表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
からくりピエロと大罪の姫  作者: 深月(由希つばさ)
第2章 空漠の玉座

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/37

2-4

「──危ないなぁ。こんなところで(ほう)けるなんて正気の沙汰(さた)じゃないよ。大丈夫?」



 トトだった。

 サフィアに振り下ろされた魔物の凶刃(きょうじん)(はば)み、レイピアで切り結んでいる。

 サフィアに襲いかかってきた人型の魔物は、硬い(うろこ)で覆われた全身に鋼の甲冑(かっちゅう)を着ていた──リザードナイト。

 頭部はワニに似た相貌(そうぼう)爬虫類特有(はちゅうるいとくゆう)の眼を細め、鋭い牙の生え(そろ)った口で、トトの抵抗にニヤリと笑った。



「魔王デュヴァルオード様が復活される……あと少し。もう少しで実体を取り戻される。その娘も生贄(いけにえ)にしてやる……!」


「へぇ。でも、生贄(いけにえ)ならガキどもだけで間に合ってるだろ。いい加減、キミたちの魔王陛下もカロリー摂りすぎて愚鈍(ぐどん)になってるんじゃないのかな?」


「……トト、何言ってるの? 魔王が、復活って……何?」



 トトはちらりと視線だけ向けた。

 その横顔にはいつもの余裕がない。



「……君を捜しに入った地下で、魔物にさらわれた子どもたちを見つけたよ。魔王デュヴァルオードの封印を解く生贄(いけにえ)にされてた。助け出せたのは、あの子だけだ」


「……え……」



 トトが目配せした岩陰には震えている小さな人影があった。

 昨日、サフィアがで話した、あの子どもだった。

 目立った外傷はなく、元気に泣きじゃくっている。



「……ロジー……!」



 サフィアは夢中で駆け寄って、子どもの体温を抱きしめた。



「というわけで、これ、捜してる子がいるんだよね。返してもらうよ」


「代わりにてめーがこっちに来いよ、道化師。いや、こう言った方がいいか。『()()()()()()()()使()()()』?」



(……?)



 何の話だろう、とサフィアは思った。

 トトは相変わらずの無表情だった。

 困っているのかもしれない。

 こういうとき、どういう表情をするものかわからないというような感じ。



「五百年前、あの女が(ほどこ)した魔界の封印は完璧だった。さすがの俺らも手のつけようがないほどに。けど、あの女にとった唯一、誤算だったのはデュヴァルオード様の魔力に()()()()()()()()()()()()()()()()()……だ。この意味、わかるよな?」



 リザードナイトは硬い(うろこ)に覆われた口元を酷薄(こくはく)(ゆが)めて(わら)った。



「礼を言うぜ。こうして魔王陛下の封印が解けるのは、間抜けな大魔法使いの()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだからな」


「本当に間抜けだねぇ」


「他人事かよ。……で、性懲りもなく心臓を取り戻しに来たのか」


「んー、今日はこれを取り戻しに来ただけだけど?」



 トトとリザードナイトが、一閃(いっせん)二閃(にせん)と斬り結ぶ。



「でもさぁ、ここまでくるのも大変だったんだぜ? 魔王陛下を復活させるためにせっかく苦労して巫女王を()らせたってのに、肝心の生け(にえ)のエネルギーが足りなくってさ。魔法使いの心臓とかあれば手っ取り早かったんだけど、魔法なんてもう過去の遺物になっちゃってるし? 結局、二年間も時間を無駄にして──」


