おまけのおまけ ファンネル家、ペットト〇レ事情 下
夜更けにやっと執務が終わったシャルルは、小用を足そうとトイレに立った。
ちなみにシャルルは広めに設えてある客用のトイレが好きで、気分転換もかねてそこまで足をのばす。
するとトイレのドアのそばに子猫がいる。くりっとした金色の瞳が綺麗な猫だ。毛足が長く愛らしい。フェリシエルの愛猫だ。
なぜここにいるのかと不思議に思い首を捻る。いったい猫がトイレに何用かと……。夜行性だから、散歩でもしているのだろうか。
シャルルは眠気でぼうっとした頭で考える。
そのときトイレのドアが少し開いていて中から明かりが漏れていることに気付いた。明かりがついているのにドアが開いている。違和感を覚え、大きくドアを開いた。
「えっ!」
シャルルは驚愕のあまり固まった。なんと便器の縁にハムスター。
(ネズミが深夜のトイレで? いったい何をしているのだっ!)
一人と一匹はしばし見つめあう。ハムスターは意外に眼力が強く、先に目をそらしたのはシャルルだ。
するとでんちゃんがシャルルをガン見しながら、ふるふるっと震えた。
シャルルが慌てて扉を閉める。
「でんちゃん、ごめん!」
しばらくすると、子猫がトイレのドアをカリカリし始めた。
(まさか……ハムスターを待っていた、だとっ!)
慌てて、トイレのドアを開けてやるとミイシャがするりと入っていく。すぐに子猫は飛び出してきた。その背にはサテンシルバーのハムスター。
去り行く二匹に声をかけずにはいられなかった。
「待ってくれ、でんちゃん、ミイシャ」
声をかけるとミイシャがぴたりと止まり、二匹が振り返る。
「昼間は失礼なことを言って済まなかった。いつもきれいに使ってくれてありがとう!」
シャルルが感動のあまり叫ぶと、青紫と金色の瞳がキラリと宝石のごとく光り、二匹が「よし」というように頷いた。
くるりと踵を返すと彼らはさっそうと去って行く。
次の日、朝食の席でさっそくフェリシエルに、ハムスターと子猫が深夜のトイレでどれほど利口だったかを興奮気味に伝える。
「お兄様、でんちゃんとミイシャの賢さは存じております。ですので、今度はちゃんとノックをしてあげてください。最低限のマナーですよ」
「なるほど、突然開けたりして、悪いことをした。それでも動じぬとは! でんちゃんは肝も据わっているな」
するとフェリシエルがきりり顔を引き締める。
「お兄様、そう思うのならば、もっとでんちゃんに敬意を払ってください。気持ちよさそうに寝ているときに、わざわざお腹をつついて起こしたりしないでくださいね」
妹に小言をもらう。
「いやいや、ひっくり返って腹を出して寝るハムスターなど見たことがないぞ? 触れてみたくなるじゃないか」
転がっているでんちゃんのふわっふわな毛並みがたまらない。
「でんちゃんは特別なのです。ただのハムスターなどとあなどってはなりません。非常に高貴な神じゅ……いえ、珍獣? なのです。それと、お兄様、お食事の時間にその話題はどうかと思います」
「……面目ない」
ぴしりと妹から叱られ、シャルルが肩を落とす。そこへ執事長のテイラーがやってきた。
「坊ちゃま、馬車の準備が整いました」
「いや、だから、坊ちゃまは、やめて」
シャルルはずるずるとテイラーに引きずられていく。
「お兄様、お気をつけていってらっしゃいませ」
フェリシエルは、ミイシャと一緒に兄を見送るために玄関に向かう。
「フェリシエル、今朝はでんちゃん、いないのか?」
「え? でんちゃんなら、働き者ですから、もう城……あ! いえ、お散歩かと! ほほほほ」
何かをごまかすように、高笑いをする妹に見送られ、シャルルは今日も馬車に乗り込み登城する。城門までは走った方が早そうだが……。
今朝も早くから、リュカ殿下は働いている頃だろう。
シャルルはいつものようにピリッと気を引き締めた。ここから先はファンネル家次期当主として、なめられてはいけないのだ。
♢
一方、フェリシエルは、兄を見送った後、悶々としていた。
(でんちゃん、私の作ったトイレの何が気にいらなかったの?)
