建設的?な話し合い
「リュカ殿下、それは違います。ウィリアム殿下は立派にご自分の夢をお持ちです」
フェリシエルは引かない。
「しかし、王族が冒険者になるなど聞いたことがないぞ。それにこいつの護衛はどうする?」
「ならば、殿下が前例をつくればいいのではないですか」
「何を言っている。フェリシエル、なぜ、君は……」
王子は続く言葉を飲み込んだ。彼女が自分の味方をしてくれないのが不満だった。意外に子供っぽい自分に気付く。
「リュカ様、あなたがいつでもすべてをお守りになる必要はないです」
王子はハッとしたようにフェリシエルを見る。
「ウィリアム殿下のことにしても、私の事にしてもそうです。彼が王族でなければ、問題はないのですよね?」
フェリシエルが王子を宥めるように柔らかな口調で言う。
「つまり、臣に下らせろと?」
「そうだよ! 兄者、ここから、北西にある領地があいているではないか。そこのそばにギルドがある。王都からだって、近い。国外とはいわないから!」
ウィリアムがすかさず勢い込んで兄に訴えた。
「お前が領地を治めようというのか?」
弟が力強く頷く。
「なるほど! 冒険者は、領主の裏の顔を言うわけですね」
「そう、それだよ。フェリシエル! さすがわかってる!」
「ちょっと待て、領主はそんなに甘いものではないぞ! それに国外に逃げたいのではないのか?」
「王族じゃなきゃいい。そのかわり貴族としての役目からは逃げないよ。俺頑張る。ちゃんと勉強もする。だから……」
必死で弟が訴える。
「……そうか、空き城のこと良く調べていたな。お前はそういう事に興味がないのかと思っていた」
幾分がっくりしたように王子が言う。旗色が悪い。外堀が埋められていく。
「リュカ殿下、ウィリアム殿下は武芸が達者なのでしょう? それに思い付きではなく、ご自分の将来もしっかりと考えているご様子、ここは兄として弟の夢をかなえてあげたらいかがでしょう」
王子は弟を諫めるつもりでいたが、いつの間にか二人が結託し、自分が説得されるはめになってしまった。
最近王妃派が粛清されていっているので、空き城や、王家直轄の領地が増え負担になっている。また勢力拡大のため、それを虎視眈々と狙うものもいる。
ウィリアムがその一つを引き受けてくれれば、確かにリュカの負担も憂いも減る。
「フェリシエル、ウィリアムの自立は少し早くないか?」
最後の抵抗を試みる。
「何をおっしゃっているのです。ウィリアム殿下ももうすぐ16歳。その頃にはとうにリュカ殿下は陰から国王陛下を支えていらっしゃったではないですか」
フェリシエルにもわかっている。彼は弟が去って行くのが寂しいのだ。多分、この兄弟は長兄は万事に聡いために疎まれ、末弟は勉強ができなくて………。
しかし、このままではウィリアムは籠の鳥だ。
「わかった。ウィリアム、条件がある。しっかりと領主となるための勉強をしろ。それで及第点をとったら、お前の好きにさせてやる。言っておくが、いままでみたいに勉強が苦手だという言い訳は聞かない」
王子が決断したようだ。厳しい口調で言う。
「やったー! フェリシエル、ありがとう! さっきはキツイとかいってごめん! これからも宜しく、姉上」
フェリシエルが分かればいいとばかりに鷹揚に頷く。
「おい! なぜ、フェリシエルに感謝している。許可を出したのは私だぞ!」
王子がなにやら心の狭いことを言う。
「まあ、いいではないですか」
フェリシエルがしょうがないなというように王子の背中をぽんぽんと叩く。
「でも、王族籍をでるといったら、父上はなんていうかな」
ウィリアムがポツリと言う。
「さあな」
リュカがそっけない一言を返す。
「どうせ、俺、あてにされてないしな……」
ウィリアムは実子でありながら、国王にも元王妃にも期待されない、忘れ去られた子供なのだとフェリシエルは気付いた。
元王妃は何においても頭の回転の速い前妃の子リュカを嫌い、実務や人心掌握術は別として多少は勉強の出来るエルウィンだけを溺愛し、第一王子の対抗馬として期待をかけた。
そして恐らく勉強が苦手なウィリアムは……。
リュカはきっと今までウィリアム王子を庇護して来たのだろう。それで公務に参加しないことを両親とは別の意味で容認していたのだ。
兄が、ポンと弟の頭に手をのせる。
「私は期待している。お前が見事領地を治め、裏で冒険者として活躍することを」
「おお、兄者! 実は俺、もう、冒険者ネームを考えてある」
単純な弟がキラキラと目を輝かせる。
「なんだ。いってみろ」
「ビルだ!」
「そのまんまだろう。あくまでも裏の職業なのだから、身バレしてどうする」
「ならば、ビリーだ」
「馬鹿か! そこから離れろ!」
とうとう王子がキレた。 王子はきっとエルウィンともこんなやり取りをしたかったはずだ。そして、そのための努力もしただろう。
「まあまあ、いいではないですか。ビリー、良い響きです。逆に堂々としていてバレないのでは?」
フェリシエルが仕方ないとばかりに仲裁に入る。
「なんで君はウィリアムに甘いのだ!」
王子が不満げに唸る。
「違う! フェリシエルは話の分かる素晴らしい俺の姉上だ」
「今更か! 私の婚約者なのだ。素晴らしいに決まっている!」
白熱する兄弟喧嘩にフェリシエルが高笑いで割り込む。
「ほーほほほ! では、話は決まりですね! ウィリアム殿下のギルド登録には、不肖フェリシエルがお供致します!」
「冗談だろ? フェリシエル、君の出番はもうないから」
どさくさにまぎれ、憧れの冒険者の街に行こうと思っていたのに、王子に秒で却下された。
「ウィリアム、ギルド登録は、私達の結婚の儀が終わってから見極める。それまでしっかりと勉強しておくように」
王子の締めの言葉で、ささやかな会合は終了したのだった。
フェリシエルは確信していた。王子はクールに振舞っているが、本当は寂しいはず。だから、今夜はきっとでんちゃんがやって来る。
快適に過ごせるよう、おもちゃや好物のフルーツを準備して、寂しがり屋のかわいいハムスターを存分におもてなしするのだ。