「……何?」


「ん?」



 突然、会話に割って入ったサフィアに、リザードナイトは不審そうな顔をした。



「巫女王を……何ですって?」



 魔物男の口が裂けたように笑みの形を深くする。

 それだけで一気に温度が下がった気がして、サフィアの両腕が粟立(あわだ)った。



「あんたが……やったの?!」


「……おねーさん……?」



 ロジーがたじろぐほどの怒気(どき)がサフィアの全身から(ほとば)った。

 リザードナイトは、生贄(いけにえ)にしようとしていた少女と子どもの存在にはたと気付いた。

 笑みを深くした魔物男の様子に、サフィアの本能が警鐘(けいしょう)を鳴らす。



「俺さー好きな遊びがあるんだよね。ちょうどいいからおまえ暇潰(ひまつぶ)しに付き合ってくんない? ただなぶり殺すんじゃおもしろくないからさー」



 魔物の男がパチンと指を鳴らすと、暗がりから大小無数の魔物たちが姿を現した。



「──せいぜい足掻いて逃げ惑ってくれよ」



 獰猛(どうもう)なランドエイプ、死肉を(あさ)るジャイアントイーグル、美しい花弁の内側に毒をもつクリムゾンローザ。

 夜の森は(またた)く間に異形の巣窟(そうくつ)と化した。

 軽薄な声音が極限まで怜悧(れいり)に研ぎ澄まされた刹那(せつな)、取り囲んだ魔物たちが解き放たれた矢のごとく押し寄せてくる。



「……っ! 囲まれてる!」


「うぅ。いっぱい来た……戦うしかないだろうねぇ。気が進まないなぁ」


「そんなこと言ってる場合じゃ……!」



 三人を取り囲んだ魔物たちが動き出すよりも早く。

 鍔口(つばぐち)で甲高い(はがね)の音を響かせてトトがレイピアを抜き放った。

 低く滞空していたジャイアントイーグルに向けて矢のごとく突き技を放つ。



(速い……!)



 鬼神(きしん)のような戦いぶりにサフィアは瞠目(どうもく)して立ち尽くした。

 一体、また一体、トトのレイピアは魔物に斬りつけていく。

 本職の剣士であっても、並の者であればこうはいかない。

 魔物と戦い慣れている者の体捌(たいさば)きであり落ち着きでもあった。

 縦横無尽に揮われる剣捌(けんさば)きを見ながら、サフィアは魔物に囲まれている現状とはかけ離れた不安を感じていた。

 胸中に先ほど感じた違和感が巣くって(ふく)らんでいく。



(いったい何者なの? それにさっきのあの、何も感じてないようなあの瞳……)



 いつものおどけた調子、退廃的でシニカルな言動、そして剣を揮うときの無感動な戦闘……どれが本当のトトなのだろうか。 



「こころのない……道化人形……」



 だが、いくらトトが精力的に戦おうと、戦況はややこちらが不利だった。

 トトの背後をサフィアが守っているとはいえ、魔物はまだ十体ほどもいるのだ。

 しかも蔓状(つるじょう)の触手を地面に()わせて足下を(ねら)うのもいれば、頭上からの急降下で攻めてくるものもいる。

 一人で複数を相手にしているトトの動きにもいつしか疲れが見え始めた。



「……ちっ! 斬っても斬っても襲って来る」


「えっ、ちょっと今、舌打ちした? 貴方でも(あせ)ることあるのね……」


「だってこういうときってさ、普通、舌打ちするものでしょ? 絶体絶命のピーンチって感じでさ」



(舌打ちする……「もの」)



 本心は、どこにあるのだろう。

 しかし、それ以上追究する余裕はサフィアにもなかった。

 クリムゾンローザの触手に足を取られて転倒した(すき)に、(ふところ)に入れていた短刀(ナイフ)をランドエイプに奪われたのだ。

 振りかざされた銀色の(やいば)が逆光を受けながらも(きら)めいた。

 トトがレイピアを(ひるが)して追い(すが)ったが、ちょうどそこへ舞い降りたジャイアントイーグルに行く手を(はば)まれる形になった──間に合わない。



「サフィア!」


「ううっ……! この!」



 苦し(まぎ)れに()り上げた膝頭(ひざがしら)が何か生温かくて柔らかいものに当たった。

 下卑(げび)山賊(さんぞく)よろしく嫌らしい笑みを浮かべていた巨猿の表情が一転、苦悶一色(くもんいっしょく)に彩られた。短刀(ナイフ)を手放して転げ回る。

 無我夢中で(つる)の拘束から逃れたサフィアはそこで初めて気付いた。

 ──男性((おす)?)の急所をクリーンヒットしたことに。

 攻撃した側の方が悲鳴をあげて赤くなった。



「きゃあ?!」



 トトなんか指の間から(のぞ)き見て真っ青になっている。

「あ痛たたた……」と魔物に同情する形だ。

 周囲のクリムゾンローザやジャイアントイーグルたちまで、どこかたじたじと攻撃を躊躇(ためら)う素振り──巨猿だろうと弱点は人間と同じだった。



(……弱点?)



