おまけ
本当にただのおまけです。
幾重にも魔法で織られた布が垂れる大きな天蓋付きベッド。
そこにこの国の姫はぺたりと座りこむ。
目の前には見目麗しき白銀の神獣が。
ここは次期国王夫妻の寝所である。なぜ今夜、ハムスターと姫しかいないのかというと新月だからだ。
新月の夜、閨で王子は用をなさない。人化できないのだ。
「殿下、私はもう眠いのです」
「駄目だ! フェリシエル、睡魔と戦うのだ!」
フェリシエルはこしこしと眠い目をこする。外国の賓客を招いての祝いの席が続き、新婦であるフェリシエルは疲れ切っていた。
それなのに、今夜もいきりハムスターは元気だ。
「ほらもう一度、風を吹かせて、あの花瓶をおとしてみろ」
フェリシエルは魔力が高い。今までは雷系しか使ってこなかったが、風魔法にも適性があることが分かった。そのため、でんちゃんが張り切って指導しているのだ。
特に明日はフェリシエルが、結婚後はじめて王宮を離れることになる。王子はそばで、大切な妻を守れない。だから、すこしでも制御を覚えて危険から身を守って欲しいと考えているのだ。
「ていっ」
フェリシエルが、もう一度、魔法を放つ。するとひょろひょろと風がふき、花瓶がことんと倒れる。
「勢いが足りんな」
「でんちゃん、もう、いい加減にしてください。城を離れるといっても、ちょっと実家に帰るだけではないですか!」
ちなみにフェンネル邸は城から目と鼻の先にある。なんなら、城門から城までの方が遠いくらいだ。
「そのうえ、殿下の護衛まで私につけるなどと! いい加減になさってください。殿下の身は誰がまもるのですか」
王子は驚くほど過保護だ。
「大丈夫だ。毒程度では私は死なん。それに体が半分くらい潰れても再生できるから、まったく問題ない」
王族ハムスターが偉そうにいう。
事実彼はそれを過去に証明している。書架に潰されたのに復活した。そのうえ、おそらくこの王子は、この国で一番強い。
そのせいか、フェリシエルが狙われがちだ。王子の寵愛を一身に受ける彼女は、いつの間に彼の唯一の泣き所になってしまったのだ。
「わかった。もう、寝てもよいぞ。それから、襲撃されたとしてもファンネル家のおかしな家訓に従って、戦闘に加わることはないように。お前はもう私の妻で王族なのだから」
でんちゃんの許可が下りたところで、フェリシエルはわしっとハムスターを掴む。そのまま一緒にベッドにもぐりこんだ。
「でんちゃん、お休みなさいませ」
「ぐぬぬ」
まだ、遊び足りないらしくて、ハムスターはジタバタと往生際悪くもがいていたが、やがて諦めて大人しくなった。見るとフェリシエルの手の中で、まあるくなって眠っている。王子はフェリシエルよりずっと忙しい。さすがに疲れていたようだ。フェリシエルは可愛いハムスターのふわふわの毛をひとしきり撫でると、自分も眠りについた。
♢
「ただいま帰りました!」
玄関を開けると、家族総出で出迎えられる。
「帰りましたではないだろう。お前の家はうちの向かいにある城であろう」
「そうよ。フェリシエル、殿下とは仲良くしてる? また喧嘩ばかりしていない?」
などと言いつつも父母はフェリシエルを歓迎してくれた。王族になったらからといって家族の態度が変わることはなかった。
「みゃあ」
そのとき足元から猫の鳴き声がした。
「まあ! ミイシャじゃない!」
フェリシエルが子猫を抱き上げ頬ずりする。
「フェリシエル、帰って来たのはミイシャだけではないぞ! 厩をみてみろ。またセイカイテイオーとウサギンが来ているぞ」
「え……」
どうやらアルクは冗談を言ったのではなく本気でファンネル家の厩で暮らすらしい。嬉しいやら恐ろしいやら。
