瞬いた。
トトのことを受け入れてくれて嬉しい──そう微笑んでいたサフィアの言葉がすとんと胸に落ちてきて、何もない空っぽの隙間をほんのりと温めた。
「俺からも頼む。皆を助けてくれ。後で必ず皆を説得するから」
「……ボクは……──」
戸惑ったまま棒立ちになったトトたちをネオキメラが襲った。
動かないトトの無防備な背中を切り裂こうとしたネオキメラが、不意に沈んだ。
屠ったのは、つい今しがたまで看病に明け暮れていたアルディクトだった。
頭に包帯を巻いたロッテ・ミルズも駆けつけた。
「何ボサッと立ってるの! 死にたいの?!」
「あれ? 護衛のお姉さん。無事だったんだ?」
「そっちこそ、牢屋送りになったにしては随分と元気そうね」
怪我人とは思えないほどの元気さでロッテが言い返す。
「セレンザ様と語り部様が連れ去られたわ。アナベルって男が魔王とグルだったのよ……やられたわ!」
「?! それ、本当?」
「残念極まりないことにね。おかげさまで今の今まで昏睡してたわよ! アルが看病してくれてたけど、起きて早々、ひどい騒ぎじゃない。怪我人働かせるんじゃないわよ、まったく」
トトを手助けした少年たちも青い顔をしている。
「団長が……?!」と震える唇で呻いた。
アルディクトが魔物を剣で一太刀のもとに下しながら言う。
「さっさと助けに行きたいけど、この騒ぎだからな! この際、貴重な戦力になる貴方をどさくさに紛れて助け出せないかと思って動いてたところだ」
「そういうこと。感謝してよね。さあ、とっとと活路を拓くわよ!」
「……そうだね」
トトはレイピアを抜き放った。
逃げる前に、やることができた。
レイピアを一閃させた。
背後でネオキメラが断末魔を響かせながら爆散して灰塵と帰す。
「──さっさと全部片付けよう」
トトが獰猛な笑みを見せる。
彼にとっては魔物を殺すのもひとを殺すのも同じ……。
その横顔に、さっきまでの迷いはどこにもなかった。




