若きウィリアムの悩み
翌日フェリシエルは王族護衛騎士に案内され、居住区までやってきた。リュカとともに、ウィリアムの部屋へ向かう。
「ウィリアム入るぞ」
ノックはするものの返事も待たずにドアを開ける。
「兄者!」
嬉しそうにリュカに声をかける。兄弟仲は良いようで、フェリシエルはほっとする。
「え、フェリシエル!?」
ウィリアムが驚いたように目を見開く。
「お久しぶりでございます。ウィリアム殿下」
フェリシエルが淑女の礼をする。
「うわっ! ずいぶんきれいになったんだな。誰だか分からなかったよ」
感激したように言う。フェリシエルを目にするのは、彼女が国王から褒美を貰って以来だ。
フェリシエルはもうすぐ18歳になる。子供の頃のきつさや生意気な雰囲気は随分なりを潜め、女性らしい柔らかさが出てきていた。
相変わらず気位は高そうだが、金髪碧眼で見た目はまさにプリンセス。
「おい、失礼だぞ。きちんと挨拶くらいしないか」
リュカに言われて慌てて挨拶を返す。しかし、それにしても久しぶりに見る第三王子ウィリアムはなんというか……。
「ウィリアム殿下、随分大きくなられまして……」
ここ数年病気という事で公務を休んでいたが、彼は偉丈夫に育っていた。というかごつい。前世ならば、ラグビー選手。どうみても健康優良児。なんなら王子様然としたリュカの方が線が細いくらいだ。
フェリシエルは、いったいどういう事なのかと、説明を求めるようにリュカを見る。
「フェリシエル、こいつはガタイはいいが頭がよくない」
「はい?」
「ひどいよ。兄者」
弟が叫ぶ。
「とても元気そうに見えるのですが、なぜ行事や公務に参加されないのです?」
当然な疑問だ。するとウィリアムがひたりとリュカを見据えて言い放つ。
「俺は王族をやめたい!」
フェリシエルは目が点になった。辞めたくて辞められるものではない。フェリシエルだって、公爵令嬢をやめたいと言ってもやめさせてもらえないのだ。誰だって義務を放棄して権利だけを貪りたい。しかし、そんなことをすれば社会が回らなくなる。
「兄者、俺、殺される前に国をでたい!」
ウィリアムが不穏なことを言う。たしかに王族には常に暗殺の危険が伴う。
「いや、だから、お前はそんなに賢くもないから、大丈夫だろ。私の対抗勢力に担ぎ出されない限り、多分暗殺とかないから」
慰めているようで、弟を馬鹿にしているようにも聞こえる。
「ひどいよ!兄者」
「兄者はやめなさい。兄上とよべ。
だから、お前は公の場にあまり出せないんだ。なあ、フェリシエル、弟はこんな感じなのだが、どう思う」
「どう思うかと申されましても、私は公爵家の娘、口を挟むことではないと思います」
フェリシエルがかしこまって教科書通りの返答をする。
「フェリシエル、建前はいい。この際不敬罪とか無しで、思ったままを述べてくれ。
君と私はもうすぐ結婚する。そうすれば、ウィリアムは我々の弟となる。遠慮はいらない」
フェリシエルがリュカの言葉に、しかと心得たとばかりに頷く。
「やる気がないのなら、彼を養うことは国費の無駄です。さっさと野に放てばよいのではないですか?」
「……いきなり歯に衣着せぬか。さすがはフェリシエルと言ったところか」
リュカが畏怖の目でフェリシエルを見る。
「兄者、フェリシエルへのひいき目はいいから……。相変わらずこの人きっついなあ、中身変わってないじゃん。今から不敬罪ありにしてくれない? 俺、心が持ちそうにないよ」
ウィリアムがしゅんとして大きな体を丸める。
「フェリシエルが言っている事は正論だ。間違っていない」
「やっぱり、兄者は婚約者殿の味方か」
ウィリアムがちょっとむくれる。
「それでウィリアム殿下は何をなさりたいのです?」
フェリシエルが幾分口調を和らげる。
「え? 俺、俺は冒険者になりたい」
「まあ、やりたいことがちゃんとあるのですね。しかし、冒険者は命懸けですよ。死にたくないのではないですか?」
ウィリアムの矛盾に首を傾げる。
「だから、自分から魔獣と戦いに行くのはありなんだよ。
でも、いつの間にか食事に毒混ぜられたり、さり気なく頭上から植木鉢が落ちてきたりとかそういう危険は嫌なんだ。要するに王宮にいると兄者みたいに一日中気を張るだろう?」
分かるような分からないような――どちらもスリルに満ち溢れている。フェリシエルは半分ほど納得した。
「ウィリアム殿下は、アルク様と気が合いそうですね」
いつの間にかフェリシエルも非公式の場ではアルクと呼んでいる。あの馬王子はとても気さくだ。ついうっかり気安い口を利いてしまう。彼がセイカイテイオーだという事はフェリシエルと王子の間では公然の秘密だ。
「だよね。私もそう思う。だから心配で表に出せない」
リュカが同意する。
「確かに。下手に外に出して、悪人に囚われ、人質にされても困りますね」
国にとって王族を人質に取られることは厄介だ。
「ちょっと待ってよ。俺をその馬鹿っぽい他国の王子と一緒にしないでよ」
馬鹿っぽいではなく馬である。
「まあ、ウィリアム殿下、何て失礼なことをおっしゃるのですか! アルク様はリュカ殿下の大親友であらせられます!」
フェリシエルがまなじりを吊り上げ、「控えよ」とばかりに悪役令嬢面で言う。
「いや、ちょっと待て! その大親友とかやめてほしい。ほんと恥ずかしい」
リュカが珍しく耳を赤くしてフェリシエルを遮る。
「はあ、兄者たちはいいよなあ。仲が良くて、今日は何しにきたの? 子供の頃からそうやって、喧嘩してるとみせかけて、本当はいちゃいちゃしているんだね。知ってたし。
てっきり俺の説教に来たのかと思っていたけど。そうか、二人の仲を見せつけに来たんだね」
気付くと大きな体のウィリアムがいじけ始めている。難しいお年ごろだ。
「違うぞ、ウィリアム。今後、お前をどうしようかと思ってね。フェリシエルも交えて、将来のことを相談しよう」
するとフェリシエルが不思議そうな顔をする。
「もう決まっているではないですか?」
リュカとウィリアムが同時にフェリシエルに注視する。
「冒険者になるのではないですか? 早速ギルドに向かいましょう!」
「だから、いま、こいつは馬鹿だし、人質になったらまずいだろうと言う話になったではないか」
リュカが頭を抱える。フェリシエルを交えて、更に混乱しただけだった。




