番外編 Re…… 王子編1
死に戻りの理由です。シリアスなので、読んでもいいよ、と思う方だけどうぞ。四話予約投稿
王宮の北には、今ではほとんど使われることのない灰色の堅牢な尖塔がある。そこはかつての牢獄。謀反を起こした者たちや王族などが繋がれた。
その尖塔に佇む白銀の小さき神獣。
「ぐぬぬ、遊びに行きたいのだ!」
彼の視線の先には、あの少女が住むファンネル家の尖塔が見える。
フェリシエルから、ある日突然、愛が消えてしまった。己の正体を告げようとした矢先のことだ。前回、こんなことは起こらなかった。あれは分かりやすい。
この姿を彼女の前にさらしても良いものか……。
この神獣は人と違い、我慢がきかない。月の無い夜、人に戻れない寂しがり屋のハムスターは焦がれる思いを、じっと耐える。限界が近い。
~previously~
王宮の北に灰色の堅牢な尖塔が立っている。そこには謀反を起こした者たちが、繋がれた。牢は一階に五つ、二階に三つ、三階に二つある。
三階にこの国の元王子と一人の憐れな老女が繋がれていた。
処刑場で錯乱し捕らえられた後、王子は国や王族に謀反を起こしたものが入る牢獄に繋がれていた。塔の牢獄にはごく小さな明り取りの窓が一つあるのみ。三面を石の壁で囲まれ、正面には逃亡しないように魔術を施した鉄の格子が穿たれている。
ここまで厳重にしなくとも今のリュカに逃亡する気力などなかった。
近いうちに彼は処刑になるだろう。リュカは絶望の底にいた。そのせいか、冬の牢獄で毛布一枚でも、食事が一日に一度でも、かびたパンと白湯をだされても全く堪えない。
外界に対していちいち反応することすら億劫だった。寒さも空腹も分からず、ともすれば悲しみすら感じない。まるで、体よりも心が先に死んでしまったかのようだ。
最後まで感情とプライドを失わなかったあの少女はとても立派だった。
「お久しぶりです。殿下」
向かい側の牢にいる一人の囚人に声をかけられた。背を丸めた老婆が鉄格子ごしに礼をとる。何度か繰り返された挨拶。その日、初めて王子が身動ぎし、老女に反応した。
「ミカエラか? なぜここに?」
子供の頃、ほんの半年であったが、彼女から魔術の手ほどきを受けた。しかし、ミカエラは突然姿を消した。周りに尋ねたが、誰もその行方を知らない。王宮ではよくあることだった。王子の記憶からもやがて王宮魔術師のミカエラのことは薄れていった。
「身に覚えのない謀反の罪で、王妃様に告発されました」
どんな言葉も響くことのなかった王子の心に鈍い痛みが走る。
「……そうか」
無実の罪を着せられたのだ。いったい何年牢に繋がれていたのだろうか。だが、もう、今の彼には老魔術師ミカエラを救う力はない。それが心残りとなった。
「殿下はお逃げにならないのですか?」
ミカエラのその言葉にリュカが顔を上げる。
「私は、もうこの国の王子ではない。地位ははく奪され、毒をあおって自ら死ぬ権利も奪われた。敬称はいらぬ」
「逃げる」などと妙なことを聞く、彼にとってはもうどうでも良いことだ。周りの人間には裏切られ、友と思っていたジーク・レスターは随分前からエルウィン側の人間だったと知った。そして何より、あの少女はもういない。ここから脱獄したとしても彼に逃げ込める場所などないのだ。
婚約者は唯一気を許せた相手だった。なぜ、うるさいなどと思ってしまったのか。魅了……本当にそれだけなのか? 違う、己の弱さに負けたのだ。
「ミカエラ、お前こそ逃げないのか? 偉大な魔術師ならば、牢破りなど簡単であろう」
「逃げたとて追われます」
道理だった。ここで逃げおおせても国境超えることが出来なければ助からない。
「……昔、世話になったのに、何もできずに済まない」
悔恨の滲むリュカの声に、ミカエラが淡く微笑む。
「やはり、あなたは王に相応しいお方です」
「何を言う。これほど愚かな者に民は導けない」
リュカは自嘲気味に小さく笑う。
「殿下、あなたが、国王とならなければ、この国は遠からず終焉を迎えます」
ミカエラがそう言った瞬間、ガタンと音がした。牢番の青年が驚いたように立ち上がる。
見咎められたと思った。今更波風を立てる気はない。王子はお喋りをやめることにした。すると驚いたことにその青年は怒声を張り上げるでもなく、静かに話し始めた。
「お話を中断させてしまい申し訳ありません。私は、立場上席を外すことは出来ませんが、
聞かなかったことにはできます」
王子は初めて牢番に目を向ける。そういえば、彼だけが、牢に繋がれた王子に敬意を払う。不思議な青年だ。
「名は何と?」
「エスターと申します」
そういう彼はまっすぐないい目をしていた。およそ今の王宮にはない、そんな純朴さを感じさせる。
「私に敬意を払っても何の利もないぞ。それどころかお前の出世に不利に働くかもしれない」
すると青年はふっと笑う
「殿下に助けてもらわなければ、私は今頃どうなっていたか」
「私は、もう、この国の王子ではない。敬称はいらない。それに助けたなどと何かの間違いだろう。私はお前を知らない」
彼はリュカのその言葉に穏やかな表情で頷いた。
「少し昔の話です。エルウィン殿下の剣のお相手をお務めしたことがありました。そのときうっかり叩きのめしてしまいました」
思い出した。
騎士の修練を視察した時、エルウィンが貴族の出ではない者たちに、片っ端から勝負を挑んだ。
騎士とはいえ爵位を持たない彼らの立場は弱く、王族に恥をかかせられない。
エルウィンはやりたい放題だった。調子に乗ったエルウィンが次々に彼らを叩きのめしていく。修練にけがは付き物がだが、それでも重篤となると騎士団を去らなければならない。
そう、確か彼は仲間を庇い、エルウィンの手を打ち、剣を奪った。




