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「──やれやれ。今日は千客万来じゃな。おちおち本も読めん。……少しは落ち着いたか?」
文句を言いながらも、ルーナの口調は優しい。
毛布にくるまって、サフィアは小さく頷いた。
用意してもらっていた来客用の家にいづらくなって、メイやロッテ・ミルズと一緒に語り部の家に移って来たのだ。
アルディクトが入り口の近くに立ち、残った女子四人がテーブルに収まった。
「里の皆に巫女王だとばれて、建国神話の裏切り者と糾弾されたか。確かに、そう思ってる一族が多いの事実。わしも一言、気を付けるように言えばよかった。……すまん」
泰然としているようでいて、本気でしょげているようだ。
サフィアは意外に思った。
「そんな……ルーナのせいじゃないよ。私が迂闊だったの」
「私たちも軽率でした……申し訳ない」
ロッテ・ミルズが悔しそうに低頭した。
ロッテたち近衛兵が「セレンザ様」と呼んでいて巫女王と勘づいた者たちもいたのだ。
噂と疑惑はアルマダールの民の間にじわじわと広がっていき、ついには種火ひとつで一気に燃え上がった。
「じゃが、問題はその後だな。道化師がえらく暴れたそうじゃないか。いったい何があった?」
サフィアはその場にいなかったルーナとメイに向けて手短に話した。
正体が巫女王だとばれて里の者たちに囲まれてしまったこと、説得しようとして逆に殺されそうになり、トトが助けようとしてくれたこと……。
「しかし、明らかにやりすぎたな。一人殺されそうになって、数十人を返り討ちにしてる。おまけに、武器を持たない、戦意のない者たちまでも斬ってるときた」
返す言葉がなかった。
ルーナの言うとおり、正当防衛で済ませるにはあまりにやりすぎている。
里の者たちの反感を買うだけである。
「まったく。愚か者めが……」
「トトは、ときどき、そうなるです。マモノをころすのも、ひとをころすのもいっしょ。なんにもかんじない。だから……」
メイが尻すぼみに言った。
だからといって、何をしていいわけがない。
アルディクトが呆れ顔で呟いた。
「今までよく終身刑や死刑にならなかったな?」
「道化師を死刑に? 笑わせる。終身刑にしても同じことよ。あの道化師をこの世の終わりまでぶちこめる監獄があったら、わしの方がお目にかかりたいね。道化師は社会の半端者ゆえに、法が適用されず、法に守られもしない。道化師を罰せられるとしたら私刑だけよ」
「……語り部殿、この里に王国の法は適用される?」
ロッテ・ミルズの問いには、ルーナも苦い顔をした。
「わしらも純然たる神聖スカイアーク王国の国民じゃが、隠れ住んでいるがゆえに、あいにくと法の目が行き届かない部分もある。何かあっても隠し通せる……よりにもよって巫女王と近衛兵の前であまり大きな声じゃ言えんがな」
つまり、私刑が公然と横行しているということだ。
穏やかでないことに。
「大多数の声が正義ってことね」
近衛兵たるロッテにしてみれば噴飯物だが、郷に入れば郷のルールがあるのも事実である。
そのための自警団でもあるのだろう。
「……トト、どうなっちゃうんだろう……」
サフィアがぽつりと呟いた。
ルーナとロッテ・ミルズは顔を見合わせ、メイは視線を逸らした。
誰にもはっきりしたことは何も言えなかった。
ロッテ・ミルズは努めて明るい声を出した。
「大丈夫ですよ、セレンザ様。元はといえば里の英雄でしたし。悪いようにはされませんって」
「……そうよね。最悪でも、トトは死なないもの。呪いのせいだけど、絶対、死ねないから」
「じゃが、死ねないだけだ。道化師だって怪我もすれば空腹も覚える。道化師を拷問する方法なんていくらでもある。ずっと鞭を浴びせ続けることも、食事を与えずに放置することも。並みの人間なら十日もしないで死んでしまうが、あいにくと道化師にはその逃げ道がない。眠らせないように、じわじわと痛みを与えながらなぶる方法も……」
「やめて! 聞きたくない!」
サフィアはきつく耳を塞いだ。
トトが縛り上げられて鞭打たれたり、空腹でミイラみたいに干からびたりしているのを考えただけで悲鳴をあげそうだった。
ルーナの豊富な知識のせいで、最悪の想像が、更に最々悪に塗り潰されてしまった。
そのルーナは、ばつの悪そうな顔で居竦んでいる。
「……すまん。無神経じゃったな。わしの悪い癖だ」
気まずい沈黙が降りた。
自分たちがどうなるのかもわからない。
メイは萎れた花のようにしょんぼりとして何も言わない。
今夜は遅くに葬送があるという。
一族総出で迷える魂を送り出すのだそうだ。
何も進展しないまま、その場はお開きとなった。
「セレンザ様、メイちゃんと一緒にもうお休みください。外は私とアルが交代で見張ってますから。ね、アル」
「……ああ」
「……おやすみ、二人とも」
ロッテに言われて寝床に入っても、サフィアはなかなか寝付けなかった。
暗い天井を目指して、要塞じみて積み上がる本。
掲げた両手を翻しても、一滴の血の染みもない。
瞼の裏に、さっき見たトトの後ろ姿が焼き付いて離れない。
雨と返り血に濡れた服、血の滴り落ちるレイピア、差し伸べられた手、感情のない虚無の瞳……。
『キミのために壊したのに』
「違う! 私はそんなこと頼んでない! 望んでない……!! やめてぇぇ!!」
自分の叫び声で目が覚めた。
心臓が自分の物じゃないみたいに暴れている。
熱い涙が流れて、喉がカラカラに渇いた。
知らず知らずのうちに毛布を握りしめた拳が痛い。
「はっ……! はっ……はぁっ……」
隣の布団でメイが寝返りを打った。
起こしたかと思ったが、規則正しい寝息が聞こえてきた。
幼い寝顔に涙の跡を見つけて、拭ってやる。
メイの口からあどけない寝言が零れた。
「……ん、ぅ……トトォ……」
いつも憎まれ口を叩いていても、メイだってトトのことが心配なのだ。
やるせなくなった。
寝崩れた毛布を直してやる。
「……大丈夫だよ、メイちゃん。きっと、大丈夫……」
反対側の布団はカラだった。
そこにはルーナが寝ていたはず。
探ると、まだ仄かに温かい。
(……? ルーナ?)




