58 王子の語るおとぎ話1
室内は地下道よりずっと快適だった。魔法や魔道具を使って空気を調節しているのかもしれない。お互いの挨拶が済み、席に着くと、老女が香りのよい薬草茶を淹れてくれた。そして、いま呪いの途中なのでしばらく待って欲しいと言い、部屋から出て行った。
「お忙しいところにお邪魔してしまったようですね」
忙しい王子を待たせる人がいるのかと驚いたが、王子は全く気にも留めていない様子だった。
「ああ、ミカエラはいつも忙しい。売れっ子の呪い師だからな」
「まあ」
確かに以前、呪いが流行っていると噂は聞いたことがある。実際、フェリシエルもメリベルを呪っているなどと、おかしな噂を立てられた。しかし、呪い師が人気というのは民にとって果たして良いことなのだろうかとフェリシエルは、首を傾げる。
「国一番の呪い師と知り合いであれば、殿下が呪われるようなことはないですね」
フェリシエルは、香りのよい薬草茶を一口含む。
「そうとも言い切れん。だから私は魔術を習得する必要があった。ある程度の呪いは自分で弾けなければ、仕事に差し障る。魅了など特にな」
「魅了でしたら、アミュレットがあれば防げるではないですか」
「王宮では、とりわけ王族の間では、そのアミュレットがすり替えられることなどよくあることだ」
フェリシエルはなるほどと頷く。王子は苦労が多いようだ。
「ミカエラはどれくらい時間がかかるかわからないな。丁度よい。フェリシエル、この間に、ある愚かな王子のおとぎ話をしてやろう」
「はい、私でよろしければ」
王子がなにかお話をしてくれるらしい。フェリシエルは興味をひかれた。王子とおとぎ話、あまりにも似合わなすぎる。
「あるところに愚かな王子がいた。しかし、彼は優秀過ぎて、何でもすぐにできるようになるから、どんな事でも三日やると飽きてしまう」
「それはまた嫌味な方ですね。それに愚かなのに優秀というのは矛盾していて訳が分かりません」
「まぜっかえすな、フェリシエル。ここは大人しく聞け」
「はい」
王子にひと睨みされ、フェリシエルは大人しく拝聴することにした。
「愚かな王子はなんでもすぐ出来るからこつこつと努力することが、馬鹿らしくなってしまった。それに周りも器用な彼をちやほやと褒めまくる。だから、それでよいのだと思ってしまったのだ。
王子は早くに実母を失くしているが、継母がとても良い人で彼を可愛がり、異母弟も彼によく懐いた。結果、王子は、蝶よ花よと育てられ、長じるにつれ怠惰になり、遊びだした。
また王子は見目麗しくダンスも上手なので、成長するにつれ女性にモテるようになる。誰もがちやほやするので、愚かな王子はうぬぼれて有頂天だ。
ただひとつ面倒なのは彼の婚約者だった。
大人たちが勝手に決めた婚約者は、顔は綺麗だけれど生意気で口うるさい公女。そのうえ、彼女は王子のことをちっとも褒めないし、ちやほやしない。それどころか、遊んでばかりいる王子にもっと勉強しろと意見する。
なかでも王子が一番憂鬱に感じたのが、彼女との親睦を深めるための恒例の茶会だ。また遊んでばかりと叱られるのかと、いつも彼女と会う時は気が重い。
その頃、王子を叱るのは、二つ年下の生意気なその公女だけだった。ある日その子が王子にプレゼントを持って来た。
いつも彼女からのプレゼントは小難しい本だったのに、受け取ったそれは、リボンをかけた小包に入っていた。もしかしたら、カフスとか何か飾りかもしれないとわくわしながら、包みをといた。
すると中から出てきたのは、砂時計。公女曰く。
『殿下、時間にルーズなのはいけません。そして、お勉強をなさってください。その砂時計が下に落ちるまで、毎日毎日。私たち貴族は民から税を受け取る代わりにこの国の政を担っています。ですから、王となる者は時間を無駄にしてはならないのです』」
そこまで話すと王子は薬草茶で咽をうるおした。
「怠け者の王子は、その聡明な婚約者とはあわないでしょうね」
フェリシエルが口を挟む。いつしかその婚約者と自分を重ねていた。口うるさいというところに親近感を持ったのだ。しかし、いま目の前にいる王子はとても勤勉だし、愚か者でもない。
王子はフェリシエルの言葉にひとつ頷くと話を続けた。
「愚かな王子はいった。『君の言う通りにすると僕は息抜きする時間もないではないか?』
『それは違います。休むときも砂時計をセットするのです。そうすれば、だらだらとお休みすることもありませんから、時間を有効に使うことが出来ます』
王子は鬱陶しく思ったが、突き返すわけにもいかず、適当に返事をしてそれを受け取った。
そんなある日、王子は可愛らしく、優しい娘と王宮の茶会で出会う。彼女は公女とは違い、彼の容姿を褒め、能力の高さを称えた。王子の耳に心地よいことばかりをささやく。
彼女と城で出会う機会は婚約者である公女よりずっと多く。次第に親しくなっていった。そのうち娘が王子に秋波を送ってくるようになる。
もちろん娘のことは可愛いと思うが、王子には婚約者がいる。だから、靡くことはない。王子は愚かだが、まだこの時はそれほど馬鹿でもなかった。
それに娘とその家には良くない噂があった。魔術を操り魅了を使うと。王族が操られてしまうわけにはいかないから、王子はいつもアミュレットを持ち歩いていた。
案の定、しばらくすると王子のアミュレットに反応があってね。彼女が魅了を使い始めたことに気付く。
そのとき、王子はその娘に裏切られた気がした」
フェリシエルは口をはさまず、神妙な面持ちで話を聞いている。リュカは先を続けた。
「王子は問い詰める、なぜそのような真似をするのかと。すると娘が涙ながらに訴えた。私はあなたがどうしても好きなのだと、肩を震わせて泣く。それを不憫に思い、可愛くも思った。そこまで自分を思ってくれるのかと」
「まあ、見事に術中に嵌っているではないですか」
フェリシエルが呆れたようにいう。
あと三話で多分最終回です。最後までお付き合い頂けると嬉しいです。




