番外編 Re…… 王子編4(終)
「リュカ殿下、あなたに迷いがあれば、この秘術の成功率は下がります。もちろん、このまま何もせずに静かに断頭台の露と消える道もございますが……残念ながら、それが一番楽な幕引きとなるかもしれません」
ミカエラの言葉に、リュカが深く息を吐く。
「そのような話を聞いて、無為に死ぬことなどできない。むろん、私は絶望している。大切な人を失ってしまった。
秘術が成功したならば、償いたい気持ちもあるが、何食わぬ顔をして再び皆に会うのは正直怖い。
だが、やはり、私が放棄してきた王族のつとめを果たしたい。いや、違うな、それだけではない。正直に言えば、フェリシエルに会いたい」
フェリシエルを守り、国に尽くす。偽らざる彼の本心。
「ミカエラ、お前はここで私を待っていたのだな」
すべてを悟った王子の言葉に、老女が柔らかい微笑を浮かべ、頷いた。
「この秘術を使えば、代償として過去の私は未来視の力を失うでしょう。この逆行を覚えているのは殿下お一人のみ。周りに味方はなく、あなたはただ一人の死に戻りとなります。
長く、愛されず、周りの人間が信じられず、孤独に苛まれることになるでしょう。それでも時間をさかのぼることを望みますか?」
「今更だ。済まない。ミカエラ、エスター」
二人に深く頭を垂れた。
絶望の中で、王子は一縷の望みにかけることにした。彼の弱さが原因となって、処刑されていった無辜の者達、彼らの命と人生を取り戻さなければならない。
フェリシエル……もう一度……
~currently~
――ノルド領 馬車襲撃時
孤児院視察の帰り、王子一行の馬車は、賊に襲われた。
フェリシエルを連れて湖のほとりに逃げてきた。護衛達の負担を減らすために、敵を分散させる意図もあったが、何より、もう待てない。彼女の愛が消えているのは分かっているが、新月の夜に神獣を抑えるのは限界にきていた。フェリシエルに会いたがっている。
神獣も人も同じリュカである。人格が変わるわけではない。しかし、その感情はコントロールできるものではなく、小さな体はたった一つの思いでいっぱいになる。複雑さが失われ、ひたすらシンプルになっていく。
敵を蹴散らそうとした瞬間、彼女が雷撃魔法を発動したのには驚いた。イレギュラーな出来事だ。
周りの者は倒れたが、リュカにはこの程度ではきかない。彼女はリュカに当たらなかったと勘違いしたようだが、その誤解は解かないことにした。
だが、しっかりと叱っておかなければ、彼女は向こう気が強いので戦闘に突っ込んで行きかねない。不安定で中途半端な雷撃魔法は敵を挑発することもある。強力な魔獣なら凶暴化することもあるのだ。大切に育てられた彼女は、そこら辺の知識がすっぽりと抜けていて実に危うい。
湖畔で己の姿をさらす前に、彼女の体に婚姻の誓約だけは刻み付ける。愛をなくした彼女が獣化した王子を受け入れられないときの保険だ。例え彼女が王子を嫌がったとしても、彼女を守れるのは自分しかいない。何が起ころうと手放す気はなかった。
しかし、フェリシエルはなんの拒絶も示さず、驚くほどの歓迎ぶりで、ちっぽけなハムスターを受け入れてくれた。そして、あろうことか大事そうにしっかりとハムスターをつかんだまま、「湖にドボンする」などと声を震わせ、かわいい脅迫をする。
なんでも顔にでるフェリシエル、湖になど落とす気がないことはまるわかりだ。
生意気で、口うるさくて……優しい言葉を素直にかけられなくて、ときに偽悪的に振舞う。それでいて、本当は誰よりも慈悲深く寛容。
そう……彼女は嫌悪するどころか、なんのためらいも無く、獣であるこの体に触れた。
フェリシエル、愛がなくとも、君は変わらない。
~departure~
王宮の寝所の窓にすくりと立つサテンシルバーのハムスター。その視線の先にはファンネル家の尖塔が見える。
己が力を削り、すべてを注ぎ戻った世界で、神獣は、新月の晩、力を失くし、その脆弱さを晒す。十数年、いく夜もの新月を小さなハムスターは怯えながら耐えぬいた。
子供の頃はただただ震え、成長してからはネズミを目の敵にするメイドや猫に、ときには魔術を使ったいたずらをしてやり過ごした。
――人の姿であっても絶えず命を狙われ、気の休まることなどなかった。償いなのだから、当然だ。
しかし、今は孤独で脅威でしかなかった新月が、希望に彩られる。
待ちに待った星降る夜、期待に胸が高鳴る。
きっと彼女はちっぽけなハムスターの到着を窓辺で待ちわびている。そして温かい微笑を浮かべ、優しく抱き上げ、精一杯歓迎してくれるのだ。
フェリシエルに会いたい。受け入れられている喜びで胸が打ち震えた。彼女のもとへハムスターはひた走る。
「ふはははっ! 今行くのだ、フェリシエル!」
王子が守る平和な王都に、今夜もハムスターの高笑いが響き渡る。
目指す窓辺からは淡く柔らかな燭台の灯りが漏れ、少女のシルエットが揺れる。温かい紅茶と彼女手製の寝心地の良いべッドが今夜もハムスターを待っているのだ。ぽーんとひと際高く、軽やかに跳ねる。
やがて、窓辺からは歓声と二人分の温かい笑い声が溢れて……。
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