 サフィアの脳裏(のうり)(ひらめ)くものがあった。

 うまくいくかどうかはわからないが、魔物相手にも通用するのなら……。

 サフィアは傍観(ぼうかん)している魔物男を盗み見た。

 胸の内が憎悪(ぞうお)(まみ)れていくのを自制して、冷静さを必死に取り戻そうとする。

 ……守りたいものがあるから。



(お母様……お願い。力を貸して)



「トト、少し時間を稼いでほしいの。試したいことがある」



 何するの、とトトが視線で訴えた。

 だが、(くわ)しくは訊かずに(うなず)きで返す。

 このままでは(らち)があかないのをトトもわかっている。

 敵を引きつけておくのも並大抵のことではないはずだが、そんなことはおくびにも出さない。



「ロジーは私の後ろにいて」


「う、うん」



 ゆっくりと息を吐きながら、(まぶた)を下ろす。

 サフィアは意識を切り替えた。

 カーテンを下ろすように外界を締め出し、立ったまま深い瞑想状態(めいそうじょうたい)へと(もぐ)っていく。

 手足がじわりと熱を()び始め、徐々に重みを増していくのが心地よかった。

 自分という静かな深海に()ちていくようなものだ。

 けれども、それは一歩間違えば命を落としかねない危険な状態でもある。

 無防備になったサフィアの周りでは依然(いぜん)、トトが魔物と必死の攻防を繰り広げている。

 瞑想状態(めいそうじょうたい)特有の()えた思考の中、サフィアは自分の周囲に広がる世界を、視覚ではない第六感で感じた。

 背後の木々と、その向こうの空、地響きをあげる地面、魔物たちとトト、そして自分……それらがまるで連続した意志をもつひとつの存在であるかのようだった。

 遠くの雲の動き、木の葉のそよぎ、地面の砂粒のひとつひとつにまで意識を(めぐ)らせ把握(はあく)する。

 星の(またた)きにも似たほんの些細(ささい)な違和感を(つか)んだ。



(──()えた)



 そうとしか表現しようがない。

 サフィアは永遠にも感じる刹那(せつな)を経て、再び(まぶた)を上げた。

 瞳の中に今視た世界を閉じこめながら。



「──クリムゾンローザは頭の花に隠れて見えない付け根に斑紋(はんもん)がある。そこが弱点なんだわ」


「……?!」


「ジャイアントイーグルは尾羽が本体よ。他をいくら突いても効果は薄い」


「……! わかった!」



 ランドエイプの弱点は……もう言わなくてもいいだろう。

 絶対に言いたくない。うん。

 驚きながらもトトは素早かった。

 弱点を突かれたクリムゾンローザは一撃のもとに斬り伏せられ、ジャイアントイーグルは地に()ちる前に(ちり)となって消えた。

 最後まで応戦しようとしたランドエイプの一際(ひときわ)大きい個体も無念の(さけ)びをあげながら倒れていった。

 ほんの数分で魔物の包囲を切り崩してしまったトトを見ながら、サフィアは目の前の光景が信じられなかった。

 トトが急に強くなったのかと思ったが、そんなわけない。ありえない。

 変わったのは戦法だ。

 さっきまでクリムゾンローザの触手をちまちまと刻み、ジャイアントイーグルの胴体(どうたい)に手応えなく斬りつけ、ランドエイプとバカ正直に力比べをしていたのをやめた──サフィアの言うとおりに。

 リザードナイトの口元から笑みが消えた。



「……マジわっかんねー。てめーが他人のために動くなんて。ガキの一人や二人殺されようがのたれ死のうが気にするわけないだろ?」



『そんなこと、きにするあなたじゃないでしょう? あなたは「こころのないどうけにんぎょう」なんですから……』



 不意に、トトの動きが止まった。

 逆光の中で、その横顔が笑みの形を刻む。



「……そうだよ。ぼくは空っぽのお人形。何を言われても感じない、考えない、おどけているだけのピエロ。人間みたいに振る舞っていてもそれはカタチだけ」



 ──だから、こそ。



「バカにされた道化師がいるってだけで、魔物にさらわれた子どもがいるってだけで、いても立ってもいられずに飛び出しちゃう女の子のために動いてもいいかなって思ったんだよ。ボクが遠い昔になくしちゃったココロをもって、傷ついて、自分から危険に飛び込んじゃう不器用な女の子のためなら、ね」



 そうして魔物たちの最後の一体を(ほふ)って、トトは辺りを見回した。

 リザードナイトの姿がどこにもなかった……どさくさに(まぎ)れて逃げたらしい。



「……逃げ足の速い」



 サフィアはほっと息を吐いた。胸の内だけで(つぶや)いた。



(お母様……ありがとう)



