07助け?
「リュカ殿下は……」
ハイネス卿が言葉を濁した。王子がどうだというのだろう。フェリシエルは気をもんだ。
そのとき扉の外が騒がしくなってきた。
バタンと勢いよく応接室のドアが開いた。
白いシャツにトラウザーズというラフな姿の王子が現れた。フェリシエルは驚いた。毒を盛られて大変な状態だったのでは?確かに顔色が悪く、やつれている。
「ハイネス、これはどういう事だ、なぜ、このような勝手なマネをしている」
王子が鋭く言い放つ。
「陛下から、ぜひ、ファンネル公爵家のフェリシエル嬢から話を聞くようにとおおせつかっておりますので」
「彼女は関係ない」
意外にも王子は庇ってくれているようだ。呆然と立ち尽くしているフェリシエルの腕を掴むと部屋から連れだそうとした。
「殿下、まだ話は終わっていません」
ハイネス卿が慌てて、引き留めようとした。
「私は彼女の一挙手一投足を見ていた。不審な動きはなかった」
「いや、しかし!」
「私を疑うのか?」
壮年のハイネス卿を睨む姿は威圧的だった。普段の柔和なイメージとは違い貫禄がある。若くても彼はやはり王族なのだ。
「滅相もない。ただ、タイミングとして、茶か菓子に毒が……」
「めったなことを言うものではない。あの茶も菓子もメイドが準備したものだし、菓子は宰相の息子が持ってきたものだ。私の口に入るまでに何人もの手を経ている」
王子がきっぱりと言い切った。
しかしハイネス卿も負けてはいない。
「そこなのです。毒味も済ませられているものなのです。それにフェリシエル嬢は最近、なにやらメリベル嬢に悋気をおこしているという噂が絶えません。嫉妬のあまり……」
ハイネス卿が最後までいう事はなかった。王子が強引に割り込んだ。
「だから、なんだ?ただの噂だろう。私の婚約者に何を言っているのかわかっているのか?それ以上は私に対する侮辱だ」
「申し訳ございません」
ハイネスは引き下がったが、瞳に暗いかげが走る。
結局、王子が強硬な態度で押し切った。さすがのフェリシエルも緊迫した二人のやりとりに怯えた。
「いくぞ、フェリシエル」
「はい」
なぜか王子に助けられる形でフェリシエルは応接室を後にした。
まさか彼に庇われると思っていなかった。廊下を速足で進んでいく彼についていくのは大変だった。ふいにフェリシエルの腕をつかむ手がゆるむ。王子がふらりとよろけた。寸でのとこで倒れずに踏みとどまっている。フェリシエルは慌てて彼の体を支えた。しかし、重い。王子が壁に手をついた。顔色がわるい。
「少し休まれたら、いかがですか」
「心配してくれるのか?」
皮肉な笑みをうかべる。すると再び歩き出した。フェリシエルの腕をしっかりとつかみ引き寄せる。内緒話がしたいようだ。近いのが気になるが、この際そんなことは言っていられない。得られる情報があるのなら欲しい。
「当たり前ではないですか。毒を飲んでしまったのに、そんなに動き回っては体にさわります」
王子は片眉をひょいとあげた。
「その話は秘密だ。軽い流感ということで公務は休んでいる」
「そんな」
すぐにでも犯人を捕まえるべきだと思った。もちろんフェリシエルは自分が疑われ続けるのが嫌だったからだ。それにこの件がうやむやになったとしてもまた王子に何かあったら真っ先に自分が疑われるのではわりに合わないし、危険すぎる。
「この件は公にはできない」
王子は頑なだった。
「きちんと追求したほうがよいのではないですか。犯人が分からなければこの先、殿下に危険が付きまといます」
「フェリシエル、私には護衛騎士も付いていて、毒味役もいる。その上で起きた事件だ。公になれば何人処罰されるかわからない。その中には私にとって有益な人物も含まれるかもしれない」
「彼らの為という事ですか?」
フェリシエルには意外だった。彼は短絡的でもなく臆病でもないようだ。殺されかかったというのに冷静だ。婚約者となってから、今までそれに気が付かなかった。彼の美しい外面しか目に入っていなかったからかもしれない。だいたい30分にも満たない不定期に開かれるお茶会で相手の内面にまで踏み込むなど不可能だ。
「さあ、どうかな。そうだとすれば君の仕業にしてしまうのが一番都合がいいのかもしれない」
良い人かと思えば油断も隙もない。
「そうなればファンネル家の後ろ盾はありませんよ」
それどころかファンネル家は、取り潰しの憂き目にあう。フェリシエルは脅されているのだ。
「一応言っておくけど、私を毒殺するのは無理だから、王族は頑強にできていてね。簡単には死なない」
「それは私を疑っての牽制ですか?」
フェリシエルは怒りに顔がこわばった。
「まさか、きみは、そんなまどろっこしい真似はしない。カッとなって斬りかかってくるか、掴みかかってくるタイプだろう」
王子のその言葉に内心ムッときたが、澄ましていった。
「私はそんな短絡的ではありません」
「そうだね。君は自分を頭の良い人間だと思っているからね」
それは王子も同じだと思ったが、それを口に出さないだけの分別はあった。彼の挑発には乗らず、怒りを鎮めた。
「私が殿下のカンに触る人間だということはわかりました。だからもうお部屋へ戻っておやすみください。いくら頑強と言われましても歩き回るとお体に障りますよ」
「安心してくれ。今寝室に向かっている」
いつのまにか王子に腕を引かれてついてきた場所は、初めて来る居住区だった。そして一人でここから出る自信はなかった。なぜなら王宮は内奥に進めば進むほど、外敵の侵入を拒むためにわざと入り組んだ造りになっているからだ。
「安心しろ、従者に送らせる」
どうやら顔に不安が出ていたようだ。フェリシエルは王子に感情を読み取られていることに気づいた。それほど感情が顔にでているのだろうか?彼女は少し不安になった。
「殿下ゆっくりお休みくださいませ」
その後、二言三言王子と社交辞令的な別れの言葉を交わして別れた。
これで王宮を去れると思うとほっとした。
しかし、それで終わりではなかった。
馬車に乗り込もうとしたところ声をかけるものがあった。
「フェリシエル嬢。少し、お話がしたいのですが」
振り返った先には、この間メリベルをエスコートしていた宰相子息モーリス・オーギュストが屈託なく微笑みながら立っていた。