61 エピローグ そして、新たな…… 最終話
数日後に結婚式を控えたある日、いつものようにでんちゃんがやってきた。
もうすぐ一緒に暮らすというのに呆れるほど頻繁に通ってくる。もちろんとても嬉しいことだが、その反面「お仕事の方は大丈夫なのですか?」と苦言を呈したくもなる。しかし、ハムスターはどこ吹く風だ。
「フェリシエル、これから散歩にいかないか?」
フェリシエルが呆れたようにサテンシルバーのハムスターを見る。
「散歩といっても、もう真夜中ですよ? どうやって家を出るのです。家には護衛もいますし、『でんちゃんと二人で散歩してきます』と言っても家から出してもらえませんよ」
「ふふふ、それは当然、抜け出すのだ!」
胸をはるハムスター。父公爵が聞いたら、嫁入り前の娘に何をいうかと叱られるだろう。
「殿下、何か悪い物でも食べましたか?」
するとハムスターが仁王立ちになり不敵に笑う。
「ふははは。今夜は満月、私は今から神獣第二形態になるのだ。そのありがたい背にお前を乗せてやろうではないか!」
傲慢ハムスターはまったく人の話を聞いていない。是が非でもフェリシエルとお散歩したいらしい。
「そんなこと言って、一人でお散歩するのが退屈だからではないですか?」
本当はでんちゃんがとても寂しがり屋だと知っている。だから、フェリシエルの心から愛が消えたとき、彼はあんなにも意地悪になったのだ。人になると、なぜ、ああも複雑になってしまうのだろう。
でんちゃんが窓辺から、とんっと床に飛び降りる。
「フェリシエル行くぞ。尖塔の小窓から抜け出すのだ。今から、この部屋の抜け道を使う」
「え! なぜ、そんな我が家の秘密を知っているのです?」
「当たり前だ。ここは過去に王の姉妹が何人か嫁いでいる家だ。王家がいざという時のために作っておいたに決まっているではないか。ふははは!」
それは、それで怖い。ファンネル家の極秘情報が王族ハムスターにだだ漏れだ。
でんちゃんが元気に走り出す。仕方がないので後に続いた。
フェリシエルの部屋の壁にある隠し扉から、狭く長い階段を上り細い通路を抜け尖塔に出る。小窓の外に、夜半にもかかわらず未だ灯のともる王都の美しい街並みが広がる。夜空には温かい光をたたえる満月がぽっかりと浮かぶ。
フェリシエルがしばし見入っていると、屋根におりたでんちゃんがいつの間にか巨大化していた。それなのにちょこんとまあるくなっている姿が愛らしい。
「さあ、行くぞ、フェリシエル! 真夜中の散歩だ」
「はい!」
フェリシエルがでんちゃんの背に乗ると、たったったと助走をつけてポーンとジャンプする。
夜風が心地よく、まるで空を飛んでいるような気分になった。
「殿下、国王になっても、一緒に散歩してくれますか?」
「聞くまでもない!」
そう言うと愛しい姫を背に乗せたハムスターは、満月をバックにひと際大きくぽーんと跳ねた。
テラルーシ王国には不思議な言い伝えがある。
満月の夜、大きなサテンシルバーのハムスターが散歩している姿を見かけた者は、幸せになれると……。
Fin
読了ありがとうございました。
後からおまけの一話更新します。