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からくりピエロと大罪の姫  作者: 深月(由希つばさ)
間章 聖女の天秤

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2.5-4

 魔王デュヴァルオードは少年の胸から取り出したふたつの心臓を眺めて愉悦(ゆえつ)(ひた)った。

 ひとつは自分の心臓、そしてもうひとつは秘技を使った少年のもの。

 一度は少年の魔法によって同化したふたつの心臓は、(すで)に半ばまで溶け合ってお互いに(から)まり合っていた。

 魔物の王たる自分ですら容易(ようい)に引き離せないほどに。



「くくく……」



 それも一興(いっきょう)、と魔王は思った。

 魔物使いの心臓というのは芳醇(ほうじゅん)で濃厚な甘ったるい果実の味がする。

 少年の心臓を壊せば魔王自身も道連れにされる──のならば、ふたつとも自分のものにしてしまえばいい。

 異なる鼓動で脈打つふたつの心臓を丸飲みにした。

 (のど)を通るだけでとろけるように極上の(みつ)の味がした。

 (いにしえ)の魔法使いたる血脈を受け継いできた(いと)し子のエネルギーで体中が火照(ほて)るように熱くなる。

 あとは勇者の小娘を仕留めれば終わり。


 さあ、どこへやったか──


 そう思ったとき、片足にしがみついてくる少女が目に入った。

 もう戦う余力すらも残っていまい。

 目だけがぎらぎらと深手を負った(けもの)のようだった。



「……トトの心臓、返して……!」



 軽く蹴飛(けと)ばしただけで転がった。

 壊れた玩具(おもちゃ)に興味はない。

 なのに、まだ刃向かおうとしてくる。


 ──頭、悪いのか?


 けっこう本気でそう思った。

 少女一人で自分に勝負を(いど)むのも馬鹿なら、少年の最後の切り札をぶち壊しにしたのもこの女だった。

 デュヴァルオードの心臓を吸収したあの少年が自ら命を絶てば、(もろ)い人間の(からだ)に宿った心臓はひとたまりもなかった……はずだ。

 世界を救うよりもたった一人を選んだ。

 舌なめずりをしてほくそ笑む。

 そんな(おろ)かしい選択は……大好物だ。



「楽しませてくれたな、勇者。俺様をここまで愉快(ゆかい)な気分にしてくれたことには礼を言う。だが、もう用済みだ──安らかに死ね」



 少女の細い首筋をひとおもいに断とうとした刹那(せつな)濁流(だくりゅう)のような感情の(あらし)が胸の中を吹き荒れた。

 切なくて、愛しくて、悲しくて、狂おしい──

 恋い焦がれる(ほのお)に圧倒され、言いようのない苦しみで息が乱れる。



「──?! なんだ、これはっ」



 魔王の脳裏(のうり)に知らない映像が結ばれた。

 あどけなく幼い二人の子どもが出会い、遊んだ無邪気な情景が一転、魔物たちに破壊され、蹂躙(じゅうりん)され、跡形もなく破壊された村の無惨(むざん)な光景に変わった。

 勇者に(まつ)り上げられた少女を追って少年が旅に出る。

 そうして再会したとき、少女がどんなに嬉しかったか。

 どんなに魔物を(ほふ)り、焼かれた村々を見ても、少年が変わらず泣いて微笑んでくれることでどんなに救われていたか。

 そして、いつも少女の(かたわ)らにいた少年も……。



「やめろやめろやめろ! なんだこの記憶は! こんな記憶(もの)、俺様は知らない! くだらん感情でかき乱すな! やめろぉぉぉ!!」



 こんな感情(もの)、知らない。

 こんなのは自分じゃない。

 一体、誰の……──

 ──襤褸切(ぼろき)れか何かのように、倒れ()したままの少年。



「おのれ、一族め! 心臓を(うしな)ってまだ俺様の邪魔をするか! ……くっ!」



 少女を殺そうとする手が無様に震えている。

 自分のものではない意思に乗っ取られて言うことを聞かない。

 苦悶(くもん)するデュヴァルオードと対峙(たいじ)して、少女がふらりと立ち上がった。

 剣を(つえ)代わりにして、ボロボロの姿で。

 なぜそこまでして刃向かう。

 再生する身体も、並外れた魔力もない弱いゴミ(くず)が。

 なぜ魔物の王をここまで(おびや)かす……?!

 流れ落ちる涙も意に(かい)さず、少女が剣を構えた。



「貴方には一生わからない。私が剣を持つ理由も、トトが命を()けたわけも! 貴方なんかに、トトの心臓を渡すわけにはいかない!」


「くたばり(ぞこ)ないに何ができる?! おとなしく死を受け入れろ!」



 魔王の爪と少女の剣が拮抗(きっこう)し、(まばゆ)いほどの火花を散らす。

 デュヴァルオードは驚愕(きょうがく)した。

 ついさっきまで少女には立ち上がる余力もなかったはず……!

 切り結んだ少女の涙が剣を伝った。

 その瞬間、刀身から真珠色(しんじゅいろ)光沢(こうたく)陽炎(かげろう)のように揺らめき始め、()いしれるように温かな思念が剣を通じて魔王の中に入ってきた。

 魔物と対なす聖なる輝き──



「なっ! 対魔の光……だと?!」



 瞠目(どうもく)する少女の手の中で、剣がリボンのようにほどけていった。

 (もだ)え苦しむデュヴァルオードに巻き付いて拘束(こうそく)していく。

 アメリアは不意に、自分の無骨(ぶこつ)合金鎧(ごうきんよろい)が純白のドレスに変わっていることに気が付いた。

 いつの間にか身につけている巫女のケープが風に揺れ、背後に流れていく。



「貴方なんかに私たちの世界は渡さない!」


「調子に乗るな、小娘ぇ! このまま終わると思うな!」


「!」



 魔王を縛り付けていたリボンが緩み、膨大な魔力が押し寄せる。

 襲いくる痛みの予感に、アメリアは目を(つむ)った。

 衝撃はやってこなかった。

 優しい少年の手が、少女を背後から包み込んで支えていた。



「トト……!」


「このまま魔王を押さえ込んで。大丈夫……まだ心臓の魔力が残ってる。まだ……っ」



 トトが最後の魔力を振り(しぼ)って空間に亀裂(きれつ)を作った。

 魔界の扉が開く。



「僕の心臓と……君の巫女の力で、魔王を封印する!」



 少女は弾かれたように顔を上げた。

 少年の心臓は魔王に呑み込まれたまま。

 魔王を封印すれば、もう取り戻すすべはない。



「嫌だよ……トト。私……っ!」



 君にまだ言ってない。

 肝心なことを伝えていない。

 君がいたから旅を続けてこれた。

 君がいない世界なんか、私は──



「大丈夫。きっと、また、会える……──」



 ──そう言って、君がいつもどおり笑ったから。

 信じてみようと、思った。



「覚えていろ。俺様を封じること、後悔させてやる! また世界に悪夢……を……!!」



 魔王が空間の歪みに沈み、最後までもがいていた爪先までを呑み込んで魔界の扉が閉まった。

 そして、



「……トト……!」



 少年もアメリアの腕の中に静かに倒れ込んだ。

 まるでただほんの少しだけ休むかのように──


 トトは(なが)い眠りについた。

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