3-2
(自分からアメリアさんの話持ち出しておいて、もう……あーあ。絶対、不審に思っただろうなぁ。私のバカバカバカー)
サフィアはモヤモヤした気持ちを引きずったまま、案内役をしてくれているメイの背中を見ながらひたすら歩いた。
後ろにはトトが、少し遅れて護衛の近衛兵たちが影法師のようについてくる。
どんよりとした気分だった。穴があったら入りたい。
(前はこんなことなかったのに……どうしたんだろ、私)
トトの「おとぎ話」を聞いてから、時々、こうなる。
突発的に沸き起こる感情の嵐に飲み込まれて、自分で自分が制御できなくなってしまう。
両手で包み込んだ両頬が熱い。
気持ちが勝手に駆け出して、どんよりと疲れていたはずなのに、今度は自然と早足になったりする。
隣でトトが鈴の音をさせながら意味もなくその歩数を数えていたので叱ったりもした。
その後も他愛のない話をしながら歩いて、冬の夕日が稜線を赤く焦がす頃には、目的地まであと少しというところまで来ていた。
アルマダールの隠れ里は枯れ谷を抜けた先にあるという。
「あ、そうだ。おねーちゃんは、みこおーだって、いわないほうがいいですよ」
おもむろにメイが言った。
サフィアは首を傾げた。
言われるまでもなく、今回の旅はお忍びである。
魔王が復活して魔物たちの勢いが増している今、肝心の巫女王が王都から逃げ出したと思われたら一大事になる。
道中でも巫女王だとばれるような行動は控え、護衛の近衛兵たちも白外套を脱いで旅の冒険者に扮している。
「いにしえのいちぞくは、みこおーをうやまわないです。それどころか……」
「別に今更、尊敬してもらおうなんて思ってないわよ。まぁ、実際こんなだし」
「なんだ。よくわかってますねー。エライエライ」
「あ、コラ。そこは否定するところだってば!」
短い旅路だが、遠慮なく揉め合うぐらいには仲良くなっていたサフィアはメイの両頬を引っ張った。メイも負けじと抵抗してサフィアを足蹴にする。
トトはのほほんとして「うわぁ、楽しそうだねー」と見物した。
……が、何かの気配を感じて振り返った。
枯れ谷の脇にそびえ立つ峻険な勾配をじっと見据える。
「……サフィア、メイ」
取っ組み合っていた少女と子どもも、何やら緊迫した声音に動きを止めた。
「待って。探ってみるわ」
そう言って、サフィアは瞑目した。
自身の内側に潜るような感覚で、一切の物音を意識から遮断する。
ちょうど無音の深海に深く深く沈み込んでいくような感じだった。
そうして、周囲の気配を探る。
乾いた地面の砂の一粒一粒を感じ、岩や小石の位置まで手に取るように把握していく。
不穏な気配を察していち早く逃げていくネズミやイグアナといった小動物や虫たち。
切り立った崖の上には雲の多い灰色の空。
そして、崖の上には──
「ひと……じゃないと思う。かなり大きい。あれは──」
旅の間も何度か、サフィアの「視る」力で窮地を避けていた。
そして、今回も、誰よりも先にその正体を見破ったのはサフィアだった。
頭はトカゲ、胴体は獅子、背中に巨大な翼を持つ魔物たちが群れをなしてサフィアたちのいる谷底へと飛んでくる。
「ネオキメラだわ! 気をつけて、十匹はいる!」
「?! ……そんなに!」
護衛も含めて数人の戦闘力では心許ないほどの多さだ。それでも、やるしかない。
サフィアに応えて即座に近衛兵たちが散開し、トトもレイピアを抜きながら咆えた。
サフィアはメイの手を取った。
「メイちゃん、行くよ!」
護身術しかないサフィアとメイでは足手まといになる。
既に棒のようになっている足に鞭打って走った。
どこまでいっても石と岩と干からびた灌木ばかり。
(どこか……メイちゃんを匿えそうな場所は……)
「きゃあ!」
「あっ……」
気ばかりが焦る中、メイが転んでバランスを崩した。
足下の凹凸につまずいたのだ。
「メイちゃん。大丈夫? 怪我はない?」
「おねーちゃん、まえ……!」
サフィアたちに先回りして、魔物の一頭が立ち塞がっていた。
サフィアは咄嗟にメイを後ろに庇った。
護身用の短剣を構える。
冷や汗がこめかみから流れた。
「来るなら、来なさい。ブッスリ刺してやるんだから」
近くで見ると、図体だけで熊ほどの大きさがある。
短剣ぐらいで致命傷になるとは思えなかったが、一矢報いるぐらいの覚悟はあった。
ネオキメラの巨体が跳躍した。
まっすぐサフィアの喉笛を噛み切ろうとする。
(──!!)