 サフィアがロジーの無事を確認していると、トトも戻って来た。



「あいつらの弱点を知ってたの?」


「え? ううん。初めて見る奴ばっかり」


「でも……」


「ああ、これ? えっと、生まれつきなの。なんか集中すると、ここが(もろ)そうとかあそこを(かば)ってるとかわかるのよね。多分、あんまり意識してないちょっとした仕草とかなんだろうけど……自分でもよくわかんないなぁ」



 トトはまだ納得しかねるようだった。

 無意識にレイピアを(さや)に収めようとして、血や(あぶら)で汚れていることに気付いて顔をしかめた。



「そうだね。普通は気付かないよ」


「よく言われるんだけど……そんなに変かなぁ。すっごく慎重にじーっと目を()らせばわかるのに」


「──昔、キミと同じことができる女の子がいたよ」


「本当?」


「彼女は自分で剣を(ふる)ってたけどね」



 あまりに多くの魔物を(ほふ)り、ついには「勇者」と呼ばれるようになった少女が。

 けれど、彼女自身の心は決して強くはなかった。

 周りの期待と重責に押し(つぶ)されて、いつだって、逃げ出したがっていた。

 のちの人々が(たた)えるような、勇猛果敢(ゆうもうかかん)で包容力のある「聖女」ではなかったのだ……。

 サフィアは急に黙り込んでしまったトトの横顔を(のぞ)き込んだ。

 青年は(まばた)きを繰り返した。



「……なんでもない。こっちの話さ」



 そのとき、二人の会話を聞いていたロジーが悲鳴をあげた。



「おねえさん、あぶないっ!」


「……え?」



 ドン、と鈍い衝撃があった。

 いち早く反応したトトに突き飛ばされたのだ、とサフィアが悟ったのはすべてが終わった後。



「──しょうがないなぁ、もう」



 瞠目(どうもく)するサフィアの目の前で。

 左胸を貫かれ、串刺しになったトトが、糸の切れた人形のようにゆっくりと崩れ落ちていった。

 血溜まりの中に倒れて、ぴくりとも動かなくなった。



「……トト……?」



 サフィアは、目の前の光景が信じられなくて、トトを揺すった。何度も。

 左胸の傷は致命傷だった。

 助けようもないほどに。



「トト、嫌! しっかりして! 死んじゃ嫌ぁ!」



 ロジーもサフィアにしがみつきながら、声もなく震えている。



「これで邪魔者はいなくなった。おめーらもまとめて魔王陛下に献上(けんじょう)してやる!」



 リザードナイトがサフィアたちの元に飛びかかってくる──その寸前。

 疾風(しっぷう)のごとき槍が魔物男を目掛けて襲いかかり、(またた)く間に切り裂いた。

 サフィアの視界に近衛兵を表す白外套(しろがいとう)(ひるがえ)る。

 そして、よく耳に馴染(なじ)んだ懐かしい声──



「ご無事ですか、セレンザ様?!」



 男女の近衛兵が素早く現れ、リザードナイトをじりじりと追い詰めていく。



「……ロッテ……? どうしてここに……?!」



 そこに、第三の人影が現れた。

 彼の姿を目にしたサフィアは、今度こそ瞠目(どうもく)した。

 滅多に城の外に出て来るひとではなかった。



「……大賢者様……?!」



 サフィアは彼にすがった。

 なんとかしてくれるとしたら、彼しかいなかった。



「大賢者様、お願い! トトを助けて! 死なせないで……」



 大賢者は、サフィアを安心させるようににこりと微笑んだ。



「大丈夫ですよ。()()()()()()()()()


「……え……?」



 サフィアには、大賢者の言っている意味がわからない。

 彼はトトに手を当てた。

 鼓動のない左胸──そこは元々、(うつ)ろで空っぽなまま。

 リザードナイトを追っていた近衛兵たちが戻ってきた。

 金髪の青年が剣を払いながら大賢者に言う。



「申し訳ありません……逃げられました。深手は負わせたので、まだ近くにはいると思うのですが」


「深追いは無用ですよ。セレンザ様の護衛の方が大事ですからね」



 ポニーテールの女近衛兵が感極まってサフィアを抱きしめた。

 白外套(しろがいとう)夜露(よつゆ)に濡れるのもかまわずに、やっと戻ってきた宝物の温もりを(いと)おしげに(いだ)いた。



「さあ、城に帰りましょう──巫女王様」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] はわわわ…………もしかして…………? と思っていたことと伏線だと気づけなかったことがガチャリと嵌っていく…………! 朧げな記憶と再開、そして最後の一行にやられました(/ω\*) いちばんお…
2019/12/08 16:20 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