番外編 ミイシャ~奴隷の証~1
過去話53話襲撃の後です。ミイシャ、王子視点で進みます。全三話予定。
『みいしゃの日常』
僕の名前はミイシャ、前は名前なんかなくて番号で呼ばれていた。
確か17号だっけ?
そしてもっと前は……えっとお……いいや、思い出したくない。
フェリシエルはよくご本を読んでいる。これって、面白いのかな?
ぺらりぺらりとページを繰ってみる。
「なんだ。ミイシャ、文字を覚えたいのか? それともある程度読めるのか」
振り向くとさっきまで「うぉりゃーっ! ぬおーーっ!」とか叫びながら、シャカシャカ回し車の中で走っていたハムスターはいつの間にか消えていて、そこには澄まし顔の綺麗な王子が立っていた。
この王子はいつの間にか人化する。
僕たち獣人みたいに、骨が変形し、毛がゆっくりと生えていくという事がない。可愛くて頼りになる神獣だ。ただし、神獣の姿だと少々気が荒い。
「うにゃ?」
「人語を話してよいぞ」
ぽんぽんと頭を撫でてくれる。でも人verは無表情で怖い。やっぱりハムスターになってくれないかな。
「僕、字読めないよ。でもフェリシエルが本読んでいるから、僕も読めるようになりたい」
「ならば、私が教えてやろう」
「ほんとか、マスター!」
「私が人の時はマスターではないだろう」
「うん、わかった。お兄ちゃん!」
「それも違うが、まあ、悪くない」
そういってにやりと笑う姿は、なんとなく悪そう。
「ちび猫、さっさと人化しろ。その姿ではペンは握れまい」
お兄ちゃんが頭を撫でてくれる。気持ちがいい。人化するとさっそくペンの握り方から教わった。結構難しい。インクをつける量も調節しなくちゃならない。じゃないと紙にぼたっとおちてしまうからね。
こうやって、この日から、お姉ちゃんが部屋にいないときや用事で出かけていると時に文字を教わるようになった。
夜遅くなると、まだ、遊んで欲しいのにお姉ちゃんがこてんと眠っちゃうから、お兄ちゃんが時々絵本を読んでくれる。不思議とこのお兄ちゃんはあまり寝ない。神獣だから……?
ただね。ハムスターの時とちがって、おにいちゃんはだいたい無表情でずっと僕の頭を撫で続けるから、ちょっと怖いんだ。
♢♢♢
ある晩、ファンネル家の厩でミイシャはウサギンに遊んでもらっていた。
「おらぁ! かかって来いや! うまぁ」
「ちびハム。手加減しねえからな!」
などと罵り合いながら、馬とハムスターは仲良く喧嘩を繰り広げていた。しかし、いつもの通り、人の良い馬が、フェイントをかけられて、ちっこいハムスターに惨敗する。
散々暴れてすっきりしたハムスターは満足そうに干し草の上に丸まっていた。ところが干し草が柔らかすぎて、ハムスターがかさかさと埋もれていく……でんちゃんが驚いたように目をぱちくりしたまま、干し草の山の中にずぶずぶと沈んでいく……。
ミイシャはどうしても、でんちゃんに遊んでほしくて、かさかさと掘り起こし、干し草まみれのハムスターを引きずり出した。するとぜえぜえと息をつきながら喜んだハムスターが高速で頭を撫でてくれた。とても感謝されているようで、子猫は少し得意になる。
ひとしきり撫でて気がすんだのかでんちゃんの動きがぴたりと止まり、じっとミイシャを見つめる。ただならぬ王族ハムスターの雰囲気が漂う。
これから、きっと大事な話があるのだ。子猫は前足を揃えて座り、ピンと背筋を伸ばし、ふさふさの耳を立てた。ちょっと尻尾を振りたいけれどそれは我慢する。
「ミイシャ、今度の王都の悪い奴を成敗しに行くのだが、お前もついて来い」
ミイシャはビクッと体を震わせる。
「にゃっ?」
「お前の奴隷の証を消す」
残念ながらミイシャの奴隷の証は城の元呪術師ミカエラでは解除できなかった。術者しか解呪は不可能だと言う。
「やだ。僕、怖いあそこ行きたくない」
心底怯えた。あそこでのことは真っ黒な思い出だ。
「ミイシャ、これは大事なことなんだ。お前の将来を考えたらこのままでいいわけがない。その奴隷の証さえ消えれば、私も隷属を解きお前を自由にしてやれる。大丈夫、私達がついている」
リュカの言葉にアルフォンソ卿の仮の姿であるウサギンも馬も力強く頷く。ミイシャは覚悟を決めた。大好きな彼らが一緒なら。獣人たちと神獣が一つにまとまった。