フェリシエル自らが、市場へ出向き、手触りお値段ともに最上級の砂を買い求めた自信作。しかし、でんちゃんは、見向きもしない。
思い余って、人間verの王子に聞いてみようかと思ったが、あの秀麗な顔を見ていると言いだしにくいし、何よりもルール違反のような気がする。
それにあのちびハムスターに人間用のトイレは危険。公爵家のトイレは、魔石を使った水洗となっている。
もし、でんちゃんが誤って落ちたらと思うとフェリシエルは生きた心地がしない。可愛いハムスターがトイレにぽっちゃんして水に流されてしまう。
(いやーーーーっ!!)
頭を抱え悶えながら、今度は、自分がトイレまでついていってやろうかと思い詰める。
そこで、はたと気付く。
「そうか! プライベートが足りないのね!」
フェリシエルは早速、ハムスター用の陶器製のトイレを改良することにした。暗幕をかけてやればいいのだ。中に魔法のランプも入れてやる。
満足のいく一品ができた。
これであの高貴なハムスターが使用してくれるはずだと、ニンマリする。
(ああ、今夜もでんちゃんが待ち遠しい)
フェリシエルは、今日も窓辺で待つ。ほどなくして、窓にこつんとドングリがぶつかる音がした。
「でんちゃん、いらっしゃいませ!!」
早速窓を開け、ハムスターを迎え入れ、抱き上げる。
「うむ、くるしゅうない」
キュートでもふもふな体に大きな態度。フェリシエルは心ゆくまで、でんちゃんを撫でた。普通のハムスターならば確実に弱る勢いだ。そして、リニューアルした自慢のトイレまで連れて行く。
「どうです! 殿下、このお手洗いは完璧です。どんな時もプライベートを守ります」
暗幕付きのトイレを見たでんちゃんが固まる。
「……………………」
ハムスターの長い沈黙にフェリシエルは首を傾げた。
「あれ、お気に召しませんでした?」
「……百歩譲ったとして、私がそれを使うよね? 誰が砂の処理をするの?」
でんちゃんが、絞り出すような声でいう。心なし、声に怒り成分が含まれている。
「もちろん、私めにございます!」
フェリシエルが胸を張って言う。
「却下!」
「えーー! なぜです、殿下。自信作なのに。頑張ったのに」
ショックのあまりフェリシエルの目が潤む。
「ヤダ!」
ハムスターがプイっと横を向くと、フェリシエルの手の中から逃げだした。
「せめて、理由をお教えください!」
そう言って逃げ出したハムスターを素早い動作でむぎゅっと捕まえ頬ずりする。
「ええい! 縋りつくでない! 尊厳の問題だ! お前にしもの世話をされるほど落ちぶれてはいないぞ、鳥頭!」
ぴょーんとフェリシエルの手を飛び出したハムスターは、いつも忌避する砂風呂に自ら飛びこんだ。
でんちゃんは愛らしくシャウトしながら、しゃかしゃかと必死に砂をかき始める。
何か忘れたいことでもあるのだろうか?
フェリシエルは首を傾げながらもそれをうっとりと愛でる。とりあえずハムスタートイレ問題は棚上げすることにした。
「もう、でんちゃんったら、我がままなんだから」
「どこかだ! ボケっ! お前は、デリカシーが死んでいる!」
「そんな、私はデリカシーの塊です」
今夜も、一人と一匹の夜は愉快に更けていく……。
(終わり)
*トイレもそれに付随する習慣も現代です。決して中世、近世ではありません。
公爵邸は、洋式トイレで、魔石に触れると水が流れます。清潔です (ノω`*)