「今朝、早速乗ってきた。いやあ。あいつは速くて強い馬だ」
知らないって怖い。知らないって恐ろしい。フェリシエルは得意になって報告する兄を畏怖の目で見上げた。
そして、フェリシエルが、実家に戻ったのは理由がある。長年フェリシエルのメイドを務めてきたセシルの結婚式をファンネル邸の庭園でおこなうのだ。
「さあさあ、私の出迎えはこれくらいにしてください。皆さん、式の準備を」
使用人達に声をかけ、振り返るとまだ護衛騎士が立っている。
「エスターもいい加減になさい。今日はあなたとセシルの結婚式でしょう? さっさと準備なさい」
「いえ、しかし、私には任務が」
「違います。今日は私を守るのはついでです。主役はあなたなのです」
そういうとフェリシエルはエスターの背をおす。
「さあ、準備をなさい」
エスターは騎士団の所属であるから、もう結婚の正式な誓いは騎士団で立てている。しかし、彼は王子が異例に抜擢した人物で爵位を持っていないのでパーティなどはやっていない。だから、セシルの為に開いてやるのだ。
父も兄も母も何だかんだと準備を手伝い。執事のテイラーが陣頭指揮をとった。
そして、その日の昼下がり、屋敷の者と新郎新婦の身内だけのこじんまりとした結婚式は行われた。
ずっと恋するセシルを見守って来た。その彼女が結婚する。二人の誓いの言葉を聞きながら、そっと涙をぬぐう。
するとハンカチが差し出された。礼を言って受け取る。
あら?でも誰かしら。振り返ると椅子の背にサテンシルバーのハムスターがちょこんと乗っている。
フェリシエルは危うく式の最中に大声を上げるところだった。
「殿下、今日の会議はどうなさったのですか!」
小声で囁く。
「エスターの結婚式くらいみたいではないか。これでもあいつとは子供の頃からの付き合いだ」
なんと、おさぼりハムスターだった。
クールで合理的で時に非情な決断をするのに、その実彼は情が深い。
「そろそろあいつに爵位をやらねばな」
そんなことをポツリと言った。今の王子の発言権は以前よりずっと強い。きっと実現するだろう。その後、公爵家一家は使用人達に気を遣わせないために早々に引き上げた。あとは彼らで楽しめばいい。
♢
その晩、いつもより簡素な晩餐に、でんちゃんも参加した。
「おお、このちっこいの久しぶりだな! フェリシエルの後について城に行ったのか?」
シャルルは久しぶりに見るでんちゃんに上機嫌だ。触ろうとしてまた噛みつかれている。
「相変わらず気の強いハムスターだな」
本当に兄の不敬な言動には冷や冷やさせられる。厩の件もそうだが、この世には知らない方が幸せなことが意外に多いのかもしれないとフェリシエルは悟った。
「ふふふ。不思議な子ね。ローストビーフが好物だなんて」
母が、ほっぺを膨らませ無心に食べるハムスターの可愛い仕草に目を細める。父も晩餐の席にハムスターの参加を許すほどでんちゃんが気に入っている。
そしてフェリシエルの足元には、可愛いミイシャが体を摺り寄せている。明日は厩でセイカイテイオーとウサギンと遊ぼう。
ハムスターは満腹になると相変わらず腹を出してテーブルで寝る。いまも毛をふわふわさせながら、ごろりと転がっていた。
何のことはない。王子もファンネル家に帰って来たかったのだ。
「お帰り、でんちゃん」
フェリシエルは満腹ハムスターをそっと撫でる。次の満月が待ち遠しい。
また、でんちゃんと一緒に王都をみまわるのだ。
そして、いつか、いつも気を張っている王子が、寛げて心底ほっとできるような家庭を作ろう。
そんなことを願いなら、その晩、城へ帰るハムスターをミイシャと見送った。




