王太子夫妻は仲良し? 前編
シリアス無しの前後編です。
結婚してはや数か月が過ぎた。
テラルーシ王国の王太子と王太子妃は仲が良くて有名だ。
二人は私室で、わざわざ人払いをして茶を飲んでいる。
「なんと仲睦まじいご夫妻なのでしょう」
などと家来たちは自分達の美しい主人を誉めそやしているが、その実、秘密会議が行われていた。
今日の議題は「でんちゃんの今後の危険性について」だ。
事の発端は……フェリシエル。
せめて王子が城を自由に散歩できるようにと、皆にペットのハムスター(神獣)として、『でんちゃん』を紹介したのだ。
今まで「ネズミだ、ネズミだ!」と使用人達に追い回されていたハムスターが城で一躍人気者になった。
王太子妃の愛らしいペットとして。
今では「でんちゃん様」と呼ばれ使用人達に慕われるようになった。
もちろん王子だなどとは誰も気付いていない。
「リュカ様、あまりハム……神獣のお姿で調子に乗っていると、そのうち知らない人に連れていかれちゃいますよ」
フェリシエルにはリュカのプライドの在り方がわからない。
むしろ気位が高いくらいの人なのに、ペットとして愛でられるこの状況は彼的にOKなのだろうか? 心底、楽しんでいるように見える。
「ふむ、もうすでに何度か攫われそうになっている。なにせあの神獣は美しいからな」
聞き捨てならないことを、王子はいつもの作り物めいた美しい微笑を浮かべて言う。
生まれた時から、作り笑いをしているうちにこの顔が標準になったようだ。
「ええ! 本当ですか! でんちゃん可愛すぎて心配です。よその子になっちゃったらどうしよう」
フェリシエルは狼狽えた。そう最近の王宮での「でんちゃん」人気に狼狽えている。
しかし、王子はそんな妻を半眼で見返す。
「意味が分からん。お前がよく言う、よその子とはなんだ?」
だが、しかし、フェリシエルは王子の言葉を軽くスルーして、自分の話したいことだけを話す。
「それにしてもなぜでんちゃんが攫われるのです? 可愛いからですか?」
その言葉に、なぜかリュカが美しい青紫色の瞳をきらきらと輝かせる。
「王太子妃のハムスターへの寵愛が過ぎるから、ハムスターを捕らえてお前を脅すつもりなのだ。ふふふ、ははは」
珍しく上機嫌に笑いだした。
「つまり人質ならぬネズ質ですね。なんと卑怯な。許せません!」
「違う! ハム質」
王子は時々どうでもいい事にこだわる。彼が言うにはネズミとハムスターではしっぽがまるで違うとのこと。
「というより、リュカ様ずるいです。私には『神獣』呼びを強いてくるのに。ご自分では『ハムスター』だと」
「いや、それは断じてない。お前の聞き間違いだ!」
断言する王子を前にして、フェリシエルは諦めた。最近、ハムスターの姿ではなくても駄々っ子の時がある。
「わかりました。それではどれが『でんちゃん』だか分からないようにたくさん飼いましょう。そうすれば攫われる確率も低くなるはずです」
するとぽんと軽快な音を立て今まで王子のいた場所にハムスターが現れた。
油断も隙も無い。これだから人払いをしているのだ。
「駄目だ、駄目だ。駄目だ。ダメだ! 絶対にダメだ! ペットの多頭飼いは禁止! 競争も激しくなって可哀そうだろう?
それにいっぱい飼い過ぎて、一匹足りないのが、私でも気付かないかもしれないではないか!
おおざっぱなお前の事だ。探すのは明日でもいいやということになりかねないだろう!」
とりあえずフェリシエルは地団駄を踏む可愛いハムスターを落ち着かせるため、撫でてやる。
「なるほど。リュカ様の本音はわかりました。
それ絶対、人の姿で言っちゃいけないやつですよね。とりあえずまともにお話したいので、残念ですが人にお戻りください」
そう言うとハムスターはしぶしぶ人に戻った。最近の王子は人としての尊厳を失いかけている。
「なぜ人型に戻るのが残念なのだ」
王子が腕を組み柳眉を寄せる。これをハムスターがやるととても可愛いのだが……。
「まあ、いいではないですか。人の姿もとてもお美しいですよ」
フェリシエルがため息を吐く。
「とってつけたような言い方はやめてくれ」
ここで喧嘩をしている場合ではない。フェリシエルはこほんと咳払いをする。
「それではリュカ様、不届きなハム攫いを捕まえましょう!」
「本気か?」
王子がぴくりと反応する。
「もちろんでございます。前回どちらで攫われそうになったのですか?」
「うむ、城の台所だ」
「は? なぜそのようなところに?」
フェリシエルが不審げに柳眉をしかめる。
「いや、夜中小腹が減ってな。ハムスターの姿で行くと残飯を分けてもらえるのだ」
フェリシエルは王子の言葉を聞いて、テーブルに突っ伏した。
「うそでしょ……」
するとリュカは自分の失言に気付き、少し慌てる。
「違う。夜中に小腹が減ったからといって、わざわざサンドイッチをなど作らせたら料理人も気の毒であろう。これは王族としての気遣いだ」
珍しく頬を染めて言い訳をする。なんてプライドのない人!
「それならば、私に言ってください。ちゃんとご用意しますから」
フェリシエルが困ったように眉尻を下げる。
「お前も、朝から晩まで執務で疲れているだろう」
「そうでもありません。『でんちゃん』は私の癒しですから」
「わかった」
と素直に王子がうなずく。果たしてちゃんという事をきく気があるのかないのか……。
「それでリュカ様、作戦なのですが」
フェリシエルの作戦はシンプルなもので、深夜の城の台所でハムスターを囮にハム攫いをひっとらえるというものだ。
「しかし、それだと最初から最後まで、私は神獣の姿のままだぞ?」
こころなし神獣を強調して王子が言う。
「そこは私がメイドのふりをして張り込みフォローします。隙をみて、リュカ様は何食わぬ顔で人の姿に戻ればよいのです」
「ものすごく行き当たりばったりな作戦だな。馬とウサギに協力を頼むか」
するとフェリシエルがひくりと顔を引きつらせる。
「いいえ、今回はやめておきましょう。
はあ、……リュカ様、最近隠さなくなりましたね。やんごとなきお方たちは今ファンネル家の厩を住まいとしているのですが……。
ちなみに家族は誰もきづいていません」
「まあ、いいではないか。ははは」
王子は気楽に笑うが、フェリシエルは気がきではない。
兄のシャルルが、何かというとセイカイテイオーを遠乗りに連れて行こうとするのだ。
本当にやめてほしい。