耳に届いたのは、あまりにも軽い風切り音。
「グギャアアア!!」
反射的に目を閉じかけたサフィアは、すぐに驚きで目を見張った。
ネオキメラが苦痛に満ちた悲鳴をあげている。
「え……? な、何? 何が起きたの?」
瞠目しながら見ると、分厚い筋肉で覆われた肩に矢が一本、突き立っている。
矢は二本、三本と続けざまに射かけられ、ネオキメラはなすすべもなくたたらを踏んだ。
「だれか、たにのうえにいます!」
メイが指さした先に弓矢を持つ人影があった。
一人や二人ではない。
何人もの射手がネオキメラたちを目がけて矢を射かけている。
後方にいた魔物たちを相手にしていたトトが追いついて来た。
護衛の近衛兵たちも、突然現れた射手たちに加勢してもらってなんとか乗り切ったようだ。
「サフィア、メイ! 無事?」
「う、うん。ねぇ、あのひとたち、何……?」
「さぁ……」
最後のネオキメラが倒れて灰燼と化し、静けさを取り戻した谷底に、弓矢を背負った人影が降りて来た。
覆面を被っていて顔はわからない。
射手の一人がまっすぐサフィアたちのところにやって来た。
「……やっぱり。君……メイじゃないか!」
「え? だ、だれですか?」
覆面の向こうから聞こえた意外と若い声に、サフィアは二度驚いた。
覆面の下から現れたのは十七、八の少年である。
よく日に焼けて、顔いっぱいのそばかすは人懐っこそうだった。
「ひどいな。アナベルだよ。枯れ谷から来るのを見て、もしかしてって思ったんだ」
「えー! アナベル! ぜんぜん、わかんなかったです」
メイはツインテールをぴょこりと揺らして駆け寄った。
そこへ残りの射手たちもわらわらと集まって来た。
覆面を脱いだ彼らはみんな十代から二十代の若者で、思いがけない友好さでメイを歓迎した。
みんなであっという間に和気藹々とした雰囲気になる。
「メイ、久しぶりだな!」
「また大賢者様のお使いか?」
「こいつら、メイの友達? にしては、年離れてるなー」
「なー。またガラの悪い侵入者かと思った」
「ほんと、ほんと」
サフィアはこっそりとメイに耳打ちした。
「メイちゃん、このひとたちは?」
「メイたちがむかってる、かくれざとのひとたちですよ」
「ってことは……まさか、古の一族?!」
サフィアは急いで背筋を正した。
そこへアナベルと名乗った少年がやって来た。
「魔物に襲われて大変でしたね、旅の方。大賢者様の用件で来たんでしょ? 俺たちの里に歓迎しますよ」
「助けてくれてありがとう。私はサフィア。こっちはトト。後のひとたちは私の連れで──」
「あれ? あんたのその格好……」
「ん? ボク?」
アナベルが気に留めたのはトトの衣装だった。
鈴のついた帽子にちぐはぐな服、爪先のカールした靴といういつもどおりの出で立ち。
王都にいても奇抜な格好が目に付かないはずがない。
「その格好……もしかして道化師か?!」
しまった、とサフィアは思った。
せっかく友好的な雰囲気で隠れ里に迎え入れてもらえそうだったのに、忌み嫌われている道化師が一緒だと思われたら何をされることか。
しかも、街中と違って向こうは武器を持っているのだ。
「……セレンザ様、どうします?」
護衛たちがこっそりと耳打ちした。
トトもちらりとサフィアを伺っている。
サフィアは迷った。
ここでアルマダールの民と敵対するのは避けたい。
いざとなればトトとメイだけ連れて隠れ里まで強行突破するか……と秘かに決めたときだった。
一族の若者たちが一斉に沸いた。
鬨の声……ではなく、歓迎ムードで。
「……マジで?! 道化師?!」
「えっ、嘘。ホンモノ?!」
「道化師が里に来てくれたって!」
「すげーっ! 皆に知らせなきゃ!」
「……へ?」
「……はい?」
予想外の反応に、サフィアは惚けた。
トトはもっと惚けていた。開いた口が塞がらない、といった感じだ。
「えっと……ボク、道化師なんだよ?」
トトが戸惑いながらも確認すると、若者たちはさらに沸いた。
「うぉー! ホンモノだって! ホンモノの道化師だって!」
「ちょっと見せて。触らせて!」
「俺、一足先に里の皆に伝えてくる!」
「あ、ずるい。僕も!」
何人かの若者が待ちきれないといった様子で駆けていく。
サフィアとトトは思わず顔を見合わせた。
「どうなってるの、これ……」
「さぁ……」
熱狂の渦の中で置いてけぼりになっているサフィアとトトの傍らで、唯一、冷静だったメイがぽつりと言った。
「ごしゅじんさまがいったですよ──ここは『けんこくしんわが、ただしくつたわっているとち』だって」
その意味を、サフィアたちはのちに嫌というほど知ることになる。




