2.5-3
廃墟のような広間を満たした凪いだ静寂の中、少女の呼吸の音が荒く響いている。
短剣は床に転がっていた。
突き飛ばされた少年も、生きて、床に転がっていた。
呆然とした表情で、勇者だった少女を眺めた。
「……アメリア、どうして。君の願いが叶うのに……」
トトの目から涙が一筋、伝って落ちていく。
何かが決定的に間違っていた。
けれど、どこが間違っているのかわからない。
泣きじゃくってかぶりを振る少女に、もう、戦意はなかった。
戦う気力がないぐらい心がズタズタになっていた。
二人の間にできた虚しいばかりの空白をデュヴァルオードの嘲りが埋めていった。
「ふっ……あはははは! 傑作だな! 俺様を倒すただひとつのチャンスだったかもしれんのに! よりにもよって勇者がその邪魔をするとは! あはははは!」
「アメリア、危ない!」
「!」
少女の目から涙が後から後から零れて、魔王と切り結んだ剣に力が入らない。
アメリアは無様に壁へ叩きつけられた。
思考が一瞬で真っ白になり、脳がぐらぐらと揺れた。
「……う……」
「アメリア!」
トトは咄嗟に心臓の魔力を使おうとした。
先ほどの魔力の暴走が嘘のように静まりかえっている。
「くそっ……なんで!」
心臓のエネルギーは、いわば想いの強さ。
一度揺らいでしまった灯火は、魔王デュヴァルオードの前で、あまりに弱すぎた。
「遊びが過ぎたな、ガキども」
──棘が。
槍とも思えるほど巨大な影の茨がトトの周りに生え立ち、見る見るうちに自由を奪っていく。
あっという間にできた茨の檻の外にデュヴァルオードがいた。
心臓の魔力を奪ったのに、平然と魔法を使ってくる。
トトを見下ろす目には凍てつくほどの憎しみが宿っていた。
「よくも出し抜いてくれたな。まさか古の一族とはな……どういたぶってくれようか」
「……殺すなら、殺せ。それで気が済むんなら」
掠れた声で、トトは言った。
デュヴァルオードの心臓はまだトトと同化している。
トトを殺せば、魔王自身も無事で済まないはずだった。
──そんなことはデュヴァルオードもわかっている。
わかっていて、ふと、綺麗にほくそ笑んだ。残酷なほどに。
「そうだ……殺せぬのなら、永遠の責め苦を。そうだ。それがいい。くっくっくっ……暇潰しにはちょうどいい。俺様を怒らせたこと、永遠に後悔させてやる」
「何、を……」
蟻を一匹一匹踏み潰すがごとき残酷な愉悦。
魔王が身動きのとれないトトの左胸に手を伸ばした。
とどめを刺すのかと思った。違った。
トトの詠唱とよく似た抑揚の呪句。
(しまった……!!)
絶望的な予感に身じろいだときには遅かった。
全身に電流が駆け抜けたかのような衝撃。
同化した魔力が外に無理矢理引き出され、引き千切られ、もぎとられる苦痛にトトの思考は白く吹き飛ばされた。
(トト……トト! トト!)
倒れ伏したアメリアは、朦朧とする意識の端っこを必死に掴んだ。
身体中が痛くて、もうどこを怪我したのかもよくわからない。
息をするだけで目眩と吐き気が押し寄せてくる。
指一本動かせなかった。
瞼を上げることすら堪え難い苦痛を感じる。
それでも、渾身の力で目を開けた。
蝋燭の灯りで石壁に影絵が照らし出されている。
長い爪に捕らわれ、絡め取られて身動きのとれない少年のシルエット。
影絵の少年に暗黒の龍が鎌首をもたげ、容赦なく食らいつく。
蝋燭の炎が掻き消え、闇に塗り込められた視界で──
トトの絶叫がぞっとする音色で響きわたった。
やがて不気味な静寂が落ち、少年の身体が襤褸雑巾のように放り出された。
「──こころを喪った道化人形に、永遠の生き地獄を」




